第18話

ラークが観た映画は他にもいくつかの説が解かれていた。

一つは、今この瞬間は糸のように連なり、一方行に移動してしているという説。脳が感覚器官で捉えたものを映像化するまでの時間差によって止まって見えているだけというものだ。

もう一つは、人間が理解できる3次元の上には4次元、5次元と次元の層が重なりあっているという理論で、8次元まで至ると糸のように連なる時間を俯瞰できるという。


そして次元間の移動は高重力によって次元の層に穴を開ける事で可能になるらしい。


仮に双子の内の一人が引力を一点に集めることができて、もう一方も高い遠心力を極小規模で発生させる事ができるとしたら……。


「はっはーん……。なるほどな。」

ラークは横目でアーナを見やる。

「なぁアーナ、この前観た映画覚えてるか?移住先の惑星探すやつ。」

アーナは相変わらず、回るように身を翻しながら答える。

「あれねー。クライマックスが中々だったよね、未来の主人公が次元を超越して、過去の自分に宇宙に行かないように何度も忠告してるのとか感激だったなぁ……。」

暫く感嘆に浸ってから、ふと閃く

「あぁそういう事ね。オッケー任してよ。」

アーナはラークに向かってオーケーサインを送る。


二人の会話が理解出来ず、ベルクはすっかり置いてけぼりの状態だ。

「二人とも、何か思いついたんですか?」

ベルクは身の回りに出現させた水で岩を払い除けながら問う。

ラークはさも当たり前のようにベルクと水のあいだに入り込むと、ベルクの足元にしゃがんだまましたり顔で見上げてくる。


「なぁ王子、たまには映画観たり、ゲームの一つでもやって息抜きしろよ。まじめが過ぎるからこういう厨二っぽい発送が欠落すんだって。」

言い終わるや否や、ラークは袖を肘まで捲り、両腕を鎧のように黒光りする硬い状態に変化させる。

ラークに憑いた星の外装を両腕に纏ったのだ。

「うっわ、スッゲー嫌なかんじ……。」

「それは……?」

ベルクの呟きをしっかり聞き取り、ラークはベルクを見上げて口元に人差し指を立てる。

「俺も星憑きって言ったろ。しかも硬さに定評があったりして。お勤め先にはご内密にな。」

そう言い残して、ラークはベルクの足元から離れる。そしてすぐさまアーナが叫んだ。

「真上だよ!」

アーナの指示に従い、頭上から押し潰してくる衝撃の渦中に腕を伸ばし、圧力の中心に両手を突っ込んだ。

坑道の一角である暗く狭い空間の中で、ラークの真上だけが不自然な明滅を繰り返し、蜃気楼のように歪んで見える。


ラークはしばし過剰なウェイトトレーニングでもしているように息を詰めて、歪みの中を探る。そして何かを掴んだ感触を得ると、吠えるように叫びながら歪みの隙間からソレを引きずり出した。


両腕を掴まれながら引き摺り出された子供は、地面に尻餅をつき、かなりの衝撃であっただろうにキョトンとしたまま呟く。

「引っ張り出された……。」

するともう一方の子供が呟く

「道が作れない。」

「また行こう。」

「そうしよう。」

ラークに引き摺り出された子供は、傍の側に寄ろうとする。しかしそれをラークが許すわけがない。

「おいおい待て餓鬼。行かせねえよ。」

ラークは引っ張り出してきた子供の首根っこを掴んで、もう一方の子供から2メートル程の間を空けて置くように座らせた。

それから子供達の丁度真ん中辺りに立って睨みを利かせる。

「なんで?」

「どうしてダメなの?」

子供たちは左右からラークを見上げて問いかける。

「どうしてだぁ?面倒だからに決まってんだろ。」

静まり返った空間の中でラークの言葉はやけに響いた。


歪んだ空間から子供を引き摺り出すなど荒業以外の何物でもない。いくら星の力を使ったとはいえやってのけたことは賞賛に値する働きだ。心身共にかなり体力を消耗するはずだし、なんなら大怪していたかもしれない。

