第17話
「呼び戻された?」
アーナが首を傾げると、少女は双子の肩へ添えた手に力が篭る。
「皆んな勘違いしているけど、私たちは生き返ったんじゃないんです。生きている時から連れてこられたの、この子達に……。」
「どういう事?」
アーナはいつもと変わらぬ様子で首を傾げる。
状況が状況なだけに、そんなアーナに対しても少女は警戒した様子でおずおずと話し始める。
「確かに私は皆んなと一緒に坑道の中に居て、その時はこの場所に土砂はありませんでした。それが気が付いたらここに居たんです。信じられないけど、私は落盤が起こる前の時間からこの時間に連れてこられた。そうとしか言いようがないんです。」
「なるほどねー……。」
生きている時から連れてこられた……。一体どういう事か……。ベルクは少女と双子を眺めながら思考を巡らせる。
おそらく双子は時を渡る力があるのだろう。しかし道中子供達に憑いた星は『双子』であるという見立てがついた。そしてその力は『相反する力』のはずだ。時間と直接的な関係は無さそうな思えるが……。
もしも子供達の星が見立てとは全く別の、十二宮より強力なもの、『至上種』であるのならば時間を支配する事は不可能ではないかもしれない。仮に至上種であったなら、生憎ベルクにはもうお手上げだ。そういう星が存在するという事しか知らないし、ベルク一人ではどうにもならない相手に違いないのだから。
双子を宥めるように、そっと頭を撫でながら少女は続ける。
「きっと生きられる時間は決まっているんです。寿命というのか、運命とでもいうのかしら。分かるんです、もってあと数日だって……。きっとコッチの私もそう感じてたんだと思います。」
そう言って少女は背後に横たわる自分の遺体に視線を向ける。それから徐に立ち上がると、土砂に埋もれた方の自分の遺体の側にしゃがみ、だらりと垂れ下がった腕を埃でも払うように叩いた。すると叩かれた腕は、まるで枝から枯れ葉が落ちるようにいとも容易く落下して、地面に落ちた衝撃で粉の塊と化してしまった。
「ご覧の通り、私たちの体は脆いんです。きっとこっちも……。」
今度は寝転がった遺体の腕を掴み、少し力を入れて引っ張る。すると今度は形こそそのままであるものの、簡単に体から外れてしまった。
「ほらね。居るはずのない私がここに居るから、その前にいた私が脆くなってしまう。」
「どうして?」
アーナが尋ねる、先程よりは深妙な面持ちだ。
「何故なんでしょう。ただ感覚的な部分で、以前の私と今の私は何かが違うとしか言いようがありません。そうですね……、きっと体が三つに分かれたらこんな感じなのかも……という感覚とでもいうんでしょうか?」
「あなたは分身したって事かぁ……。」
アーナは腕組みして呟く。少女の言っていることは分かるが、納得はできていないようだ。
原因や理由が不明確な、有り得ない事態が起きているのだから当然だろう。
少女は再び双子のもとに戻ると、左右の腕で子供達を抱き寄せる。
「仮にこれがこの子たちの力であるなら、とても不完全です。連邦にも夏国にも役に立つとは思えません。だからーー」
だから連れて行かないでくれ。そう言いたげに少女は双子の肩を抱き締める。
「残念だけど夏国の外ではね、星はそこにいるだけで抑止力としては十分なんだよ。だから連れて行かないのは無理じゃないかな?」
アーナはベルクへと視線を向ける。
アーナに倣って少女もベルクを見つめてくるので、ベルクは思わず視線を泳がせてしまう。
星を対価に独立とその後の支援をする約束ではあるが、現状連邦はなんの助力も果たしていない。つまり約束を果たしていないのだから、星を引き取る権限は無いという事だ。
そしてベルクの任務は星の所在を確かめること。星を回収するか否かを判断する権限はない。
ベルクが言葉に詰まっていると、たまりかねた少女が訴える。
「もし連邦に連れて行っても、この子たちのを酷使しないでください。居るだけでも十分なんでしょ……。」
そして双子を渡すまいと一層強く抱き寄せる。
距離と暗い視界のせいではっきりとは確認できないが、子供達は既に肩から首にかけて結晶化しているようだ。アーナが手にしているライトは、暗闇に目が慣れた少女達のために、照射量を絞って蝋燭の灯火程度に抑えているが、その光でも双子は時折眩い輝きとして跳ね返す。
