第3話:成長、崩壊、再生。

ああ、なんてことだろう。まさか弟がそういう趣味だったなんて。

朝起きて隣を見ると、セオとトウマが同じベッドで寝ていた。しかも手を繋いで。いつもは人見知りでセオ自ら人と関わろうとしないのに。成長したのだろうか。いや、果たしてこれは成長なのか...?


はっ!!もしかしてセオはトウマのことが....。

「...これはこれで...いい....。」

アイリスは腐りかけていた。



ーー約15分後。

目が覚めると、アイリスが先に起きていたようで隣のベッドは丁寧にベッドメイキングされいた。自分が寝ていたベッドにはセオも寝ている。まだ起きそうにない。

(こうやってちゃんと見てみると中性的な顔立ちだな...)

斗真はセオの頭を撫でる。

「ん....兄さん...」

「あ、すまんセオ。起こしてしまったか。」

「大丈夫だよ兄さん。...もっと...撫でてほしい。」

「(えらく積極的になったな...いやいいことなんだが...)わかった。」

斗真はもう一度セオの頭を撫でる

「ん...兄さんに撫でられるの...気持ちいい...」

セオは笑顔を浮かべる。

(あれ...こいつこんな可愛かったっけ....頼む、持ってくれ俺の理性...!)


その時、部屋の扉が開く。アイリスが帰って来たようだ。手にはサンドイッチだろうか。美味しそうなパンを持っている。

「あ、アイリスおかえr」

「失礼しました!!お楽しみください!!!」

「え、いやちょ」

アイリスは勢いよく扉を閉めも一度どこかへ行ってしまう。

斗真は目線をセオの方へ下げる。冷や汗が滝のように流れる。

「? どうしたの兄さん。」

「アッ、いえ...なんでもないです...。」

(早急に弁明しなければ。このままじゃ俺の人生が終わる...。)

「と、とりあえず。ご飯、食べに行こう...。」

「はい、兄さん。」

セオはニコニコとしている。恐ろしい子。



ーー食堂。

(....気まずい....なぜアイリスは笑っているんだ...頼む何か喋ってくれ、怖いよ!!)

斗真の横にセオが座り、正面にアイリスが座っている。

沈黙が重い...

「そ、そうだ。お金、どう、得る?」

「トウマはまだ全然喋れないから...働くのは難しいと思います。」

(やっぱ喋れないのが大きい枷になってくるよな...かと言って何もしないってのは嫌だし。)

「僕たちが働けばいいんじゃない?」

「うーんそれもいいと思いますが...この年齢だと雇ってくれるところも少ないかと...」


話についていけないと悟った斗真は食事に集中する。

「畑作業の手伝いとか滝の手入れ、巨大樹の掃除とかなら僕たちもできるでしょ。」

「確かに...もらえる賃金は少ないですが、何個も掛け持ちすればなんとか持ちそうですね。」

「今は特にすることもないからね。何なら、僕たち3人同じところで働けばもっと効率いいでしょ。」

「その手がありました。では、今日は3人一緒に働ける場所を探しましょうか。」

「そうだね。早速行こう。」

(...こんな積極的に会話をするセオは初めて...やはりトウマと出会うことで何か変わったのでしょうか。)


「兄さん、僕たち、働く、場所、探す。わかった?」

「ん、わかった。俺も、働ける?」

「うん。僕たちが、助ける。」

(ほっ、よかった。ニートになるのはごめんだ。それに今はとにかく人と話して言語能力を上げたい。早く喋れるようになってしたいことがたくさんある...)



ーー街

「一つ目は、あそこ。」

セオが指を指した先には畑のようなものがあった。この世界は自然界から魔力を得ている。魔力の供給の為に、自然の維持は大事なのだ。

おそらくだが、この畑では植物の手入れや培養などをするのだろう。

....毛虫はNGで。

「ここは、お金の量、多い。それに簡単、だから、兄さんでも働けると思う。」

(給料多い上に簡単?なのか。最高の環境じゃないか。)

「いいね、ここにしよう。」

「わかった。じゃあ次行くよ。」

(あ、何個も掛け持ちするんだ。)


「ここが二つ目。」

「巨大樹か。」

「内容は、畑とあまり変わらない。高いところ、にも行く、から。魔法を使えた方がいいんだけど。魔法なくても、大丈夫だと思うよ。」

「うん....いいと思う。ここも。」

「ん、じゃあ次行こう...」



その後俺たちは他にもいくつか周り、気付けば日が暮れていた。

俺たちは、昨日と同じ宿屋に向かっていた。

(うふぃー....今日も疲れたな....)