そんな事を二度も三度もやらされる羽目になってはたまったものではないだろう。

確かに面倒には違いないかもしれないが……。

ラークのポテンシャルに尊敬と畏怖を抱きつつ、ベルクは思うのだ。


『子供相手なんだから、もう少し正義感のある建前を言って欲しかったな』と……。



双子は顔を見合わせて首を傾げる。

なぜ自分達の行動がらラークに「面倒」を掛けるのか理解できていないのだろう。

双子の様子を伺うことも、言い分を聞いてやることもせず、ラークは子供たちに説教を始める。


「この辺りじゃどーだか知らねぇけどな、俺の地元は死は穢れって事になってる。どんなに世話になったとしても、死が縁を切ったならそこまでっね事だ。いつまでも御霊に囚われる必要もねぇし、御霊を縛りつける権利もない。過ぎた時間に執着するな。」


先程とはうって変わって、とても淡々とした静かな声音だった。視線も激昂とは真反対の凪いだ水面のようで、『嵐の前の静けさ』とでもいうように、どこか張り詰めた雰囲気を感じさせる。

双子は表情一つ変えず、黙って引き込まれるようにラークを見つめている。


それからラークら一度深く息をすると、今度はよく聞き慣れた軽い口調で子供達に皮肉を飛ばし始めた。


「だからな餓鬼ども、過去から生きてる人間を引っ張って、挙句に何回も死なせるなんて論外もいいとこだ。金輪際やめとく事だな、あと10年もしたら後悔すんぜ。」


「過去から連れてきた……?」

ベルクが思わず声に出していた。


「聞いたことぐらいあんだろ『多重次元構造』」

ラークは当たり前のように語るが、ベルクにしてみれば聞いた事があるような、無いような……。

首を傾げているベルクを見かねて、ラークは解説を始める。


「そもそもコイツらの能力は引力と遠心力だ。一箇所に引力を集めて、その場所の重力を高めて次元に歪みを作る。で、片方が3次元世界の時間を逆行できる次元に出たったわけ。出て行ったガキは遠心力で外から中へ向かって歪みを作って、過去の時間に生きてた人間を引っ張ってきた。そんなとこだろ?」


ラークが双子へ振り返ると双子は深々と頷いた。

そしてラークが引き摺り出した方がやや高揚気味に話し始める。


「あのね、ぐいってなってね、その後フワってなるの。それでね、下に川みたいにね、たくさんおんなじ人達がねずらーってしててね。もっとそのさきに行くとね、ずらーってしてるのが集まってる場所があってね。そこにねーー」


ラークは板に貼ったようにニッコリと微笑む。


「その話はめちゃくちゃ興味あんだけどさ。連邦に行ったら、かの有名なジェイツー監督に売り込んで映画にしてくんね?そしたら観に行ってやっからさ。」

「じゃー私が先に聞いちゃおっかなー。」

すかさずアーナが双子の側に駆け寄っり、しゃがんで子供達の顔を覗き込む。

アーナに促され、子供はおずおずと続きを話し始める。アーナはそれを楽しそうに相槌を打ちながら聞く。程なくして話しは随分盛り上がりはじめたようだ。


「次元を超える……。」

狐に摘まれた様子のベルクに、ラークはついでとばかりに推論を語る。


「そのお嬢さんが脆くなったってのと、ガキがガラス越しに居るってので閃いちゃったかんじ。この次元でこの時間に同じ存在を作るためには、個人を構成する原子の数を減らすしか無い。結果存在が脆くなった。元々100%だったのが5:5なり7:3なりになっていくならまぁそうなるだろうなってことよ。」


「そんなことまで……。」

ベルクは目を瞬き、呟いた。この僅かな間に、目の前の傭兵は様々な憶測を立て、事実を探り出し、事態を収束して見せたのだ。

ラークが語った事全てが正解かはさておき、ベルク自身は次元を越えるなんて考えは浮かびもしなかった。『星は非現実的な事象を引き起こす』事は百も承知していたはずなのに……。


「だから言ってんだろ、たまにはゲームだったり、夢が詰まったSFに没頭して現実逃避も必要だって。」


「そう、ですね……。」

ベルクはぎこちない愛想笑いを浮かべる

「あーそうだ。」

ラークは双子に向き直り、アーナの隣にしゃがんで子供達と同じ目線になって睨みつける。

「10年か20年もすりゃどーせ嫌でも考える羽目になるから言うけどな。うちの会社はミッション後の事務仕事は給与の対象外なわけ、要はサービス残業。契約範囲以上の業務の発生、拘束時間の超過とか諸々、請求書に記載で済みゃいいけどな、最悪契約の巻き直しだ何だって事務処理が発生するわけ。生憎俺の趣味はボランティアじゃねーし、この先趣味にする気もねぇ。とりあえずお前らを王子に預けねぇと終わる仕事も終わんねんだわ。だからテメェらにはここで大人しく王子と仲良く連邦軍本部まで行ってもらう。異議がある役?」

