第2話 変に大人っぽい
自転車を置いて玄関前に行くと、玄関のガラス戸に1年生のクラス表が張り出されていた。これは毎年のことで、2年生は体育館前、3年生は別棟の正面玄関に張り出されるのである。
永礼は既に自分のクラスを知っているが、隣に立った幼なじみはそうではない。
「どうしよぉ~めっちゃドキドキする」
「だな」
「またテキトーに返事してるー」
テキトーに調子合わせておこうと思ったが、見破られてしまった。
「俺は……お、A組だな」
「ほんと!? えっと、わたしはぁ~」
彼らの前には早くも人だかりができている。流れは平均よりも身長が高いので、頭越しにクラス表が見えるが、鬼塚はぴょんぴょんと一生懸命飛び跳ねている。
しばらくして、
「あっ、見えた! D組!」
「Dか。結構離れたな」
「……なんか驚いてなくない?」
「ギクゥ! そんなことないよ」
風岡兄妹きっての演技派を自称する永礼だが、他人に通用するにはまだまだ実力不足らしい。
鬼塚は怪しむように俺の顔を見上げた。
「なんかさあ……コウちゃん、変わった?」
「男子三日合わざれば刮目せよ、って言うだろ」
「そりゃあ春休み中会ってなかったけどさ。中学の頃は道端で犬のウンコ見つけるたびに大ハシャギだったじゃん」
「今すぐ歴史の捏造をやめろ」
陰謀論者もビックリである。
「なのにさー、なんか今日は朝会った時から妙に落ち着いてるというか……変に大人っぽいというか」
永礼は、幼なじみの推理力に脱帽の思いだった。
「はははっ、探偵さんは豊かな想像力をお持ちですねえ……小説に書けば、たちまちのうちにベストセラー作家になりそうだ」
「はぐらかさないでよ~」
これ以上胃腸炎のように痛みまくる腹を探られるのも面白くないので、彼は人混みをかき分けてシャカシャカと歩き、新品の上履きに履き替える。
「ねえねえ、やっぱコウちゃんが変わったのって、春休みに彼女できたから!?」
「なんでそうなる」
逃がすかとばかりに食らいついてくる鬼塚をかわしながら階段を昇り、4階へ。この高校――秋田市立
階段を昇り切ったところで、
「俺はこっち! お前はあっちな!」
「あー待て逃げるな―! もしもしこちら鬼塚301! 容疑者を追跡中も速度オーバーにて逃走中!」
柳沢慎吾みたいなモノマネをする幼なじみを全力で無視し、永礼は廊下の突き当りに位置するA組の教室へと駆け込んだ。
「あーあっつ……」
学ランのボタンを開けて首へ風を送りつつ、教卓へ向かう。彼の記憶によると、教卓に座席表があるはずだった。
「えーっと……無いな」
しかし、座席表がどこにもない。もしかすると登校が早すぎたのだろうか。
「席は自由だよ」
「あ、そうだっけ? サンキュー……」
誰だか知らないが、親切な人がいて助かった。
永礼が礼を言いながら振り返ると、髪を明るい赤色に染めたバチバチのギャルが立っていた。耳には何個もピアスをつけていて、それだけ見ると近寄りがたい感じだが、人懐っこい笑顔に浮かぶ白い歯が友好的な印象を与える。
そのバチボコギャル(略してバチギャル)は右手を軽くあげた。
「やっ、久しぶり。永礼」
「え? おお、ああ」
こんな奴知り合いにいたっけ……と、頭をフル回転させるが、答え合わせが容易にできない。
「一緒の塾だったからここ受けることは知ってたけど、お互い受かってよかったね。高校でもよろしく」
「よろしく……………………秋月」
思い出した。
通う中学は違ったが、息子の進学を危惧した両親に強制的に入れられた塾で一緒のクラスになったのだった。こんな見た目だが、英語を中心に非常に成績優秀だった。
一周目の人生では見た目通りカーストトップ集団に所属し、バスケ部のキャプテンなどと付き合っていたのを覚えている。それからも男をとっかえひっかえしていたり、いわゆる身体だけの関係の男子もいたとか風の噂に聞いたことがあった。彼とは全く違う人種だったため、交流も全くなく、いつの間にか記憶から忘れ去ってしまっていた。
「アタシの隣空いてるけど、座る?」
「えっ、いや~……あ、じゃあお邪魔します」
自分でもどうかと思うくらい歯切れの悪い返事をして秋月が指さした席へ荷物をおろす。精神年齢26歳に比べると悲しいまでのコミュ力の低さだった。仕事では問題なく振舞えていたはずだったが……。
まだ早い時間だからか、教室に人はまばらだった。登校しているクラスメイトも、様子見のためか、一人で着席して入学式のパンフレットを読んだりしている。
秋月も一人で過ごしていたのか、周りに彼女の知り合いらしき人はいない。
自然、彼と会話することになる。
「今日何時に起きたの?」
「6時くらいかな」
「え、はやっ! ジジイやん!」
「ジジイはもっと早い時間に起きるだろ」
社会人時代は毎日そのくらいに起きていた。悲しき習慣が、ぜい肉のように身に染みついてしまっている。
「でもアタシも6時くらいに起きちゃった」
「ババアじゃねえか」
「誰がババアだ誰が。女の子はねえ、化粧とかヘアセットに時間をとられちゃうもんなの」
「ああ、確かに」
社会人の頃にできた彼女の家に初めて泊まった翌日の朝、彼より2時間くらい早く起きてヘアアイロンやら化粧やらを始めたのを寝ぼけ眼で見た時には、流石に驚いたものだった。それ以来、永礼は女性の身だしなみに対する気遣いを男性と同じ次元に置かないようにしていた。
「あ、分かる? 分かっちゃう?」
「こうして見てりゃあな。秋月がちゃんと身だしなみに気を遣ってることくらい、分かるよ」
「っ……ふ~ん、へえ~」
俺が何気なく言うと、秋月は急に耳まで顔を真っ赤にし、頬杖をついた手で口元を隠した。茶色のカーディガンを萌え袖にしており、かなりあざとい。
「え、まさか照れてる?」
「っ! て、照れてないけど!?」
いやめちゃめちゃ照れてますやん、と心の中で呟いた。チョロギャルだ。
「秋月さ、中学時代『チョロい』とか言われてなかった?」
「言われてないし! ちゃんと相手のこと知ったうえで付き合ってますー!」
「なあ、秋月」
「な、なに……?」
「秋月ってすごいよな。かわいいしオシャレにも気を配れるのに、勉強もできるなんてさ。ほんとすごいよ」
「~~~~~~っ! もうやめてそれ! 褒めるの禁止!」
しまいには顔を隠すことすらやめて両手をバタバタさせる秋月。永礼はなんだか愉快な気持ちになった。今後も勉強の息抜きに絡むと良いかもしれない。
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