嚆矢濫觴 Part 2
IEUこと国際元素連合とは、元素系の非放射性術師、及びそれに準ずる者、計81名が所属する議会である。議会といっても、年に2、3回催される程度で、全員が一堂に出席した試しは一度もない。世間一般には露出しないなどといった取り決めを行った機関でもあるが、重要な取り決めをことは然程多くはなく、大抵は形式的な会である。
過去に緊急集会を開かれたことはあるが、それは極めて稀である。多くのケースは、会員の誰かが犯罪に関わったことによる招集で、大抵はハルゲヌスのことである。度重なる規約違反により、現在、ハルゲヌスは参加資格が停止されている。
「本日皆様にお集まり頂いたのは、ご通達にあった通り、放射性術師凍結機構施設にて、収監されていたウルバンとトールが脱走した件で、その対応と今後の対策です」
場を仕切ったのは、議長であり、また議会の発起人でもあるキュープラスであった。彼女は自身の系統の原初の錬金術師にして、共通の祖先である。そして、彼女は全員の不老不死の薬を作った張本人である。多くは錬金術師としての尊敬の念を持っているが、一部彼女に対して嫌悪感を抱いている者もいる。彼らは総じてこの集会に顔を出していない。尤も、緊急集会であったために、欠席者が多かった。集まったのは2族の5名、希土類の16名、《アイアン・クラン》の13名、そして《クリスタロゲン》の構成員でもある14族の5名、議長含めて計40名だった。
「それではまず、事件の詳細について、職員の親族でもあるマグナスが説明致します」
2族の長、マグナスは深刻な表情をして立ち上がった。
「それでは事件の詳細について説明する。まずはスクリーンをご覧下さい」
スクリーンにスライドショーが映された。
「事件が発生したのは昨日未明、何者かが建物内を侵入し、ウルバンが眠っているチャンバーの暗証番号を入力、ウルバンを目覚めさせた。こちらが防犯カメラに映った実際の映像だ」
すると、スクリーンには緑を基調とした防犯カメラの映像が映し出された。そこには、暈されたひとの陰が高速で移動する姿が捉えられた。
「施設は以前、ハルゲヌスの侵入を機に、警備を更に厳重にしていたが、何らかの方法で突破された模様」
すると、希土類の長、イミールが突っ込みを入れる。
「そいつってやっぱりハルゲヌスじゃないのか」
マグナスは答える。
「ええ、こちらもそのように考えている。しかし、問題は彼が暗証番号を知っている、ということだ」
「それって、つまり何者かがあいつに暗証番号を教えたってことかい?」
とプロンブス。
「ええ、そうなります。しかし、その暗証番号を知っている者は、彼が以前に侵入した際に開いた緊急集会の参加者にしか知り得ない情報です」
「それってつまり……」
とスタヌス。
「その中の誰かがハルゲヌスにそれを漏らして侵入させた、或いはそれを知っている張本人が侵入したことになる」
「つまり、お前は、我々を疑ってるってことか」
と《アイアン・クラン》のフェラスが確認する。
「ええ、そうなります」
会場はざわつく。
「静粛に」
とキュープラス。
「話が逸れました。それでは事件の詳細を続ける」
映像は今度、起き上がったウルバンが別のチャンバーを破壊する様子を映した。
「見てわかるように、ウルバンはトールのチャンバーを素手で破壊し、彼を目覚めさせた」
すると、映像は突然カラーとなった。
「ここで防犯システムが作動し、慌てる親子の許に職員のライが駆け付けた」
ウルバンは父で、トールは息子である。
「慌てたふたりは職員を押し倒し、見事に脱走を成功させた」
ここで多くの疑問が挙げられた。そのときの職員はライだけだったのか、ウルバンのチャンバーを開けた陰の行方は、脱出経路はどうだったのか等々。
「しかし、錬金術師をひとりやふたりを野放しにしたところで、何か問題でもあるのか?」
質問をしたのはフェラスだった。
「実際彼らの犯行と思われる破壊行為が数件起こっています」
マグナスはその数々の破壊された施設の写真を提示した。それらはどれも、施設と地理的に近い場所にあった。
「おいちょっと待て、それって……」
それを見て、動揺して立ち上がったのはプロンブスだった。そこにあったのは、この会議が終わった後に遠隔で作動させようとした装置のひとつの無惨に破壊された姿だった。その他の14族は平静を保っていた。