「兄さん?ごめんね、疲れたよね。」

「ああ、いや。大丈夫だ。」

「そういえば。トウマはどこから来たの?言葉が喋れないって....。」

(うっ..痛いとこをついてくるな....。)

「え、えと、日本、っていう、大きい、街?」

「だめだよアイリス。兄さん困ってる。」

「あ...すみませんトウマ。まだ聞くべきではありませんでしたね...。」

「あー...大丈夫だよ...?」

「....」

「......」

(また沈黙か。早く喋れるようになりたい...この沈黙も全て俺のせいだ...)

「そうだトウマ。私も魔法、見せてあげます。昨日はセオが見せたのでしょう?」

沈黙を破ったのはアイリス。

「え、マジで?みたい!!」

斗真は嬉しさのあまり日本語が出てしまう。

「えーっと...恐らく見たい、と言っているのですよね....?」

アイリスとセオは苦笑する。

「えーと、では。私の得意な魔法は炎、火。セオの植物系魔法と同じように、炎を生み出します。」

(エンドレス焚き火...)

斗真は馬鹿なことを考えながらアイリスの魔法披露を楽しみにする。

アイリスは両手を前に差し出し、魔法陣を生み出す。

「おぉ....。」

途端、魔法陣から火が出てくる。

街中であるためか、非常に控えめな...小さな火。蝋燭に灯した一つの火のように、ゆらゆらと揺れている。このままずっと眺めていられるような、暖かい...心地の良い...。

「トウマ?」

ハッと、現実に戻る。

「あ...ごめん。つい....(見惚れて...)。」

「いえ。大丈夫ですよ。」

「早く、兄さんの魔法も見てみたい。」

「ええ。私もです。」

二人は期待の目で俺を見てくる。

(...プレッシャー...?)

何かが、斗真を確実に、ゆっくりと追い詰めていた。



ーー宿屋。

その日の晩飯には何かの肉と何かの野菜が出てきた。

...美味しかった。


ベッドに倒れ込む斗真。

「っはあああああああ....これがねえとやってらんねえぜぇ!」

「兄さんが狂った。」

「お?なんだぁ?セオ。お前もやってみろよ。」

斗真は疲労のあまり日本語しか喋れなくなっている。

「....何言ってるか分からないけど、お前もやれって言ってることはわかる...」

セオも斗真と同じようにベッドに倒れ込む。

「...気持ちいい...」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”......一生こうしててぇ....。」

「....あ”あ”あ”あ”あ”あ”....」

それは真似しなくていい。

「戻りましたー...って...何やってるんですか二人とも....」

「アイリスもやってみなよ。これ、意外と楽しいよ。」

(セオがついに...おかしくなってしまった.....姉としてなんとかしないと...)

「こら、セオ。早くお風呂に入って来なさい。明日から仕事なんですから。」

「いいから、こっち来なよ。」

セオは顔をベッドに埋めながら言う。

「....もう!一回だけですよ!!」

アイリスはコツコツと大きな足音を立てながらベッドに近づく。

「全く。二人ともこれの何がいいんだか...。」

アイリスはぽふんとベッドに倒れる。


「........」

「どう?アイリス。気持ちいでしょ。」

「.........」

「アイリス....?」

「.........」

「し、死んでる....。」

生きてます。






ーーーーーー次の日。

「.....ハッ!!」

「あ、やっと起きた。」

「い、今何時ですか!?」

「....8:59。」

「出勤まであと30分しかないじゃないですか!!早く行きますよ!!トウマは?!」

「アイリスの横。」

そこには気持ちよさそうな寝顔を浮かべる斗真が。

「あら〜ゆっくり寝てる〜。」

「僕も寝る。」

「...って、だめです!!早く準備してください!トウマも早く起きてください!」

「あと...あと2時間....」

「起きないと燃やしますよ。」

「さってと。行きますか、仕事。」

(兄さんアイリスに弱い。)



