第15話

アーナがライトで天井から下までぐるりと照らし、その広さにラークが感嘆の声を漏らした。

「ここもまた広いこって。」

「山の中なのに、地底探検みたいだね。」

ラークには目の前の光景に驚いている様子は無く、アーナに至っては行楽に来ているかのように楽しそうだ。

そうやって二人を観察しつつ、ベルクは先日青年から教わった事を復唱した。

辿って来た通路が斜面へと切り替わる辺りを足で踏みつける。

「以前はここは断崖になっていたそうです。ここが境目。下は降りるには壁面に刻まれた足場を辿るか、向こうにある迂回路を使わないと下には行けなかったそうです。」

以前青年がそうしたように、土砂に埋もれた迂回路を指し示す。

「なるほど、天井が落ちてきてそうなったわけね。」

するとラークは追い越しざまにベルクの背を叩いた。

「ここ降りるんだろう、さっさと行こうぜ。」

ベルクと目を合わせるわけでもなく、横をすり抜けて、ラークとアーナは斜面を降り始める。

斜面を三分の一ほど降りたあたりで、二人はベルクの方へ振り返る。

「下にいくんだろ?さっさと来いよ、アーナと離れると視界が悪くなるぜ。」

ベルクは慌てて斜面を滑り降りる。それを確認して、ラークもアーナもベルクを待つわけでもなく、どんどん斜面を降りていく。


三人が丁度広間に降り立ったときだ。突如山が揺れた。たった一度、数センチ地面にめり込んだような感覚。

ラークはすぐさまアーナを引き寄せて、天井から降り落ちる石から守る。時折拳大の石が降ってくるが、ラークもベルクも避けるなり、払い退けるなりして、せいぜい痣をいくつか作った程度で済んだ。幸いにも落盤には至らず。

落石がやむとラークはベルクに尋ねた。

「なぁ、この揺れって星が起こしてるんだろ?俺たちを狙ってなのか、それとも別の理由なのか、分かったりすんの?」

「さぁそこまでは……。ただ、星の中でも地形に関与できるものには限りがあります。しかも十二宮であるなら、一つしかないはずですーー」

坑道内の星が、星の中でもより強力とされる十二宮である事は、一月前の出来事で既に明らかだ。

十二宮で地形に関与できる星、その宿主は連邦傘下に身を置き、北方の圏境に配置されている。

おそらく唯一の存在の所在を知っているから、必然的に否定できる。

「ーー揺れは星が能力を使った副産物と言っていいと思います。だから俺たちを狙っているとは考えにくいです。」

ラークは、成程と言ってしばし思案する。地形に関与しないのであれば、何が揺れを引き起こすのか……。

「王子は十二宮の事は全部知ってるの?」

アーナが尋ねた。

「はっきり分かるのは半分程で、文献の記録でもいいなら一応は全て記憶しています。所在については、連邦管轄と各国が公表しているものに限りますけど。」

ベルクの話によると、連邦が有する十二宮は3柱。公国保有が2柱、夏国に1柱、所在不明が6柱、内1柱は今回目的となっている星。そして性質上アンシャールが有すると考えられる2柱も、アンシャールが公表していないため、所在不明に割り当てられる。

「夏国については、所有しているとしか口外していません。なので星の正体は不確定ですが、山羊アイゴケロスについては30年ほど前までアンシャールの地にあった事は確かで、きっとスコルピオでもないから、夏国の星は天秤ジュゴス双子ヘミニス乙女パルテノスのいずれかになります。そしてここに居るのは、所在不明の5柱のどれであってもおかしくありません。」

夏国が星の所有を最初に公言したのが80年ほど前。国外との接触を頑なに拒んでいた国が、数百年ぶりに国外へ内情を開示した出来事でもあった。

一方でスコルピオに関しては、やはり古いものではあるが、実際に使われた際の記録が残っている。閉鎖的な国が長年保有しているのなら、そうした記録が国外に出回っているとは考えにくい。

「なるほどな。で?それぞれどんな能力があんの?」

「3柱については、古い文献に記載がある程度でした。しかも古文書と言ってもいいぐらい古い中の一節です。」

ラークは腕組みしてベルクを促す。

天秤ジュゴスは裁くもの、等価と善悪を測る。ヴァルゴは魅するもの、最も映えある美しきを守る。双子ヘミニスは相殺するもの、相対する力を有する。そして山羊アイゴケロスは供物、アンシャールの神事と深く関わるもののようで、傷みの代行者と書かれていました。あとはスコルピオ、実戦で使われた時の観察録みたいなものがありました。硬質で俊敏、毒を有する攻撃性に特化しているのが特徴のようです。」

