第七章 地導の里  1, ユウの願い

「うぅん…」

「…!ユウさん…!」

明朝、目を開けたユウの姿を一番に確かめた人物は物見を引き受けてくれたセシム…ではなくシャルであった。ユウが覚醒する三十分程前、たまたま目を覚ましたシャルは不思議と目が冴えていたこともあり、見張りと火の番をセシムと交代していたのだ。昨日の出来事でセシムも疲労が溜まっていたのだろう。セシムはシャルの交代の提案をすんなりと受け入れ、そしてシャルが物見を始めた直ぐ後に寝息を立て始めた。

「痛っ…!」

目を覚ますや否や、ユウは目を擦ろうとした右手に鋭い痛みが走るのを感じた。見るとその手には布がきつく巻かれている。

(そうだ。私はあの吹き矢を受け、眠らぬように咄嗟に自分の手を…)

昨日の出来事をぼんやりと思い出しているとシャルが杯に注いだ水を持ってきてくれた。

「ありがとう」

ユウはそれを有難く受け取り、あおる。

「気分はどうですか?」

シャルはユウの体調を気に掛ける。自分があの矢を受けた時は昏睡しただけで、特に体に異常をきたすようなことは無かったがユウはそれに加え右手を負傷しているのだ。どんな不調があってもおかしくはない。だが、ユウは勢いよく水を飲み干した後、満足げに息を小さく吐くと

「…ぷはぁ。いや、今のところ大丈夫そうだ。お気遣い感謝するよ」

と清々しく告げる。どうやら本当に問題はなさそうだ。

「良かったです。昨日チェナがとても心配していたので…」

「そうか。皆には迷惑をかけてしまったな…」

「そんなこと言わないで下さい!ユウさんは僕達の命の恩人です。それにあの場から逃げて来られたのもユウさんがいたからです。あ、そうだ。僕チェナを起こして来ますね。叔父さんが目を覚ましたって伝えないと」

そう言って立ち上がろうとするシャルをユウは慌てて止める。

「待て待て。折角気持ちよさそうに寝ているのに無理に起こすのもかわいそうだ。自分で起きてくるまでそっとしておいてやってくれ」

「でも…」

「いいからいいから。それよりも、折角二人きりになれたんだ。少しの間、私の話に付き合ってはくれないかい?」

ユウのその目を見て何かを察したシャルは、はいと返事するとユウの前に腰を下ろす。朝方に二人きりで話をする。前にゴウの過去を聞いた時と状況は同じだ。

「ありがとう。それで昨日のチェナのこと何だが、彼女は私が倒れた時どんな様子だった?」

「とても動揺していました。特にユウさんから血が出ていると知った瞬間、普段の彼女からは想像出来ない程取り乱して…」

「やはりか…」

ユウは一度小さく唸りながらそう呟いた。

「シャル君。君は過去、彼女の身に何が起きたか知っているね?」

「はい」

「あの時の強く、永久に続くような負の感情はまだ幼いチェナの心をそれは深く傷つけた。そしてその傷は今になってもまだ癒えていない。いや、癒える事なんてきっとないだろう」

ユウはシャルの目を見つめながら続ける。彼の瞳は依然としてだらしなく伸びた前髪に半ば隠れていたが、その奥に確かに宿る優しい光はシャルの視線を引きつけた。

「チェナは普段こそ男勝りで気丈に振舞っているがそれは傷ついた心を縫い合わし、封じ込める為のいわば縫い糸のようなものだ。だがその糸はとても脆く、千切れやすい。だから昨日、私が意識を失った時チェナはまるで幼い少女のように取り乱したんだ。普段の彼女ならちょっと冷静になれば傷の位置と、セシムさんからの情報で私に起きたことを想像出来るはず。なのにチェナはそれが出来なかった。それは私が倒れたことで心に縫い付けられた糸が切れ、彼女の心の奥底にある傷が痛み始めたからだ。家族を失うことの恐怖とその先にあるどうすることもできない喪失感という傷がね」


