エレメンタル・ライフ 〜脱獄から始まる周期表戦争〜

龍姫

エレメント・ギャザリング

嚆矢濫觴

嚆矢濫觴 Part 1

 電子部品メーカー《クリスタロゲン》は何者から仕事の依頼を受けた。その内容というのは、かの天才科学者・ニコラ・テスラがかつて構想を練っていたフリーエネルギー計画の実行であった。21世紀になって、なぜこのような計画を再び試みようと思ったのか、依頼者の意図は全く見えなかった。ただ、依頼者が数々のメーカーから《クリスタロゲン》を選んだ理由は、大方説明がつく。

 第1に、この企業は画期的な半導体生産を実施していて、他にはない技術力を誇っている。保有する特許権は界隈でも有数の数を誇り、またその数は年を重ねるごとに右肩上がりである。企業が持つ独自の技術は他のどこの企業には真似が出来ず、こうした商品は、《クリスタロゲン》が寡占状態になっている。宇宙産業や軍事産業など、国家規模の取引もあれば、我々がこの小説を読むのに用いている電子機器に、彼らの商品が埋まっているかもしれない。それほど彼らがこの世界に持つ影響力というのは凄まじいものである。

 これほど広範な商品を取り扱っているのだから、その企業の規模はきっと大きいと思われるのかもしれない。しかし、その実態は大凡その真逆である。尤も、彼らとの取引を行ったごく僅かなエリートでさえ、営業を含めた従業員の素顔を知らない。彼らは世間から徹底的に自らの素性の一切を隠している。彼らはまさに影で暗躍する秘密結社である。そして彼らの正体というのは、不老不死を手に入れた錬金術師であった。それも、たったの5人の錬金術師だ。そのこともまた、依頼者にとって好都合なのであろう。

 錬金術師というので、魔術を扱う人間を想起するであろうが、それも強ち間違いではない。ただ、魔法陣を描いたり、呪文を唱えたりする類のものではない。かといい、化学者の中世版のような、本来意味する錬金術師ともわけが違う。そもそも、一般的に錬金術師の最終目標と言われる不老不死の達成は、彼らにとっては通過点でしかない。彼らは生まれた頃からその薬を持っていて、ある時点でそれを服用している。その薬を服用した者はしかし、手に入れるのは不老不死だけではない。彼らは加えて各々元素の特殊能力を手に入れるのだ。元素でも、周期表の元素である。

 《クリスタロゲン》という企業名を聞いて、在籍する5人の元素能力をある程度検討できる者もいるであろう。仕事の大半を任されているシリカは、1800年に生まれ、1823年に能力が顕在した。尤も、薬を飲んだ時期ははっきり覚えていない。最年少のゲルマンも、生まれは1852年で能力が顕在化したのは1884年のこと。ちなみにシリカとゲルマンは祖母と孫の関係に当たるが、殊にシリカの体付きは20代の若々しいプロポーションのままであるだけに、それに従ってふたりは互いに同世代の若者同然として接している。とはいえ、ふたりとも150歳は優に超えている。残りのメンバー、蓼川たでかわ炭人すみと、スタヌス、プロンブスに至っては、紀元前から既に能力者だった。明確に日付が定まっていた時代ではなかっただけに、本人すら自らの生年月日を知らない。あまりにも長い年月が経過していて、不老不死に成り立ての頃すら、記憶が朦朧としている。

 世間からそのことで騒がれるのは避けたい、その他多くの秘密結社から目をつけられたくない、こうした理由で彼らは世間への露出を拒んでいる。というか、そういう建前でその他大勢の錬金術師と、そういう条約を結んでいる。とはいえ、自らの能力を規制する約束事はないので、彼らはそれを最大限に活かして、次々と特許を取得している。

 はて、謎の人物から初めて依頼が届いてから数年が経過した。開発は終盤に差し掛かっていて、あとは装置の作動確認(尤もこれが失敗すれば振り出しに戻ってしまうが)、安全確認と依頼者への譲渡である。ひとつひとつの装置は高さ5mに満たない、電気供給源にしては小ぶりのものだが(それは依頼者からの注文でもあった)、世界各地にそれが30台設置されている。装置が作動し、大気中に電磁波が飛び、地球環境に何も影響を与えなければ、それは成功である。その実験がいよいよ、明日行われる。

「遂にこの日がやって来るとはな、成功すればいいけどな。こんだけ莫大な時間と費用が掛かった依頼なんて、これまでにないや」

 ゲルマンはようやく事業が終盤を迎え、肩の重荷を下ろしたかのような開放された表情をして、両腕を上に伸ばした。いつもなら、通常の企業なら年単位掛かる依頼ですら数日で熟してしまう彼らであったが、今回は設計から細部の部品の作成まで、丸ごと依頼されたがために、長期間を掛けてしまった。彼らが相当の負担を被ったのも、依頼者から外部へは些細なことも絶対に口外しないよう、箝口令が敷かれたからである。それほど、依頼者は厳格な守秘性を重んじ、また《クリスタロゲン》に厚い信頼を寄せていたのである。企業側も、それはアメリカ合衆国の国内総生産は下らない、天文学的な費用が振り込まれたために、尚更期待に応えなければならなかった。ちなみに、その費用が振り込まれる前後では、世界中複数の小規模な銀行で機械の障碍が発生したそうだ。