しばし黙してからラークは口を開く。

「そういやジンウが双子がなんだかんだ言ってたな。双子なんじゃん?ここに居るの。」

アーナも相変わらず和かな様子で同意する。

「大人二人分の鉱石が見つかったとか言ってたしね。もう決まりだね。」

ベルクは思わずため息が出る。

「そんな大雑把な……。」

「ザッパじゃねぇって。アーナが言ったろ、見つかった星は先代の宿主が結晶化した、大人二人分の鉱石だったらしいじゃん。これで双子じゃなきゃ双子ってどんなんだよ。」

ベルクは「確かに……。」とぼやく。

「納得いかねぇならまだあんぞ。理由の二つ目、三択の中で双子が一番揺れに繋がりそう。力が何とかって言ってたしな。

三つ目、夏国の星を抜いて、残りの2択の片方も検討がつくから残りは双子。つーことだ。」

「夏国の星が分かったんですか?それに、もう一つは何処にあるんですか?」

ベルクは食い入るようにラークに問う。


夏国との交流を持って久しい劉国にすれば、夏国の統治制度程度ならば当たり前のように知っている。一人の秋王が何百年も統治しているなどと人知を逸した事が起きているのだ、それを可能にするのは当然星の力。仕組みは知らないが、恐らく夏国太伯がもつ星は乙女パルテノスで間違い無いだろう。


連邦をはじめとする夏国西側の国々にとって、夏国の情報は未だにほとんどだ伝わってこない。今回カシュガノ住民からの要請があったから、首都の華州と周辺8州で構成された連合国家である事が漸く知れ渡ったぐらいだ。秋王が100年以上も即位し続けているなど知る由もない。それは単に、カシュガノの住民達すら知り得ないことであったのも理由であった。一生のうちに秋王の代替わりの知らせを聞く方が珍しい事だし、何より秋王が誰であるかなど天上の出来事で、カシュガノやツオスのような田舎では知っていようがいまいが関係ない。強いていえば、県長の事さえ押さえておけば生活に困る事はないのだ。


そして、行方知らずのもう一つの星。

ラークが思うに、それは内海の小国家にあるはずだ。世界銀行とも称されるこの国に、かつて礁瓊ショウケイが赴いた際に仕入れてきた情報だ。

彼女はその国に大量の金銀を預けている、しかもそのほとんどがナカツクニ産の高純度の金や白金。

劉国や夏国、アルメゴでも金は取れるが、ナカツクニ産は他の金より高値がつくのだ。

それが夏国を超えて西に渡れば、その額は一気に跳ね上がる。

そんな上客である礁瓊のもとには、銀行の筆頭、強いては国の上層部が手揉みして挨拶にやってくるし、滞在期間中はまるで国賓扱いだ。あたかも王族のような特別扱いを満喫していると、礁瓊と同様に丁寧なもてなしを受ける者に会ったという。その国とは何の縁もゆかりも無いただの客人で、周囲からは『リブラ様』と言われていたそうだ。

『リブラ《天秤座》様』……。ここまで言われて、十二宮の宿主でなければ一大事だ。


もしも連邦が行方知らずの十二宮の行方を知る事ができたなら、外交政策を優位に進められる。そうでなくても他国が持つ脅威は知っていて損はないから、ベルクが詰め寄ってくるのも当然だろう。

けれどベルクの場合、属する国への忠誠心というよりも、単純に星への興味という方が正しいようだが……。

しかしラーク達は世界各国を渡り歩く傭兵業の身、依頼人からの信頼が何より重要だ。守秘義務を徹底する事は基本の基本、第三者に情報を口外するわけがない。

もしも情報を漏洩することがあるとしたら、ハカという組織に害が及ぶ可能性がある時だけだ。

だから星の所在を問うベルクへの答えは一言。

「まーな。」

そしてわざとらしく辺りを見渡す。

「で、更に奥にはどうやっていくんでしょーか。」

「あそこじゃないの?」

アーナがライトで広間の奥を指し示す。他よりも石が積み重なっていて、故意に避けられた様子がある場所だ。

ラークとアーナはその場所に向かって歩き出す。


ベルクは二人の背を眺め、一人小さく肩を落とした。ラークに尋ねたところで、答えてもらえるはずなど無いのに、つい興奮して問い詰めてしまった……。いよいよ呆れられただろうか。恥じる気持ちのせいか、その場に立ち止まってしまった。

どういう訳か、ラークという人物には失望されたくないという思いが湧いてくる。それに尊敬、信頼……。初対面のはずなのに、まるで上官であるかのように、期待に応えたいように思えてならない……。


