第3話
連邦発足の地、ベルキュアにある連邦軍本部。
地下にある宝物庫には、各国から集まってきた品々が貯蔵されている。
書籍や宝飾品、偉人の私物、遺跡から出土した物まで多種多様、集まった経緯も様々だ。
博物館さながらの地下空間は、貯蔵品の系統ごとにエリアを区切り、劣化を防ぐため、温度や湿度を徹底管理している。
全ての区画で共通しているのは、肌寒く、1人では心細く感じるほどに静寂であるという事だ。
美術品貯蔵エリア。ベルクはここ1週間、所蔵物と記録の突き合わせを行ってる。
タブレット端末の中のデータと貯蔵品の管理番号を目視で突き合わせ、入力漏れや管理区画に間違いがないかを確認していくという地道な作業だ。
1週間かけてようやくこの区画の作業が終わろうとしている。
残るは50点余り……。
息抜きを兼ねて、ベルクは同じく地道な作業に勤しんでいるはずの同僚のもとへ向かった。
美術品エリアの一角に、高さ3メートルほどのガラス張りの小部屋が10個並んでいる。温度湿度だけでなく、酸素濃度も調整できる希書棚だ。
その中の一つにライルの姿がある。
希書棚に人が入る時は酸素濃度を上げることができるが、それでも15%程度。3000メートル級の高地ににいるのと変わらない環境だ。人によっては吐き気や眩暈を起こすため、5分に一度は外の空気を吸わなければならない。
10分以上中に居るとアラームが鳴り、周囲に知らせるようになっている。中で気を失ったときの安全策だ。
そのため希書棚の使用の際は必ず外に1人以上待機している必要がある。
ベルクが希書棚の前に着くと、丁度ライルが中から出てきた。内部で赤いランプが点滅しているところを見るに、10分のアラームが鳴る前にやむなく出てきたのだろう。
さすがというべきか、ライルは酸欠や高山病を起こしている様子はない。
むしろ外の酸素の多さに一瞬目眩を覚えたようだ。
先日夏国領の山岳地帯に赴いた時も、ライルは短時間で数百メートルの高低差を行き来していたという。それでも身体に支障をきたした様子はなかったから、案外環境への適応能力が高いのかもしれない。
相手に疲労の様子がないので、ベルクは遠慮なく尋ねた。
「丁度良かったライル。内海地域の宝物で資料にないのがあるんだ。見てもらえないか?」
ライルは悪びれた様子は無いが、視線を外して答えた。
「いいけど。俺こっち全然終わってないんだよな。」
「5分が限界なら仕方ないんじゃないの。」
ベルクは持っていた端末を操作してライルが付き合わせているはずのデータを開く。
すると、2日前と何一つ進捗がない。
「おい、ライルどういうことだよ!」
「丁度探してた本があってさ」
流石に気まずく思ったのか、ライルは珍しく歯切れが悪い。
そもそも普段から読書をするような柄では無いのだ。それが丁度探していた本があったとはどうも胡散臭い。
「そんなの後から鍵借りてまた来ればいいじゃん。今は作業を進める方が先だろ。」
「まぁそうなんだけど。宝物はともかく、本はどう考えても1ヶ月そこそこでどーこーなる量じゃないだろ。」
確かに希書の突き合わせは、タイトルと保管場所だけではなく、実物の表紙と記録画像の突き合わせも必要だ。
棚から出してはしまいの繰り返し。
しかも、希書の中でも古文書にあたる書物は、保存効果を高めるために木箱に入ってあるのがほとんどだ。蓋を開ける些細な一手間も、数が50、100となれば時間を取られる。
「だからって進めなくていいわけじゃない。」
ベルクが咎めると、ライルは面倒臭そうな頭を掻いた。
そもそも二人がこの作業をしているのは、ベルクの失態が原因。
先日夏国領撰州カシュガノにて、星の中でも強力な、十二宮の星憑きの子供を失踪させてしまったのだ。
ベルクは子供たちの手を取っていただけに、上官の怒りは激しく、一度は捜索を命じられた。
しかし、本来ならその場にいるはずのライルが不在であったことも要因とされたこと。
そして星憑きは劉国か夏国内に居ると思われることから、確保は不要とされ、二人は謹慎処分となり、現在に至る。