叔父さん、叔父さん死なないで…!叔父さんまで死んだら、私…


昨晩の悲痛な叫びがシャルの脳裏をよぎる。そうだ、チェナは一度に家族を全て失ったのだ。そんな中でユウまで死んでしまったらチェナはどうなってしまうのだろうか。今度こそ本当に自分で命を絶ってしまうかもしれない。そう思った時、シャルは一瞬だけ、少し離れたところで寝るチェナが未熟でか弱い少女に見えた。

「私が矢を受けた時、直ぐに自分の手をこのように出来たのもチェナがいたお陰だ。あそこで眠っていれば私は死んでいただろう。だが私がいなくなれば、残されたチェナはまた絶望の世界に閉じ込められてしまう。だから私は死ぬわけにはいかない。そんな覚悟が私をこうさせたんだ。…願うならこんなものを持ち合わせることなく暮らしていたかったが…」

血が滲む布が巻かれた手をユウはすっと掲げる。

「シャル君。君がこれから里に向かい、そして地導使いとして何を為すか。それを決めるのは全て君次第だ。それを分かった上で、私の願いを聞いてくれはしないか?」

「願い、ですか?」

「そうだ。シャル君、どうか今後ともチェナの傍にいてくれないか?」

「…」

その願い出に、シャルは沈黙の後こう答える。

「…それは、僕が地導の使者かもしれないから、ですか?」

シャルは自分に秘められているかもしれない力にまだ強い疑念を持っていた。これからシャルが地導使いとして何を為すとしても、以前ユウが話したようにシャルにはこの世界を変える「可能性」があるかもしれないのだ。そしてそれが悪い方向に決して向かぬようにチェナと共にいて欲しい。この会話を通しても尚そんな意図があるのではないかという猜疑心を抱いてしまう程、その心は強かった。だがユウは

「いや、違う。断じて違う」

と強い言葉でそれを否定する。

「これは彼女を想う一人の叔父として、また君をチェナの友とみなした上でする願いだ。私はね、あの時山でチェナが君を私の言葉から庇い、そして不器用なりに君の気を紛らわせようとしたのを見てとても嬉しかったんだ。幼い時に家族を亡くし、その心を埋め合わせるかのように武術にのめり込んでしまったチェナはそのせいでかつての友人達からも距離を置かれ、その隙間を完全に埋めることは今も出来ていない。だから彼女には腹を割って話せるような年の近い友人が一人もいないんだ。でも、君と接するチェナを見て私は思ったんだ。年も近く、そして何より同じ悲劇を背負ってしまった者同士だからこそ分かり合えることがあるとね」

それは何の不純も無い、純粋なユウの願いであった。もしかしたらシャル達を救い出したあの日、誓いを結んだ直後の二人を見て、ユウはこのことを直ぐにでもシャルに伝えたかったのかもしれない。それにここまでの旅路でシャルとハルの奇妙な共通点、何よりハルからシャルに向けての「贈り物」を見て尚、ユウはシャルを「一人の青年」として接してくれていた。きっとユウの瞳にシャルは「地導の使者」の可能性という以上に、チェナのかけがえのない友人として映っていたのだろう。

「…ありがとうございます」

その願いに対し出たシャルの言葉は肯定でも拒絶でもなく、ただ感謝の言葉であった。

「何故、君が感謝するんだい…?」

予想しなかったその返答にユウは目をぱちくりさせる。

「俺は村を出てから、いや村から逃げる前から誰かにずっと助けられてばかりで、俺から与えられるものは何一つ無かった。だから、嬉しいんです。此処まで来て初めて、誰かに必要とされたから」

「シャル君…」

「それに俺にとってもチェナは大事な存在です。命を救ってくれて、色々な無茶に付き合ってくれて、一緒に旅をしてくれて、そして何より心が折れそうになった時、支えてくれた。彼女の恩に報いることが出来るなら断る理由はありません」

その返答にユウは心からの笑みを浮かべる。

「ありがとう、本当にありがとう。私はこんなに心優しい青年にあらぬ疑いをかけてしまっていたようだ。礼にも謝罪にもならないが、これから何かあれば遠慮なく私を頼ってくれよ。私でよければ何時でも力になると誓おう」