「俺には判断できかねます……。確かに、助言すれば意向は通るでしょうけど……。それよりアディスタンや公国の手に渡ってしまう方が危険なんじゃないかな。特に公国は
ベルクの何とも歯切れの悪い話ぶりを聞いて、ラークはイラついたように片眉を上げる。
その経緯は知らないが、確かに連邦は星を数多く保有し、扱いにはそれなりのノウハウを蓄積している。しかし理屈で全てを説明しきれないのが星だ。だからこそ星の民であるベルクの助言に耳を貸さないことはないだろう。
対して公国はといえば、かつて『選別』と称して星を使った惨殺行為が公認されていた。その事実が他国に知れると、非道な行いとして国際社会による制裁を受けた過去がある。以来公には歯止めがかかったが、水面下では未だに続けられているのが現状だ。
そしてアディスタンは異界と称される程に閉鎖的な国家体制を敷いている。内部で星をどう扱うかは全く検討がつかないが、公国や連邦、夏国という大国に挟まれた国が己を囲む脅威に対して全く備えていない訳がない。備えとは、武器の開発かもそれないし、星を集めることかもしれない……。
沈黙で満たされる中、各々が多少落ち着きを取り戻した頃合いでラークがいつもの調子で提案した。
「兎に角一旦外に出ようぜ。暗いわ、土っぽいわ、息苦しいわで気が滅入るぜこんなトコ。」
それから遠巻きから少女と目を合わせて話しかける。
「そりゃガッチガチの筋肉ヤローじゃありませんけど、俺だってアンタぐらい抱えて歩くぐらいは余裕だし、ガキどもはアーナと王子が運べるだろう。歩きたきゃ歩きゃいいけどな。」
そしてラークが少女達へと歩み出した時。背後から拳大の石がラークに向かって飛んできた。それを反射的に避けたので、石はラークの脇を過ぎて子供達の近くに落下した。
少女が子供を嗜める。
「ジウ!危ないことはダメよ!」
咎められた双子の一人が身を竦める。
「だって……。」
「ここに居たい。」
そう言ったのは、双子のもう一方だ。
子供達が真っ直ぐに見つめてくるので、少女も困ったようだ。
「あなた達のためなの……。ここに居るよりあなた達のことに詳しい人のところに行くべきよ。分かるでしょ?」
双子は互いに顔を見合わせ、そして。
「ミオンも一緒?」
心細気に少女に尋ねる。
おそらく双子にとって、ミオンと呼ばれた少女が全てなのだろう。幼い子供にしては騒ぎ散らすこともせず、じっとミオンの瞳を覗き込み、望む答えが返ってくることをひたすらに待っている。
「ええ、行けるところまではずっと一緒よ。」
その答えに安心したのだろう、双子はそれぞれミオンをぎゅっと抱きしめる。
どうやら一段落着いた様子なので、ラークはその場の雰囲気をを乱さないように、そっと歩み寄りミオンと双子の側に歩み寄る。
ミオンに手を差し出し、ミオンがその手を握り返したので引き起こそうと手を引っ張っる。そしてミオンの手首が腕から離れた……。
ミオンはその場で尻餅をつき、ラークはミオンの手を握ったまま2歩ほど後ろによろめいた。
「こんなにも早いなんて……。」
ミオンは名残惜しそうに優しく双子の頭を撫でる。
「ジウ、ジーハン、この人達について行くのよ。そしてもう無闇に力を使ってはダメ、いい?」
双子の返事を待たずに、ミオンはその場に倒れた。
双子は動かなくなった少女に覆いかぶさり、少女に訴える。もはや聞こえるはずもないのに。
「ミオン、行かないなら、行かない。」
「ミオン離れないと言った。だからここに居る。ずっと居る。」
ラークの手の中に収まったミオンの掌を眺める。持ち主が事切れた途端に質感が変化したように感じたのだ。元は仄かに温度と弾力があり、生き物であったはずなのに、今はしっとりと重さがある砂のような感触だ。
星の力によってもたらされた現状ならば、原因を明確にしなければならないだろう。しかし今はこの手が形を失うまえに持ち主に返し、子供達を外に連れ出す事の方が重要に思える。
動かなくなった少女に縋り付く双子を見下ろし、憐れむ気持ちを押し殺して、ラークは子供達の側でしゃがむ。
形が崩れなように、そっとミオンの手を体の近くに置き、遺体の腕にそっと触れてみる。やや力を加えて押すと、やはりミオンの腕も手と同様の質感に変化していて、砂のように脆くなっていた。
ラークはしゃがんだまま、双子に話しかける。
