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第14話

撰州軍のティルトローター機が峰の奥に向かったのを確認したベルクは、坑道の中をひた走った。

幸い大空洞までの道は石畳が敷かれているため、足元は比較的安定している。強いて言えば先日まで退けていた土砂の残りで滑りやすいということぐらいだ。道筋も記憶しているから、ケミカルライトの光で十分事足りる。

走りながらベルクは奥歯を噛み締めた。自身の詰めの甘さが悔やまれてならないからだ。

ベルクは竪穴を降下する技術を持っている。だから、敵も同様の訓練を積んでい無いわけがない。なのになぜ予想できなかったのか。

以前から上官から指摘され、ライルからも言われていた、見落としに気をつけろと。

そうライルに言われるたび、滅多に現場に赴かない相手に言われたくないと内心悪態をついていた。

しかしどうだ、先刻のように、あれほどの異様な存在と対峙する事が正しかどうかは分からない。だがライルの判断は的確だったのではないだろうか。もしも坑道の中に入った日から、ベルクが峰の裏手を警戒していたのなら、現状はどうなっていただろう。公国からの侵入者を退けられたとは言わない。けれど誰よりも先に星を確保できる状態にはいられたはずだ。敵の存在に気づいた時点で穴に入り、既に知っている坑道の奥にも行けたのに……。

そうこうしている間に、ベルクは坑道内の大空洞へとたどり着いた。やはり撰州政府側の人間が既に侵入している。広い空間の一角から立ち込める煙と光。白とオレンジの光に照らされ、ロープで吊られた二人の陰が大空洞の天井に投影されている。降り立つための足場を探しているのだろう。随分と和気藹々とした話し声が空間内に響いている。こちらに目が向いていないのであれば、ここを抜けて奥に向かうには今が好機といえるだろう。

ベルクは昨日まで女性達を救助していた場所へと続く坑道の入り口に向かって走った。

もともと完全に身を隠せるつもりはなかったが、やはり相手も軍人だ、仕事中に人の気配を見落とす訳がない。しかし幸いにも彼らが吊るされているのは、ベルクが居るのとは反対側と言っていい。着地できたとしても残骸のように残った足場を辿らなくてはならないから、時間を要するはずだ。


そういうたかを括った考え方も、自分の詰めの甘さなのだろうか。まさか女の方が脚力を使って跳躍してくるとは思わなかった。思わず足を止めて女と、抱えられていた男の身のこなしに見入ってしまった。

やはり女の方がすごい。人の形をしているが、身体能力は獣並みだ。もしかしたら星憑きなのかもしれない。現に二人からは微かに星の気配を感じる。ここまで隠せる程の使い手なのか、あるいは身体能力の増強程度の能力しかないのか。いずれにしても自分一人では軽く往なせる相手ではないのは確かだ。

彼らも星を狙っているのであれば、衝突は避けられないだろう。男の方はベルクの星でもなんとかなりそうだが、女の方を退けられる確証が得られない。


ベルクの最優先事項は星の確保だ。確実に勝つ方法が無いならば、今は闇に紛れて撒くのが得策。

ベルクはケミカルライトを握り、坑道の奥へと走った。

ところが男女は容易くベルクを見つけ出して、後を追ってくる。しかも煌々とライトを照らして。

坑道はほぼ一本道で身を隠すせるものもない。強いて言えば曲がり角ぐらいだ。ここはとにかく駆け抜けるしかない。女に追いつかれる前に広場まで出られればベルクにも勝機はあるはずだ。


ベルクは思考を巡らせて緊張真っ只中にいたのに、背後の男女はどういうことだろう。まるで子供が喧嘩を吹っかけるように、言いたい放題に叫んでくるではないか。

思わず足を止めると、やはり男女は飄々と語り始めた。要するに星を奪う気はないが、星の性質は知りたいのだという。ベルクの外見から星の民である事を見抜き、後をつければ星を見つけ出せると見込んだそうだ。