「はい、ありがとうございます」

その誓いの証としてユウから差し伸べられた手を握る。そこでシャルはあることに気付く。

「ユウさん、その痣…」

今まで気が付かなかったが、ユウが差し出した左手、その甲には痛々しい大きな痣が残っていたのだ。

「あぁ、醜いものを見せてしまったね。これは私が十二の時に女神から与えられた罰だ。流石にもう疼くことは無いが、左のこれはもう古傷として残ってしまっているんだ。それに加えてこの右手だ。やれやれ、私の両手は傷物になってしまったな」

「なら、ユウさんは…」

「あぁそうだ。私は地導使いではない。私には君やチェナが纏う揺らぎを見ることが出来ないんだ」

「…!」

シャルは無意識の内にユウが地導使いであると決めて疑っていなかった。チェナの叔父という立場に加え、チェナ以外に初めて出会った里の出身の人間であることを踏まえれば無理もない話だが、思えば確かにユウが地導を使っているところをシャルは見たことが無かった。それに加え、彼から告げられたその事実もまたシャルを驚かせた。

「それに、地導が見えないって…?」

「おや、知らなかったのかい?肉体を硬化させる神秘の揺らぎ、それは地導使い同士でしか認めることは出来ないんだ。だからこそ、この徴があるのかもしれないね」

ユウはそう言いながら「共に響き合う徴」を結んでそれをシャルに向ける。しかしシャルの身体からも、そしてユウの身体からも地導が溢れ出てくることは無かった。

「それじゃあ本当に…?」

「…チェナが悲しみに暮れてから君たちが持つその力が私にもあれば、と思った日々は数え切れない。もっとも私とチェナは西ノ国の都で彼女の家族と分かれたから私に出来ることは無かっただろうがね…」

寂しげな笑みを浮かべるユウを見て、シャルはタルシュの言う資格に改めて疑問を抱いた。大切な人の悲しみを遠ざける為なら自傷すら厭わない。それだって立派な大義と言えるはずだ。土壇場でもそれを貫ける強さを持つユウなら女神に選ばれたとしても何らおかしくはないはずだ。にもかかわらず女神はそんなユウではなく、シャルを選んだ。

「でもまぁ、選ばれなかった以上それを悔やんでもしょうがない。さぁ、もうすぐ皆起きてくるはずだ。先に食事の準備をして待っておいてやろう。手伝ってくれ、シャル君」

「はい」

疑問は尽きないシャルであったが、ユウにそう促され自分もまた「悩んでいても仕方ないか」と言い聞かせつつ、シャルはユウと共に朝食の準備を始めた。


ユウが目覚めていることを確かめたチェナは彼を一目見た途端、自分の目頭に安堵の涙が溢れてくるのを感じた。それを隠すかのようにチェナは急いでユウに駆け寄り、彼の胸にそっと顔を埋める。その仕草はまるで迷子の子供がようやく親を見つけたかのようで、シャルはチェナが昨日より一層小さい存在に見えた。

「良かった…。叔父さん…」

くぐもった声でチェナはしきりにそう呟く。そんなチェナをユウは優しく抱き締め

「すまなかったね…」

と告げた。そうやって暫く抱擁し合っていた二人だが、やがてチェナのすすり泣く声が小さくなったのを聞き、ユウはそっとチェナを放す。

「…ありがとう、叔父さん。私、もう大丈夫」

瞳に残った涙を両手で強く擦った後、チェナはニコッと可愛らしい笑みをユウに見せた。それに対しユウもうんうんといつもの優しい微笑みを浮かべながら頷く。

「叔父さん、私、お腹空いたわ」

「それは丁度良かった。既に私とシャル君で朝食を用意していたところだ。早速頂くとしよう」


火を囲いながら四人はそれぞれタハにかぶりついていた。まだケハノに居た時の朝食で食べたものと違い溶けた乾酪は無かったが、焼いてからそれ程時間が経っていないタハは米の香りが強く、口に運ぶたびに香ばしい香りがすっと鼻を抜け、美味であった。