またしてもベルクが来ないので、ラークとアーナは振り返って声をかける。

「こっちであってんだろ?」

「え?はい、合ってます。すぐ行きます……。」

ベルクは小走りで駆け寄ってくると、視線を落としたまま再び「すみません。」と呟いた。

その様子が余りにもしょぼくれて見えたので、アーナがラークにそっと耳打ちする。

「さっきの、ちょっと言い方冷たかったんじゃないの。」

「はぁ?」

ラークは思わずアーナを見返す。同時に視界の端に、しょんぼりしたベルクが映り込む。

それがどういうわけか、先日目にした情景を思い起こさせた……。

夕暮れ時、街路樹の支柱に繋がれ、俯きながら飼い主を待つ犬。

あの寂しそうな姿に心打たれて、悪いと分かっていながら、買い食いしていたツクネを一本分けてやったのだ……。

あの日の犬に向けた同情心と同じような気持ちが湧いてきて、渋々フォローを入れる。

「だからー……。俺たち傭兵なの、せがまれたってお客様の秘密は言えねーの。守秘義務。納得しろ、な。」

「それは、分かってます。俺が勝手に一人で沸き立っただけです、困らせてすみません……。」

ベルクは言葉を発するごとに、益々しょぼくれていく。それに伴ってアーナの視線も「泣かしたー」と言わんばかりに冷たくなっていく。

どうしたものか……、勘弁してくれ……、困りあぐねたラークはベルクの頭に手を乗せて軽く叩いてやる……あの日の犬と同じように。

するとベルクは一気に赤面して怒鳴りつける。

「ちょっと落ち込んだからって、子供扱いしないでください!」

広間の壁に反響して、ベルクの声はやけに響いた。だからアーナがクスクスと笑い出す。

「王子元気になったー。」

それから早く仕事に戻ろうと促し、アーナはラークを引き連れて、更に奥へと続く抜け穴へと歩き出した。

ベルクはというと、不機嫌そうに顔を歪めつつ今度はしっかりと後に続いた。


昨日女性達を救出した穴は、先ほどの揺れで多少石が崩れていたものの、通り抜けるには十分な大きさが残っている。

穴に脚を突き入れて、滑り降りる要領で更に奥へと進む。ここから先はベルクも未開の場所だ。

入り口そこ狭かったが、通路内は高さがありラークも屈む事なく立っていられるし、幅も3人並んで進む事ができる。

しかし突如アーナが顔を歪めた。続くようにラークもベルクも手で鼻と口を覆う。

土の匂いに混じって、汚臭とも違う生臭いような匂いが辺りに立ち込めているのだ。

「ひどい匂い……。」

アーナはライトの光を周囲に巡らせて、状況を確認しようと試みる。

暗闇と静寂に包まれた通路内は、立ち込める匂いと相まってかなり不気味だ。

通路の端に血溜を見つけると、アーナはライトの光を血の源へと辿っていく。踏み固められ硬くなった通路の地面を辿り、行く先を塞ぐように堆積した拳大から頭ほどの大きさの岩と土。その間から人間の腕が突き出している。本来関節では無い場所から折れ曲がり、引きちぎられた肉の間から骨が剥き出しになっている。どうやらその腕から流れ出た血が血溜まりの源のようだ。

「確かにこれは、気を病むな……。」

ベルクは救助した女性たちの事を思い返して呟いた。殆どのが半狂乱になって外に出たいと訴え、震えて、自力では歩けないものまで居た。暗い場所に閉じ込められた恐怖感と思っていたが、加えてこの様な有様では当然だ。

進むにつれて、押しつぶされた女性たちの残骸は増えていくので、アーナのライトの照射範囲を広げた。遺体を踏まないように、蹴らないように、ベルクの感知する星の気配を頼りに通路を奥へと進んでいく。


鋭角に曲がった通路の手前でベルクは立ち止まった。

「ここです。」

先ずはアーナが差し込む様にライトで中を照らし、足元にあった小石を中に投げ込む。

中からは何も反応が無い。

ラークはハーネスに差し込んでいた拳銃を手にしてスライドを引いた。

その様子を眺めていたベルクに「一応な。」と呟いてアーナと共に鋭角の角を曲がって中に滑り込んだ。


鋭角の先は行き止まりで、部屋のような空間になっている。

アーナのライトに照らされながら、左右の腕に幼い子供を抱えた少女が一人、身を縮めながら訴える。

「お願い、この子達を咎めないで。殺さないでください。」

危険は無いと判断して、ラークは銃を下して一旦弾倉を抜いた。

「殺したりしないよ。その子たちの安全を確保しに来たのー。」

アーナは微笑みながらそう言うと、ライトの照射を緩めながら少女に近づいていく。

一先ずアーナに任せることにして、ラークとベルクはその場に留まる。


アーナが少女と二人の子供のすぐそばまで来た時だ。目に入ったのは、ここへ来るまでに何度も目にして来たものだった。

胸から下が土砂に埋まった少女の亡骸、そしてもう一つ、眠るように生き絶えた少女の遺体……。

そのどちらも、目の前の少女と同じ姿をしている。

出発前にキリョウが見せた画像と同じだ。

一体どういう事か……。


アーナが立ち尽くしていると、少女が口を開く。

「私は呼び戻されたの……。きっと、あと数日でまた息耐える……。」

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