子供達が公国の手に渡っていないと判断されたのは、ライルの報告が根拠となった。
カシュガノでベルクとライルが別行動をしている間、ライルは公国籍を名乗る星憑きと交戦していた。
そこに参戦してきた劉国の傭兵によって、星憑きは深手を負い逃走。ライルが後を追ったが、公国領に踏み込んだ際、新手の星憑きの出現によって退避を余儀なくされた。
この星憑きが、カシュガノに現れた星憑きの援護をしに来たのか、全くの無関係なのかは定かでは無い。しかし状況からして公国勢力が、十二宮に憑かれた子供達を奪取する事は困難とされたのだ。
ライルは悔しさを吐き出すように溜息を着くと、やはり苛立ちを含んだ声音で言った。
「あいつの資料があったんだよ。公国領の山であったあいつの。」
そして希書棚の中を指さす。
二人で中に入ると、閲覧用のテーブルの上に本が広げられたまま置いてある。
どうやら閲覧中にやむなく出てきたようだ。
ライルは開かれたページを指差す。
「これ、コヨーテとか、8の神とか……、単語は何となく分かるんだけど内容がさっぱりなんだよな。」
黒いインクで狼のような生き物の挿絵と、その下に8匹のやや小ぶりの狼が描かれている。
ベルクはその絵を見て、思わず眉間に皺がよった。
一通り文書を読み、表紙を確かめ、他のページを確かめる。
本はアンシャールに伝わる、八つの星について記した物らしい。この星を至高種と呼ぶ事はベルクも知っている。
文字は連邦で使われているものだが、言葉はアンシャールの言語が飛び交っていることから、
アンシャールから聞いた言葉を書き残したはいいが、翻訳できるほどの理解は無かったのだろう。
アンシャールの血筋とはいえ、ベルクは殆ど連邦の文化で育っている。
自分の民族の言語は5歳の子供の知識しかない。だから個人的に学者達に習ってアンシャールの言語を学んだ。
だからベルクはそれなりに読めても可笑しくないなのだが、ライルがこの本に書かれた単語の意味を拾えたのは大したものだ。
ベルクもライルも子供の時から連邦軍に身を置いている。共に士官学校を出ているから受けた教育は同じだ。
士官学校の教育内容にアンシャールの言語はないから、ライル個人の教養ということになる。
ベルクは改めてライルが示したページを声に出して読み返す。
コヨーテ。
黒き鋼の毛皮を纏う天の一族。
その牙は岩石を砕き、爪は千年の大樹を薙ぎ倒す。
八つの眷属と群れを成し、
月が天を行く間に万里を駆ける。
この神走れば旋風を巻き起こし、やがて嵐を生む。
この神天に呼びかければ雷鳴を呼び寄せる。
全てがベルクの記憶と繋がる。
ーー黒い鋼の毛並み、眷属……。
その星に憑かれた男もまた、黒髪で夜空のような深い青の目をしていた。
忘れもしない、兄のようで父親のような人だった。
ずっと探しているのだ。
確かめねばならない事があるから。
強制封じ《カグノエ》を解く方法を。
何故殺したのか、母を慕っていたくせに。
「ライル、本当にコレが公国領に居たの。」
「あぁ……。ただ眷属の方だろうな。8匹、赤茶の毛並みだった。黒いの見てない。」
「そう……。」
ベルクそっけなく呟き、本のページを捲る。
次のページには下半身が蜘蛛の女、その次は鳥、そして
本を閉じて、入っていたであろう木箱に戻す。そして、
「悪いけどライル、君じゃコレには勝てない。この星は特別なんだ、ライルの星が十二宮だからって太刀打ちできる相手じゃないよ。ーー報復なら政治の力を使うんだね。」
ベルクは踵を返して外へ出て行こうとする。
「何だよ、やけに知った口だな。」
苛立ちを含んだライルの言葉に、ベルクは振り向く事なく答えた。
「そうだよ。知り合いなんだ。その至高種がまだそいつを気に入ってたらの話だけど。」
そしてベルクは希書棚を出て行った。
まもなく赤いライトが点滅し始め、ライルも後に続くように外に出た。
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