「昨日の内に買い物を済ませておいて本当に良かったな…」

一足先に食事を終えたユウがぽつりとそう呟く。

「本当にそうね」

とチェナも続いた。

「既に奴らが山越えを果たしていることは予見していたが、まさかこれ程までに早く行動を起こすとはな…」

「はい。彼らがあの町を大々的に襲った理由は西ノ国の混乱を誘う為でしょう。灰の風の復活を知らしめればそれだけで西ノ国は大きく乱れる。その隙に乗じて荷を各地にばらまく…」

「私もそう思います。ただ…」

しかし、セシムは昨日の襲撃についてまだ何か思う事があるようだ。

「何かまだあるのですか…?」

「いえ、ただ何故か妙に引っかかるのです。灰の風があの町を襲ったのは見せしめ以上の何かがあるように思えて…」

「それは我々、いやシャル君を狙ったのに他ならないのではないですか?」

「無論それもあるでしょう。しかし、それ以上の何かを、私は感じ取ったのです。何かこう、強い恨みのようなものを…」

セシムは帝の腕だ。大規模な戦を経験していない東ノ国とはいえ、今回のような盗賊の襲撃を始めとして剣を振るわなければならない出来事は多い。そんな死地を潜り抜けて来たセシムだからこそ感じ取れるものがあるのだろう。

「あの、セシムさん」

そこで不意にシャルが会話に混じる。

「僕が攫われた時、灰の風はタルシュの他にもう一人、ゼラという男がいました。彼は僕のことを何回か『緑目』と蔑むように呼んでいました。それは僕個人に、というより何だかここに住む人々ほぼ全てに対する恨み節のように聞こえて…」

チェナの手からタハの最後の一口がポロリと落ちる。

「シャル…今、ゼラって言った…?」

引きつった顔と声でチェナはシャルにそう問う。

「えっ…とそうだけど…」

「そいつの姿はどの様だった!?齢は!?」

遠慮気味なチェナへの返答は食い気味にぶつけて来たセシムからの問いに遮られた。その鬼気迫る圧を受けてシャルは縮こまってしまうが、今のセシムはそれを抑えようとする配慮は一切無かった。

「え、えと…。そいつは白髪交じりで年は五十、くらいでしょうか…?あ、あのすみません、僕、砂の平野(ルマラ・ファルサ)の人を見るのは初めてで…」

しかしその要領の得ない回答でも必要な情報は得られたのだろう。それを聞いた途端セシムは大きなため息を吐きながらガクッと肩を落とす。

「何ということだ…」

「謀か…。流石は『影』、己の死すら偽っていたとはね…」

「最悪だわ…」

他の二人のそれぞれ言葉を漏らしながら他の二人も難しい顔を見せる。それを見たシャルは当然困惑する。

「あの、ゼラという男は一体…?」

「…君も知っておかなくてはいけないね」

そうしてユウはシャルにゼラという存在について教えてくれた。

「ゼラというのは火種に次ぐ灰の風の二番手、『影』の称号を持つ男であり、そして最強の戦士として称された人物だ」

「最強…」

「あぁ。彼の襲撃を退けた行商や騎馬隊は一つとして存在せず、風狩り時にも最も多くの兵を殺し、西ノ国に多大な損害を与えたとされている。だが、彼が恐れられた最たる理由は彼が持つ異常なまでの殺意だった。知っての通り灰の風はただ殺すだけでなく見込みのある若者を自分達の仲間に引き込む等の柔軟さを持ち合わせているが、彼だけは違った。彼と相対した者達はその身分、年齢、男女を問わずに悉く殺され、命乞いは一切聞き入れられなかったという。その最期ははっきりしていないが彼もまた他の灰の風と共に西ノ国、東ノ国の連合の圧力に押しつぶされたことは確かとされていた。だが、君の言う事が真であるなら、それは間違いだったようだ」

「シャル。あんたに言う通りゼラは私達緑の瞳を持つ人間に強い恨みを抱いていて、その異常性もそこから来ているとされているの。もしあんたが地導使いじゃなかったらあの場であっさり殺されていたわ」