ついには行動を共にすることで落ちつき、今はまるで飼い猫と飼い主のようにイチャついている男女とベルクは一緒に歩いている。

二人の会話から拾った限り、男はラーク、女はアーナというらしい。敵意がないことは有難いが、やたらと調子を崩されてしまった。


ベルクが思わず溜息をこぼすと、前を歩いていたラークが振り返る。

「なんだよ、走り回って疲れたか。配分考えるのも仕事だぜ。」

その口調が余りにも普通で、ベルクは思わず狼狽した。

「いえ……なんていうか、調子が狂って。」

「そうか。まぁ、全く警戒しなくなっても良くないからな。何せ俺たちは傭兵みたいなもんだ。来週には敵軍でこんにちはかもだしな。」

「今は全く心配無いだろうけどねー。」

ラークもアーナもやはり至って普通の口調だ。残念そうだとか、気まずそうな素振りは一切ない。何故だかベルクにはそれがやや寂しく思えた。

「どこの国籍ですか、傭兵でも拠点の場所があるでしょ。」

「劉国、平和で暇だから他所から仕事を貰ってる私有の海兵隊。」

言われてベルクは記憶を辿る。数年前連邦領と他国との国境で抗争があった。その時前線部隊の中で劉国の傭兵隊を称賛しているのを聞いた覚えがある。傭兵隊の名は確か……。

「ハカですか?」

するとラークは口端を上げた。

「へー、よくご存知で。」

「数年前、一緒に戦ってた連中から聞いたんです。仕事が早くて的確だった。ハカが味方で助かった。とか色々と。」

「褒めてもらってんなら何も文句はねーわな。」

そして再び沈黙が訪れる。

遭遇した時から、ベルクは二人の内どちらかが星憑きだと察していた。しかしその気配は薄く、おそらくベルクと同じアンシャールの血統でなければ気が付かないだろう。それはつまり、星がそれだけが弱いものなのか、或いは星を使いこなしているという事だ。互いに敵かも味方かも曖昧な相手だけに、尋ねたところで答えてもらえる訳がないのだが……。

「貴方達は、星憑きですか?」

意外にも容易く答えが返ってきた。

「そうだよー。ラークがね。」

「え……。」

思わずベルクの足が止まった。

「えってなんだよ。妖精もそうだろう。星の民だもんな。」

てっきりアーナの方が星憑きだと思っていたのに……。ならばあの身体能力の源は何だろうか、それも尋ねれば教えてくれるだろうか……。だが今は先に言わねばならない。

「俺は妖精じゃなくて、ベルクです。ベルギス・エン・アンシャール。」

「はいはいベルクね。」

ラークはあからさまに右から左へと言った口調だ。それも当然、この一件が終わればベルクは記憶から弾き出されるに違いないのだから、一々覚える必要などないのだろう。

「それで、アンシャールの王子様にはどんな星が憑いてるわけ?」

この話を振ったのは己だから、問われれば答えねばなるまい。ベルクは溜息をつき呟いた。

「……アクエリア。」

「へー。水系の12宮って事は、ベルクって本当に王子様なの?」

水に関わる星はアンシャールしか扱えない。それも原初の血が濃くなければ、星の力を引き出すことも、使役することも叶わず、無闇に手を出せば星に呑まれてまうという。『原初の血が濃い』つまりアンシャールの中でも高い位にある血筋という事になる。

「星が憑いていても、使いこなせなければ意味がない……。貴方はどうやって星を得たんですか。気配があまり感じられないけど、封じてあるんですか。」

問われてラークは首を傾げる、封じているとは何だろうか。その意図を汲み取ってベルクが続ける。

「カグノエ。聞いたことはありませんか。強制的に星を封じ込める、アンシャールの秘技です。」

「単語は聞いた事がある気もしなくもねーけど……、知らねーな。」

「じゃぁ、星に選ばれて使役できているという事ですよね。どんな星なんですか。」

ベルクが詰め寄ると、ラークはややバツが悪そうに顔を顰めた。

「どんな星か……。性悪で人間を脅して好き勝手できるぐらいの強さはあるみたいよ。使役してるかは知らねーけど。今のところ俺の事を嫌ってはいないみたいだな。で、カグノエって何よ。」