「それにしても、依頼者の目的が見えてこないな。口酸っぱく外部に漏らさぬようにお達しが来るし、どうやって資金を調達してきたのもわからないし、何よりこの装置で一体何をしたいのかがわからん」

 スタヌスはぶつぶつと呟く。するとプロンブスは返答する。

「そんなやつの思惑を気にしたって仕方ないぜ、どうせ慈善活動云々を見せびらかして政治利用するやつに決まっている」

「しかし、そうであるならば厳重に隠すことはないし、それに隠さない方が何かと都合がいい」

 とスタヌスは反論する。それを受けてプロンブスは再度意見を述べる。

「あれほどの資金だし、きっとその他有象無象の社会の暗部が関わっているんだろう。そんなことがおおっぴらにされては双方ともに都合が悪い」

 すると、炭人はホイールチェアから立ち上がり、発言した。

「何にせよ、我々は依頼を果たすだけだ。依頼者の意図が何であろうと、我々が口出しできるものではない」

「ただねえ、炭ちゃん、今回の依頼者はちいと今までの依頼とは違うんだよ」

 そう言ったのは、パソコンを前にしてキーボードを高速に打っているシリカであった。

「何、これまでにも、某国のスパイ機関やら、某テロ組織まで、色んな事情を抱える顧客が居たじゃないか」

 炭人は反論する。すると、シリカは続ける。

「いやね、今までの顧客は何らかの伝があって我々の所まで辿りついたじゃないの。なのにこの人物だけは仲介なしにいきなりやってきたんだよ。我々だってかなり厳重な保護を掛けてるのに、そいつは易易と突破してきたし。そこで直接やつのメールの発信源とか諸々調べたんだけどね、全然正体も掴めないんよ」

「それはあんたのギフテッドで以てしてでもかい」

 炭人は質問を投げ掛ける。その問いにシリカはあっさり答える。

「それも何度もやったさ、でも何度やったって無駄なんよ」

 ギフテッドとは、錬金術師の中でも特殊な能力を指すものである。ここで炭人が指摘したシリカのギフテッドとは、彼女がネットワークに一度でも乗ったものを一切合切調べ尽くせる特殊能力である。発動させることができるのは24時間の間に3分程度。それ以上やると体が発熱して文字通り蒸発してしまう(だからといって死ぬわけではない)。とはいえ、この短時間で、彼女はFBIが保有しているオンライン情報の全てを一度に引き出せる。要するに、ありとあらゆる情報は彼女に筒抜けである。

「シリカのギフテッドですら突破できないのなら、それはもう不可能の領域だ」

 とスタヌスは言う。

「不可能という言葉を聞いて、うちはついつい挑んじまう質なんよね」

 そう言ってシリカはギフテッドを行使するが、成果は得られず。

「それにしても、ギフテッドを複数持ってる奴って、羨ましいぜ、俺なんかひとつだけだぜ」

 そうプロンブスは愚痴を零す。

「それ言うなら俺はひとつも持っていないや」

 とゲルマン。

「それはドンマイだな」

 とプロンブスは言うとゲルマンから厭味が返される。

「まあ、会社ではあんま役に立っていないがな」

 そのことがプロンブスの頭にきて、彼は怒鳴った。

「巫山戯るな、俺だって特許は一般的な発明家の数倍は持ってるぜ」

 すると炭人は言う。

「何、ギフテッドを幾つ持とうが、持ちまいが、そいつの個性に代われる者はいない。紀元1年以降の者でギフテッドを、それも複数持っているのは珍しいが、紀元前からいたスルフルだってギフテッドを持ち合わせていない」

 不満げな表情をしたのはプロンブスだった。

「一番持っているお前が言っても説得力がねえな」

 その発言を気にも止めず、炭人は仕切り直す。

「さて、明日はビッグデーだ。それに備えて今日はちゃんと休息を取るように。特に色々と雑務をやっているそこのシリカ」

「いやあ、仕事が来たら後回しにできない質でね、っておや?」

 シリカのパソコンの画面に、突然メール通知が入ってきた。それは、国際元素連合(IEU)からの緊急招集を伝えるものだった。シリカはそのメールを開き、読んだ。

「ワオ! こりゃ大変だ!」

「どうした、要件を言え」

 炭人の要求にシリカは応えた。

「どうやら放射性術師凍結機構施設からウルバンとトールが脱走したようだね」

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