「でも、ゼラは何故そこまでの恨みを?一緒にいたタルシュはそれほどの怨念を持っているようではなさそうでしたし…」

「それは定かではない。しかし彼をそうさせたであろう事実ははっきりとしている」

「セシムさん、それは…」

「いや、彼が灰の風と戦うと決めた以上、いずれは知らなければならないことです。貴方達にとっては受け入れ難いことかもしれませんが、それでも歴史は正しく伝えられなければ後世に残す意味がない」

「…仰る通りです」

ユウはこれから話さんとされることに抵抗があるようだったが、セシムの確固たる意志を受け、それを抑えた。

「シャル君。草ノ大陸統一に王手をかけていた西ノ国が最後に攻めあぐねていたのがシンラの国であることは君も知っているね?シンラは草ノ大陸の西端、砂の平野(ルマラ・ファルサ)の地においても人や領地で他の国に劣る小国だ。そんな国が最後の最後まで西ノ国に抵抗出来ていたのは何よりも灰の風の力が大きい。彼らはシンラの障害を排除する暗殺者であると同時に国を守る盾でもあったからだ。だが大国の圧力にすら屈せずあの手この手で侵攻を妨害してくるシンラに対し、西ノ国は遂に禁じ手を出してしまった」

「禁じ手?」

「シンラに流れる井戸の水を全て止めたのだ。乾燥した土地で水を確保する為に砂の平野では大抵の場合長い地下の水脈に沿う形で井戸が掘られている。その為、一つの井戸を徹底的に潰してしまえばそこから先の井戸には水が行き届かなくなってしまう。西ノ国はその要領でシンラに続く井戸を悉く枯らし、シンラを内部から腐らせることにした」

「そんな、酷い…」

「あぁ、酷いな。だがそんなことがまかり通ってしまうのが戦というものだ。西ノ国が砂の平野への侵攻を始めた時、その圧倒的な軍事力に恐れおののいた多くの国は戦をするまでもなく無血を条件に自らその支配下に入ったお陰で民草に犠牲が出る事は無かったがシンラだけは違った。水を止められたことでシンラの国民は皆喉の渇きにあえぎ、そしてその苦しみの中次々に倒れてしまった。流石の灰の風もこればかりはどうしようも無く、その混乱に乗じて西ノ国は一気にシンラに攻め込み、そして遂に草ノ大陸の統一を果たしたんだ。ゼラの抱く怨嗟はきっとここから来ているのだろう。国を想い、守る一人の戦士として国をこのような惨い方法で潰されたことに対する尽きぬ恨み。それはやがて西ノ国だけでなく東ノ国も含めた我々緑の瞳の民全てに向けられていったのだろう。…彼の行いは許されざる行為だが、同じ戦士として彼の心情は理解出来る。立場が違えば私も彼の様になっていたかもしれないからな」

「でもシンラが最初から他の国と同じように大人しく西ノ国に下っていればそんなことには…」

「それは君がシンラの国の者でないから言えることだ。国を明け渡すということはこれまで先代達が築いてきた国の在り方全てを捨てるということ。例え戦により失われる命が無くとも、多かれ少なかれ必ずその民には不自由が付き纏う。ともすればいつかの東ノ国のように死んだ方がましとも言えるような地獄に変えられてしまうかもしれない。その可能性を考慮して尚それを一概に正しいと説くことは、誰にも出来ない」

「…」

シャルはそれ以上何も言えなかった。沈黙が皆を包む。

「…そんなの関係無いわ。あいつらは私達の家族を奪った」

そんな中、チェナがぽつりとそう漏らす。

「その通りだな。シャル君、これを話して私は君に灰の風に同情しろとも、西ノ国を恨めとも願わない。西ノ国の遠征は各地の文化や技術の融合と人々の交流を促し、草ノ大陸全体の活性に大きく貢献した。その意味で結果として西ノ国の行為もまた一概に間違いとは言えない。ただ、一つの歴史として君には知ってほしかったんだ。ゼラもタルシュという火種もそういうものを背負ってこのような行為に及んでいる。我々はそんな者達を相手にしなければならないという事実を含めてね」

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