ラークは片手を上げて見せる。

双子は首をかしげる。


「何故?」

「王子と一緒に行く意味は?」

「話し聞いてねぇのか?テメェらを連邦軍に渡さねぇと仕事が終わらねぇんだっての。」

双子は首を傾げる。

「あなた達が連邦か隣のアディスタンの管理下に入るって約束で、独立運動が始まったんでしょ?」

アーナが問いかけても、双子は首を傾げる。

「どうして?」

「どうして、何処かに行かないといけないの?」

「ここにいちゃダメなの?」

双子に詰め寄られて、アーナのは答えに困ってしまう。何せ自分達の置かれた状況も理解できていない程に、相手は幼いのだ。事実を事実として伝えたところで、きっとまた何故が返ってきてしまうに違いない。

アーナが唸っているので、ラークが間に切り込んできた。

「お前ら、分かんねぇなりにも大人の話しを少しは聞いとけ。さっきも言ったろ、オメェらが持ってるその力は『星』つって、世界中が欲しがってるもんなの。持ってる数が国の強さの指標になるし、金にしたら何百億って価値があんの。ーー」

双子は黙ってラークを見つめる。

「ーーで、オメェらは地元のカシュガノは撰州から離脱するために、連邦だったりアディスタンにだったり、方々に協力してもらった訳。世の中の決まり事で、助けてもらったら礼をすんのが当たり前だろ。生憎このど田舎が出せる高価なものっていったらお前らぐらいしかねぇー訳さ。だからお前らは連邦ないしアディスタンないしに行くんだ!」

「僕頼んでないよ。」

「私も頼んでない。れんぽー、かしゅがの勝手に助けただけ。」

「そういうのおせっかい。」


ラークが話し終えるや否や、間髪入れずに子供達の不平不満の嵐が始まった。

納得いかないのも当然ではあるが、いよいよラークの顳顬こめかみに青筋が浮かぶ。何せ今はかなり疲れているのだ。何より日頃からラークは子供相手に向きになるような大人ではない。


「さっきからガタガタガタガタ、何で、どうしてってうるせーなー。今はそういうもんだと思っときゃいいんだよ。世の中理不尽なもんなんだっつの、特に何かしらで秀でた奴には。納得いかねぇなら、二度と理不尽なことされねぇように力をつけろ。悔しくてもガキの間は『国を動かせる俺の価値って凄くねぇー』ぐらいに思ったけ。そしたら何でもできんだろ。」


双子は再び目を瞬かせながら、ラークを見つめる。

その視線を無視して、ラークはベルクを手招きすると、左右の手にそれぞれ子供達の手を握らせる。また「何で」が始まる前に、さっさと事を治めようという魂胆だ。

「はい、星の王子様に双子座の双子さんを預けました。受け取りの一枚くださーい。」

そう言って端末でベルクと子供達が手を繋ぐ、実に微笑ましい画図らを撮影した。

それから鼓舞するように双子の頭をポンと叩く。

「連邦は王子も居るし、星の保有数も随一だ。お前らの扱いもよく心得てるだろうから、今よりは少しはマシな仕事がもらえんだろう。」

双子は残った感触を確かめるように頭をさする。

「ましな仕事?」

「どんな仕事?」

「知るか。王子に聞け。」

ベルクが戸惑うのを無視して、ラークはアーナに声をかけると、踵を返して歩き始める。


来た道を辿る間、双子は終始ベルクに質問を投げかける。

ベルクは真面目なせいで言葉に悩みながらも答を返している。


来る時は長い道のりでも目的と未知への緊張があったから、案外サクサク進んでこれたが、帰りとなると疲労も相まってかなりしんどい。


「あー、ダンジョン脱出アイテムとか作ってくんねーかなぁ。」

ラークが伸びをしながらあくび混じりにぼやく。

「今度アルメゴの人来たら聞いてみよっか。ダメ元でさー。」

静かに笑い合っているラークとアーナの背を、双子はじっと見つめていた。

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