いつもより声を落とし、事務的で冷淡な口調だ。
「お前らは俺達と外に出るんだ。すぐにとは言わなねぇ、5分以内にケジメ付けて立て。」
「嫌だ。」
「ミオンが行かないなら行かない。」
双子は少女にしがみついたまま駄々をこねた。
ラークは更に淡々と告げる。
「お前らがそのミオンて子の事を思うなら、その遺志を尊重しろ。約束を守れ。ただでさえお前たちはその人を二度も弄んだんだ。甘えくさるのも大概にしろ。」
ラークは促すように立ち上がり、双子を見下ろす。
双子は何の反応も見せずに蹲ったままだ。
「……あっちいけ。」
双子の一人が絞り出すように声を発した。つづいてもう一方が叫ぶ。
「そうだ、あっちいけ!」
子供の叫び声と共に、風とは違う強い圧力がラークを襲う。不意のこととはいえ両足に踏ん張りを利かせたおかげで倒れずに済んだが、数メートルは後方に押しやられた。
圧力が収まり息つく暇もなく今度は背後から岩が飛んできた。拳代から人の頭ぐらいの物まで、当たれば怪我は必須だろう。背後からの岩を避け切ったかと思えば、避けた岩が再び前方なら飛んできてラークを、そして同じ空間に居るアーナとベルクにも襲い掛かる。
ただ岩を避けるだけならまだしも、厄介なのが岩が飛んでくるたびに、背後や前方から押されるような、あるいは殴られるような見えない力を受けると言うことだ。体の軸を乱され、余計な体力を消耗させられる。
長期戦は不利と判断したベルクは、空間内の水を寄り集めるとラークとターナを呼び寄せた。
どんな策があるのかはさておき、丸腰の状態よりはマシだ。ラークもアーナもすぐさまベルクのそばに集まる。
二人が側に来たのを見計らい、ベルクは周囲の水を結合させ、水膜の天蓋を作りあげ三人を覆い隠した。
飛び交う岩が当たる度、天蓋の表面に波紋が広かがる。音を水が遮っているようで、聴覚で外の様子を伺うのは難しそうだが、代わり視界は申し分ない。ぼやかすのも、クリアにするのもベルクの匙加減でどうにでもなる。
不思議なことに、岩が当たるのとは違うタイミングで天蓋の側面が押しつぶされるように窪む事があった。
突然双子の一人の姿が消えて、岩の雨が止んだ。ラークの指示でベルクが天蓋を解き、双子の元に駆け寄ろうとした時、ラークを背後から狙うように岩が降ってくる。
一瞬足がもつれ、受け身の要領で地面を転がり岩を避ける。直ぐに立ち上がるが、息つく暇もなく再び背後から岩が降ってくる。今度は何かに背を押され、前のめりバランスを崩したのでやむなく地面に飛び込む姿勢から手で地面を押して身を翻す。
しばらくの間、体を押してくる謎の力に翻弄されながら、当たれば怪我は免れない岩を避けなくてはならず、いよいよ声を荒げて毒づく。
「たくよー。視界は悪いわ、危ねぇもんは飛んでくるわって、これもー追加料金対象だろ。……つかクソガキの1人はどこ行ったよ。」
襲撃の勢いが衰えはじめ、ラークは視線を周囲に向けたままベルクに問う。
「王子、気配とかで分かんねえの?」
ラークほどではないが、ベルクも同様に岩を避けながら答える。
「気配はあるんですが、薄くて……。ここに居るけど居ない……。なんていうか『玻璃の向こうに居る』そんな感じなんです。」
「はぁ?ハリの向こう……?」
ラークはいよいよ苛立ちを隠しきれない様子なので、アーナがすかさず助け舟を出す。
「硝子越しって意味だよ。」
だったらそう言えと毒づく声を聞き、アーナはクスクスと笑う。
アーナはピボット移動の要領でクルクルと踊るように飛んでくる岩を交わしているので、まだまだ余裕がありそうだ。
押されて引かれ……、水が押され……、バランスを崩す……。ガラス越し……。
ラークは身を守りながら思考を巡らせる。危機的状況で脳が疲労困憊したのか、呑気なもので先日の休暇中に観た映画の内容が浮かんでくるのだから困ったものだ。
人類が別の惑星に移住計画を立てるという、よくあるSF映画だ。宇宙空間における重力と光、時間の概念への理解も深まり、中々面白い内容だった。
そういえば、重力とは引力と遠心力のバランスによって生じる力と聞いたことがある。
引力は中心に向かって引き寄せる力、遠心力は中心から押しのける力。二つの力は相反する。
つまり
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