第8話 裸を見たんだし

「もうこんな時間か…。風呂に入ってさっさと寝るかー」


 深夜の散歩から戻った俺はあくびをしながら大浴場へ向かった。

 日本で言うと今は十二時過ぎだろうか。

ロビーを歩いている客はおらず、昼間の騒がしさがまるで嘘のことのようにしんと静まり返っている。


「失礼しまーす」


 誰もいないことくらい分かっているが、そんな挨拶をしながら脱衣所のドアを開けた。

 誰もいない静かなそこで俺はたった一人、服を脱いでタオルを持って浴室へ入った。


「おおー!やっぱり人がいないと快適だなー!」


 湯気も立ちまくりでまだまだ温かそうだ!

広い風呂を見て少年のようにワクワクしていると、ザバァと水の中から何かが出てきた。


「あの……、私がいます……」

「ベルさん!?」


 肩から上を湯から出し、自分の存在を知らせるように低く手を挙げてベルさんが、声を震わせながらそう言った。


「どうして男湯にベルさんが……。もしかして俺を襲うために!?」

「ちっ、違います!ここの掃除のついでに入浴していただけです!」


 俺の誤解を解くのに必死だったのか、ベルさんは勢いよく立ち上がった。

それと同時に彼女の身を包んでいたバスタオルがひらりと舞い落ちた。


「あっ」


 二人の声が重なり、しばらく無言が続いた。

 大きすぎない胸に細い腰、そこから脚へと続く体の美しいライン、毛のないツルツルなお肌。細く長い脚は日本人のそれとは大違いだ。

 ゴクリと喉をならし、たらりと鼻血がしたたるのを感じる。


「この絶景、しかと脳内フォルダへ名前をつけて保存させていただきました!」

「こ、こっち見ないでくださーい!」


 彼女の悲鳴とともに桶が飛んできて、俺の頭にヒットし、そこで気を失ってしまった。


・ ・ ・


「ん…」


 目を覚ますと、蛍光灯の眩しい光が目に入ってきた。ぼやける視界の先にはベルさんの顔があって、心配して俺に膝枕をしてくれているようだった。この枕、通販サイトでおいくらで売ってます?そんなくだらないことを考えながら鼻の下を伸ばしていると、彼女がそっと俺の額に手を伸ばした。


「頭、痛くないですか?」

「あぁ、大丈夫だよ」

「さきはすみません。恥ずかしくてつい、あんなことをしてしまって」

「いいよ。俺もベルさんの裸を見たんだし」

「そのことは忘れてください!」


 顔を真っ赤にしてベルさんがそう言ってくるが、なぜかその記憶が頭を離れそうにないんだよな……。なぜかその時の温度、匂い、音の全てが思い出せるほどに脳裏に焼きついて離れない。


「本当に、綺麗だったよ」

「——だから早く忘れてください!」


 パチンと頬をぶつ音が部屋に響いた。

たまにはこういうのも良いかもしれない。

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