では星の扱いを誰に習ったのか。ベルクには問いたい事がまだあったが、

「俺結構勤勉家なのよね。」

と念押しされて、ベルクはカグノエについて語り始める。

「カグノエはアンシャールとして生まれたら、最初に教わる事なのだそうです。使役しきれず、代わりの宿主もいない時、強制的に星を宿主の核に留める手段です。」

そう言ってベルクは自分の心臓を指差す。それから囁くように口ずさむ。

「カーグノエ、カグーナー。カーゴナーカナカトイーヴァ。ヒィツーヒィツースーヤーカー。ショーワケーネバンニ。ツルーカーメーツーヴェルタ。ルースラシャーメーサーラー。」

するとアーナが微笑む。

「なんだか子守唄みたい。」

「母が歌ってくれたんです。『大切な宝を納めた箱を隠し、守れ。二つの王が出会う時、それを取り出し再び土地を治めよ。』という歌だそうです。二つの王にはさまざまなな意味があるそうですが、大切な宝は星、納めた箱は星を封じた人の事だと言われていると聞きました。」

「へー。」

「たしかにこれは子守唄みたいなもので、アンシャールの子供が最初に覚える歌です。そのぐらい、カグノエはアンシャールにとって当たり前のものなんです。」

「なるほどな、だから王子が此処にいるわけか。」

星を強制的に封じる事ができるならば、今回のような場合は正しく適任だ。かなり強力な力を持っているが、それを制御できているのかは分からない。もしも交渉の余地もなく暴れ回るのならば、無理矢理鎮めて連行すればいいのだから。

「確かにカグノエは便利です。ただ俺はその解き方を知らない。つまり一度封じてしまうと、宿主が死ぬまで星を扱えないんです。それでは意味がないでしょ。」

「確かになぁ。」

「ベルクのお母さんは教えてくれなかったの?」

ベルクは首を振った。

「教わる前に亡くなりました。だから自力で調べたんです。古文書も論文も、アンシャールに縁のある人からも。でも見つからないんです。」

ベルクは肩を沈める。対して二人は随分とあっさり返してきた。

「じゃぁそもそも無いんじゃないの。」

「探しても無ぇもんは無ぇからな。方法は自分で考えるか、そういうもんだと思って扱うしかねんじゃね。」

ベルクは言葉を詰まらせた。無いものはない。そういうものだと思え。気が楽になる一方、絶望も湧いた。自分ではどうしようもないから手段を探したのだ。幼い時からずっと、一族の事を殆ど何も知らされなかったから、自力で学んできたのに。それなのに。

「自分では考えつかないから困ってるんでしょ!俺もそうだから、カグノエされたから、使いこなせないんです。アンシャールなのに……。」

最初のように、ベルクが声をあらげたから、ラークもアーナも僅かながら狼狽える。

「そんな気にしてるとは思わなかったからさ。配慮が足りなかったわ、すまんて。」

ラークは取り敢えず謝てみるが、アーナは不機嫌になる。

「そっちの事情なんて知らないもん。勝手に怒られても困るんだけどー。」

ベルクもアーナの意見は一理あると思う。最初に話を持ち出したのはベルクでアーナもラークも意見を述べただけ。なのに答えが気に入らず機嫌を悪くしたのだから、ベルクの身勝手に違いない。たがらアーナ達が機嫌をとってやる理由はない。

ベルクはやや冷静になって、二人に頭を下げた。

「その通りです。すみませんでした。」

「王子様も難儀してるってのは分かったよ。で、全く使えねぇの?何かしらできんの?」

ラーク達はこの後強力な星と対峙する。話し合いで解決すればいいが、一悶着あるかもしれない。同行する者の状態を把握しておくのも作戦の一環だ。もしもベルクが全く星を使えないのならそれでいい。元々はラークとアーナで対処するつもりだったのだから。

ベルクは仲間でもなんでもないのだから、ラークとしては役に立つなら働いてもらうし、そうでないなら特別助けてやる気もない。所詮その程度の間柄だ。

「水を動かす程度の事は……。」

ベルクはぼそぼそと呟いた。

「へー。なら自分の身くらい守れるな。」

「まぁ……。」

ベルク自身も鍛えてはいるのだ。星に頼らなくてもそれなりに動ける。

そんな話しをしていると、いつの間にか三人は坑道内の広間に着いた。

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