三角公園の大戦

爺さんがゲートボールを始めました。私が小学生のときの話です。


私の家は二世帯住宅で、父方の祖父が一階の部屋で暮らしていました。祖父は、物知りで温厚な好々爺で、私たちは「爺さん」と呼んで慕っていました。


一年ほど前に祖母が亡くなってから、爺さんは、少しずつ元気をなくしていました。私たち家族は心配して、色々な楽しみを爺さんに勧めました。その中で唯一、ゲートボールがヒットしました。爺さんは、ゲートボールにのめり込んだのです。


ゲートボール会の集まりには必ず顔を出し、町中の公園に足繁く通う毎日。朝は私が起きるよりも早く家を出て、練習に向かいました。放課後、公園で仲間と一緒に道具の手入れをする姿を見かけました。家の中ではいつもスティックの素振りをしていて、危ないから部屋には入るなと言われました。食事も、次第に外で食べてくるようになりました。家族と爺さんとの交流は減り、爺さんは、とても元気になりました。


私は、そんな爺さんを見て、ゲートボールに興味をもちました。


爺さんに頼らずにルールを調べ、道具をそろえ、仲間を集めました。ゲートボールは、小学校の仲間の中で、大流行しました。朝練のために早起きし、放課後は日が沈むまでボールを転がしていました。私たちはみるみる上達しました。爺さんが見たら驚くぞ、と思いました。


やがて、私たちチームは、校外進出を企みます。目指すは、町で最大のゲートボール場、三角公園です。そこは、爺さんたちの縄張りでした。


すぐに揉め事が起こりました。公園の使用を巡って、両チームは真っ向からぶつかったのです。そして、揉め事の解決方法は、言うまでもなく、ゲートボールでした。試合で勝った方が、公園を好きに使えるのです。日曜日の朝、決戦は行われました。


試合は進み、勝負は、爺さんの最後の一打に託されました。老人と子供の集まりなので、試合の名目はともかくとして、全体、和気藹々とした雰囲気で進んでいたのですが、爺さんは違いました。爺さんは、試合中ずっと口数少なく、厳しい顔つきでいました。あまり見ないうちに、随分と変わったようでした。そんな印象でした。緊張しているのかと思いました。


私は思わず「がんばれー」と、爺さんに声をかけました。


そのとき、私の方を振り向いた爺さんの表情を、忘れることはできません。力いっぱいまぶたが開かれ、瞳孔は小さく、眉は額の生え際まで上がっていて、下顎はだらりと垂れ下がり、小さく並んだ歯がむき出しになっていました。


爺さんは凡打コースを打ちました。しかし、本当に凡打だったのか、結果はわかりませんでした。打った直後に、爺さんが、球の軌道を変えたのです。反則です。爺さんは、打球の感触で負けを確信して、手を出したのです。


試合は小学生チームの勝利となりました。公園の使用権は私たちが手にしました。しかし、その試合を境に、みんなの中のゲートボール熱は一斉に冷めわたり、以後、ゲートボールで集まることはありませんでした。公園には、老人が戻りました。


爺さんは、ゲートボールをやめました。外に出かけることもなくなり、静かに暮らすようになりました。二年後に病気で他界するまで、私とは、一言の会話もありませんでした。

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