仕事は簡単なものだった。日本にいたときにバイトをしていてよかった。

一番困ったのがやはりコミニケーション。

仕事中、何度か住民や上司に話しかけられ困らせてしまった。セオやアイリスがいて助かったが、いずれ自立したい。


「兄さん、これ向こうに運んで。」

「トウマ、水の補給をお願いします。」

魔法が使えない俺は雑務担当になっていた。

(い、忙しい....。魔法が使えないなら仕事量も減ると思っていたんだが...全くそんなことなかったぜ...。)


ーー休憩時間

「ふぅ...やっと休憩時間だ...。」

「兄さん...大丈夫?」

「うん、大丈夫。ありがとう。」

斗真はセオの作り出した木に座っている。

(思っていた以上にしんどいな....これ...。いや、でもポジティブに考えてみよう。

これほどの重労働だ。きっと何ヶ月かしたらムキムキになれる...!)

「...午後からも頑張ろうか!セオ、アイリス。」

二人は頷く。



転移してすぐの頃より幾分か忙しくなった。仕事や言葉の勉強。



....異世界に来れば何か変わると思っていた。



ーーーーある日。

「よしっと...。今日も今日とて忙しいですなぁ。」


目線、陰口、....差別。

(やっぱりというかなんというか。されるよね、差別。

そりゃそうだ。黒い髪に黒い瞳。顔の骨格も違うし意思疎通もままらない。

その上魔法もできない。差別の恰好の的だ。

周りから見れば俺は...魔法も言葉も学べなかった貧しい人間、か。)


退屈な日本から出れば、もっと生きやすいと思った。

日本よりも生きやすい場所が、他にあると思っていた。


(....異世界も異世界で...生きづらさがあるんだな。)

「痛っ...なんだこれ?石?」


...投げられたか。




...苦しい。



少しずつ、少しずつ。追い詰められる。



ーーーー1ヶ月後。

(ほら、あの人まだいるよ。)

(あんな小さい子供連れ回して...あの子達が可哀想。)

少しだけ言葉が分かるようになっていた。いや、なってしまった。


(警察に通報した方がいいんじゃない?)

(しても意味ないわ。この前、友達があの子達に話聞きにに行ったけど必要ないって返されたのよ。)

(あの子達もどうかしてるんじゃないかしら。)

「!!  おい!!いい加減に」

「兄さん。」「トウマ。」

袖を引っ張られる。振り返るとセオとアイリスが。

「兄さん、僕たちは大丈夫だから。気にしないで。」

「で、でも」

「大丈夫です。それに、反抗したらトウマがもっと生きづらくなってしまいます。」

「っ...それは...そうだが...」

「今は、仕事に集中しましょう。」

「....あぁ。」



耐えられなくなっていった。

段々と、自分の中にある大切な何かが、崩れていくのがわかった。



ーーーー1ヶ月後。

「......疲れたな....」

斗真は宿屋のベッドに仰向けに倒れ込んでいる。時刻は午後9:45。すでに日はほとんど沈んでいた。

「兄さん、帰ったよ。」

「あぁ...セオ、アイリス。おかえり。」

二人は魔力の補給に行っていた。その後、ロビーで女将さんと話していたようだ。手には女将さん特製のサンドイッチ。あの人と話すといつもサンドイッチをくれる。



あの人の作る料理は美味しい。三つ星、とまではいかないが毎日食べても飽きない程美味しい。

何より、あの人の作る料理はお母さんの味がする。無論、ここの料理は日本の料理とは全く違う。が、味付けや風味は母の味そのものだ。

懐かしい味。母の味。故郷の味。日本の味。

帰りたい。



「今日もまた一段と貰って...トウマ?何か、あったんですか...?」

「...え?」

セオが声を震わせながら言う。

「に、兄さん。なんで...泣いてるの....?」

(....は?泣いてる?俺が?どこに泣く要素なんか...)