「…… なんでもありません」
守秘義務を守る立場にあったプロンブスは怺えた。
「それで、あたしたちに一体何をして欲しいと言うんだね」
とフェラス。
「ライは我々の親族だ。彼女を傷つけた者を俺たち2族は許さぬ。彼らによる破壊行為も横行している。今、彼らは行方を晦まし、もしかしたら今もなお破壊行為を続けているかもしれない。我々は必ずやつらを捕らえ、そしてやつらを解放した犯人の尻尾を必ず捕まえてみせる。これ以上被害が拡大するのを防ぐために、そして我々錬金術師の実態が世間に露顕しないために、我々との協力を求める」
マグナスは頭を下げる。続けて他の2族も同様の仕草をする。
「なるほど、そう来たか。いいぜ、俺は乗った。協力してあげる、いや、協力させてあげよう。何もウルバンは我が弟。家族の問題は家族の間でケリをつけることが俺の性だからね」
そう豪語したのはイミールである。事実、イミールとウルバンは血の繋がった兄弟で、極めて仲が悪い。兄弟喧嘩が発端で、大勢の元素系錬金術師を巻き込んだ紛争まで起こしている。そのときのイミールは、再びウルバンとやり合い気が満々だった。しかし、一方で協力に消極的なのはフェラスであった。
「残念だが、《アイアン・クラン》は協力し兼ねる」
「というと?」
イミールは挑発的な態度で言った。
「ライへの傷害や、器物損壊は見逃すことのできない。しかし、イミール、お前は何を言ったか? 家族の問題は家族の間でケリをつけるだって? いいじゃないの、やってご覧なさい。2族には申し訳ないが、あたしは特にあんたたちブルーンベリ一家について、少しも興味ないの」
ブルーンベリとはイミールら希土類及びウルバン親子の姓である。ブルーンベリ家とフェラスは因縁の敵といえる関係にあった。というのも、ブルーンベリ家が服用した不老不死の薬は、元を糺せばフェラスのものだった。彼女はこれらの薬をキュープラスから公正な取引の下で受け取ったものである。しかし、兄弟喧嘩で優劣をつける際、能力の物欲しさで、彼女の許から盗んだのだった。それさえなければ、紛争はなかったし、それに何より大切な薬品を(共通の祖先がいるとはいえ)赤の他人に盗られることは、何よりの屈辱だった。尤も、調薬した張本人・キュープラスは、フェラスに対して許してあげるようには伝えている。
「皆、帰るぞ」
フェラスが啖呵を切ると、その他の《アイアン・クラン》の面々は一斉に立ち上がり部屋をあとにした。2族や希土類の面々は、このようなことが起こることを、大方予想がついたから、惜しい気持ちにはならなかった。一方で、遣る瀬無い気分に追いやられたのはキュープラスだった。
マグナスは落ち着いた口調で続ける。
「14族の皆さん、あなた方はどうだ」
すると、事実上の長・炭人(形式上はシリカ)は意見を述べた。
「大変恐縮だが、我々にだって手が離せない事情がある。期待には沿えなくて申し訳ないが、我々もその件に関しては手を引くことにする」
それを聞いてプロンブスは再び動揺する。炭人は話し終えると、静かに離席し、他の14族もそれを真似た。ただ、プロンブスだけは落ち着きのない様子だった。
会場をあとにした5人だが、プロンブスは今ひとつ納得がいかず、炭人に質問した。
「なぜ協力の要請を断ったんだ。あの写真を見て何とも思わなかったのかね」
すると炭人は堂々たる面構えで返答した。
「勿論、非常に怒っている。しかし、だからこそ我々は断らねばならない。ウルバンやトールを捕らえることは誰にだって任せられる。しかし、あの装置の修理は我々の他に誰が出来る。ただでさえ時間の掛かる事業だ。依頼者からの信頼も掛かっている。これ以上他のことで時間が割けるものか」
プロンブスはそれを聞いて閉口した。
一方で議会では2族、希土類と議長だけで協議が続けられた。そこへ突然謎の人物が大胆にドアを開けて、会場の皆の注目を浴びた。
「いやあ、突然押しかけてすまんね、ここは国際元素連合の緊急集会で間違いないか? うち、《
妙な人物は外を歩いていた14族の許にもやってきた。
「おやおや、緊急集会もう終わったの?」
「何者だ」
ゲルマンは叫ぶ。
「ごめん、ごめん、始めに名乗るべきでしたね。私は《新世界秩序》の
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