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第21話
そこは、暗いけれど明るい場所だった。
暗闇に包まれてはいるが、空間の中を横切る無数の光線によって、夜光虫が漂う夜の海ように空間を照らしている。それらの線はある一方に向かって伸びているようだ。
頭上にも眼下にも、右にも左にも、光の線は流れているが、自分の周りだけは本来真っ直ぐな線が緩やかな曲線を描いてくれる。お陰で光の線にぶつかる事無く空間の中を漂う事ができた。
水の中を漂うように、空間の中の見えない流れに任せて飛んでゆく。
浮遊感が心地よく、微睡始めた頃、囁くような歌声を聞いた。
「カーグノエ、カグーナー
カーゴナーカナカトイーヴァ」
誰だろう。辺りを見回すが、自分以外に人影はない。
「ヒィツーヒィツースーヤーカー。」
ふと、声は頭上から響いている事に気がつく。
「ショーワケーネバンニ。」
光の線が集まる場所。
一層明るく淡い光に満ちた場所。
どうやら、声はそこから聞こえているようだ。
「ツルーカーメーツーヴェルタ。ルースラシャーメーサーラー。」
脚を数回ばたつかせると、水の底から浮上するように、スッと登っていく事ができた。
光の線の流れから顔を出すと、淡い光で包まれた開けた場所に出た。光の線は飛び交ってないが、目の前の大樹が放つ淡くも強い光によって、空間全体は昼間のように明るい。
大樹の前に一人、佇んでいる。その人はコチラに背を向けたまま、先程の歌を口ずさみつつ大樹の表面を興味深そうに眺めている。どうやら大樹に見えたものは、光の線が寄り集まった巨大な束のようだ。しかしそれの何が面白いのか。
その人の様子を、体を光の流れに沈めたまま、川から岸辺を眺めるように見つめていると、その人が漸く振り返る。
黒い髪に澄んだ夜空のような藍の瞳。陶器のような白い肌。触れれば砕けてしまいそうな儚さと、他を寄せ付けない威厳を感じさせる。
男なら中世的で美しいと称され、女ならば凛とした気高く力強い印象だ。
男とも女とも区別し難いその人は、少し目を細めて口端を上げた。
「おや?珍しいこともあるものだ。この場所に辿り着けるなんてなかなか見込みがあるじゃないか。」
そして手を差し伸べると、光の流れに沈んだ体を、大樹のある岸辺へと引き上げる。
「それに……。聖骨に毒されていないんだね。なおのこと素晴らしいね、君たちは。」
「せいこつ?」
「君たちはやがて知る事になるかもしれないし、知らぬまま生きていくかもしれない。その程度のものだよ。今は忘れなさい。やがて思い出す時まで。」
その人が言っている事は不思議で、首を傾げて見上げると、その人は相変わらずの穏やかな声音で続けた。
「さぁ、あまりここに居てはいけないよ。君がアカシに触れるにはまだ早い。帰りなさい。」
「あなたはいいの?」
「もちろん。私は、全てが始まった時からここに居るのだからね。」
再び首を傾げるが、その人はそんなのお構いなしに、そっと腹の辺りを押してくる。
すると体がふわりと浮かび、緩やかに光の流れの中へと沈んでいった。
遠ざかっていくその人の姿を見つめていると、その人が言った。
「そうだ。彼によろしくと伝えてくれるかい。君たちが、やがて会う彼に」
これがジウが次元の狭間で見聞きしたもの。
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