手に雫が落ちる。おかしいな。ここは2ヶ月間雨漏れなんかしない部屋だったんだが。

「うっ...うぅっ...ぐっ....」

嗚咽する。心臓が痛くなる。おかしいな。俺は至って健康なのに。

「兄さん...本当に...何が...あったの...?」

「トウマ?!大丈夫ですか!?」

アイリスが駆け寄ってくる。

「トウマ、大丈夫ですよ。大丈夫ですから、落ち着いて...」

「うぁ...!!うぅ..!!!うわぁ...!!!」

子供のように泣き、アイリスに抱きつく。

「....トウマ....」

アイリスは斗真を慰める。


一方セオは何もできずにいた。ただただ、絶望に打ちひしぐ斗真を眺めることしかできずにいたのだ。

「...オ!セオ!!」

アイリスの声で我に返るセオ。

「!!  な、何。」

「水持ってきて!」

「う、うん。わかった....。」



一人、廊下を歩く。ロビーに向かってひたすら歩く。

(この廊下...こんなに長かったっけ。)


兄さんは明らかに衰弱していた。僕たちを助けてくれたあの時よりも。

僕は分からない。言葉も通じない場所で生きることの辛さが。

僕は分からない。兄さんがどこから来て、どうやって生きていたのか。

僕は分からない。何故僕は衰弱していると知っていたのに兄さんを助けなかったのか。


...あまりに無知だった。僕のせいだ。慢心していた。兄さんを....助けなくては。

僕が兄さんを...支えなくては。


気付けばロビーまで来ていた。

「水を...ください。」

女将さんが不思議そうな顔を浮かべる。

「お、おう。もちろんいいが...何かあったのかい?」

「....いえ。なんでもありません。」

「そうかい...ま、なんでも良いさね。少し待ってな。」

受付の前で待つ。

(兄さんを守らなきゃ兄さんを守らなきゃ兄さんを守らなきゃ兄さんを守らなきゃ兄さんを守らなきゃ兄さんを兄さんを兄さんを兄さんを兄さんを兄さんを兄さんを兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん

「はいよ。」

「!」

「水と、こっちがハーブティーでこっちはミルクココアだ。人数分用意したからお前さんが運ぶにはちと多すぎるな。私が持ってってやんよ。」

「な、なんで」

「なんでも何も。お前さん、明らかに様子がおかしいじゃねえか。良いから早く部屋に持ってくぞ。大方、あの黒髪の兄ちゃんの限界が来たんだろ?」

「...まあ、はい。」

「あいつ最近様子おかしかったしな。ほら、早く行くぞ。」

セオは女将についていく。


「おい、大丈夫か?」

「女将さん!?わざわざありがとうございます!」

「良いってことよ。それよりもだ。」

女将は斗真に目線を移す。

「なんてこったい。赤子みたいに泣いてら。」

女将は斗真にアイスティーを差し出し、

「アイスティーだ。飲め。ちっとは落ち着くだろうよ。」

斗真は震えた手でアイスティーを飲む。

「...っはぁ...はぁ....うっ...!ぐぅっ....!」

「嬢ちゃん、坊主にアイスティーを飲ませたあとこっちのホットココアを飲ませてやりな。セオ、あんたはこいつを慰めてやれ。」

そういうと女将は部屋を出る。

「また何かあったら受付に来な。」

「わかりました。ありがとうございます!」

扉が閉じる。

「トウマ...大丈夫ですか?」

「うぅ....ごめん...ごめん....俺よりお前らの方が辛いはずなのにっ...!ごめん..ごめんよ...」

斗真は未だ泣いている。

「....いえ、大丈夫ですよ。私たちは大丈夫ですから、そんな悲観的にならないでください。」

セオは斗真の頭を撫でる。

「兄さん、大丈夫...大丈夫....僕が...僕たちがついてるから...大丈夫だよ。」

「ごめん...ごめん...ごめん.....」

アイリスは斗真にホットココアを飲むよう催促する。

「(ごく...ごく....)....っはぁ...はぁ....」

「大丈夫?兄さん....」

「..はぁ...はぁ...ん....。あ、ありがとう...。」

「いえ、気にしないでください。ほら、もっと飲んでください。」

斗真はホットココアを飲む。

「...美味しい...」

「トウマ、今はゆっくり休みましょう。話は...いえ。話せるならで構いません。もし話せるなら明日聞かせてください。」

「うん...分かった。ありがとう。」

斗真はベッドに寝そべる。

「兄さん、一緒に...寝る?」

「そうしてくれると助かるよ...。」

「なら、私も一緒に。」

「ん...ありがとう、アイリス。」

「どういたしまして、トウマ。」


3人、同じベッドに寝そべっている。

暖かくて...とても安心する...

強く....もっと...つよくならない...と..。

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