第13話
ラーク、アーナ、トーマと案内人のジンウ、そしてトーマの小隊五人を載せたティルトローター機がカシュガノへ向けて飛行を続ける。
ツオスを出てから程なくして、眼下には穏やかな海に浮かぶ島のように、靄の間から山々の稜線が覗き始める。
ツオスからカシュガノに掛けて聳える山々は北西に進むにつれてより険しくっていく。カシュガノ周辺を最高峰とし、更に西側に行くと山脈はより複雑な稜線を描き始める。そのさまは山同士がぶつかり合い呑み込みあった地域と称され、山と谷が延々と連なりながらアディスタンへと入り込み、平原に沈み混んでいく。
今回秋王が分断を決意したのは、この西側の山脈地帯だ。
自然鑑賞としては実に雄大な光景だが、身を隠すためにあると言っても過言ではない地形だ。
現に山を切り開いて100人程度が住んでいる事は知られているが、彼らは納税は免除されている。要するに、居場所を断定できず、居場所が分かっても役人が一朝一夕で足を運べる場所ではないのだ。
北方の大国を警戒する夏国にとっては、この山岳地帯は好ましい土地ではない。
朝陽が雲海を這うように照らし始めた頃、山脈の最高峰が見えてきた。
「あの峰の鞍部の辺りにカシュガノがあります。」
そう言って、ジンウは峰を指さした。トーマはマイク越しにパイロットへカシュガノ上空を旋回するように指示を出した。その間にラークが尋ねる。
「ルーカー達が行ったのもカシュガノだよな」
「麓のカシュガノは、こちらのカシュガノが栄えてできた街なんです。だから地元の者はこちらをカシュガノ、ふともは新都と呼びます。」
ラークは「へー。」と返事をして、窓を覗き込む。
カシュガノを俯瞰するため、ティルトローター機は一旦山脈の北側へ飛んだ。機内から見える限りでも、山々の北側は南側とはまるで違う表情を見せる。
カシュガノがある南側には背の低い緑地がまばらに有り、適度に草の生えた地面に山道が確認できる。対して公国との国境である北側は、緑地はあるものの、傾斜はきつく断崖の山肌には乳児ぐらいの大きさの岩が至る所に転がっている。
「北側は凄いでしょう。この絶壁のお陰で、カシュガノに侵入してくる輩はほとんどいないんです。人間以外の生き物も雪雲も同様にね。」
機体は再びカシュガノ方面へと向きを変える。方向を変える際に、北側に分厚く重たそうな雲が広がっているのが見えた。おそらく麓では雨か雪が降っているのだろう。
機体は鳶が舞うようにカシュガノの峰の前を横切った。眼下では東側の尾根から差し込む朝日が、山肌近くに立ち込める朝靄に反射して輝き、その中で石造の家々がボヤけた影を見せる。
四方1キロ程度と見られる範囲に、石造の家々が並ぶ様は、さながら遺跡だ。休暇で訪れたのなら中々の絶景だった事だろう。
「あーあ、どっかの星憑きがやり合ってんじゃん。お気の毒だなトーマ班。」
そう言ってラークは、端末を取り出してその様子をカメラに収める。
「ラーク。仕事中だぞ。」
諌めてはいるが、トーマは如何にも無関心といった様子だ。要は形骸的に、念のために言っているだけなのだ。
「トーマの仕事ぶりの記録だって。言ってたじゃんか、超過労働が有れば報酬上げるって。」
「それもそうだな。その動画が効果を発揮したら肉そば奢ってやるよ。」
「具材全部載せな。」
そんなやり取りをしているうちに、機体は峰の裏手へと向かう。傾斜の緩やかな場所を見つけると、機体はプロペラを上に向けて接近する。ラークとアーナ、ジンウを下ろすと機体は峰を離れて再びカシュガノへ向かった。
「こちらです。」
ジンウは峰の傾斜を登り始める。ラークとアーナが後に続き、斜面を数メートル登ると、人一人入れるぐらいの穴が現れた。周囲を石で縁取っているので、できた経緯はともかく、利用価値のあるものなのだろう。
ジンウは穴の前にしゃがみ中を覗くと一瞬顔を曇らせた。
「コレは元々、坑道に空気を入れるための竪穴です。この真下が大きな空間になっているので、たまに抜け穴としも使っていました。食料とか明かりの燃料が足らなくなったときに、ここから投げ込んだりもしたものですがーー」
そう言いって、ジンウはラーク達に向かって首を振った。
「星が起こした揺れでやられたんでしょう。以前は足場があったんですが、とてもじゃないが降りられませんね。」
そしてジンウは背負ってきた荷物の中から発煙筒を取り出して穴に投げ込んだ。
煙と共に白い光が穴の内部に広がる。確かに中は深さが10メートル以上はありそうな大空洞になっている。しかし足場が全く無いわけではなさそうだ。
ラークは穴から十歩程度離れた場所にハンドガンで3本杭を打ち込み、それぞれにロープを通し、手早く降下の準備を整える。
「ジンウさぁ、俺たちが中に降りたらこの辺の回収しといてくんね?」
ラークが杭やロープを指し示すと、ジンウは頷いた。連邦だろうと公国だろうと、追随を許すような痕跡は残しておかない方がいい。
「よーし、行くぞアーナ。」
ラークが両手を広げると、アーナはフワリとジャンプしてラークの首にしがみつく。まるでアーナが絹の衣のように、ラークは軽々と抱えると迷う事なく大空洞へと降下していった。
入り口から3メートル程降下した辺りで一旦止まる。煙が立ち込める中、オレンジの光で照らされた洞窟内に、四角く突き出した岩場がいくつも確認できる。一番近い場所なら振り子の要領で着地できそうだが……。
二人の他に、この空間にはもう一人居る。
アーナが落ち着いているから相手はこちらを狙っている訳では無いようだが、相手の方も此方を警戒しているのだろう。
ラーク達の死角を選びながら坑道の奥へと向かっているようだ。
光と暗闇との境で目が眩むが、そんな中でもその姿を捉えることができた。
白銀の髪、白い肌、装いから見てラークと同じような機動性を重視した軍人か、それに準ずる職務の者だろう。
「あ、あの子星の民だ。」
珍しい生き物を見たとばかりに、アーナを指を差して言った。
星の民は、『星』をこの世で最初に得た一族。本姓をアンシャールといい、永い歳月の中でその栄光は歴史と伝記の中のものになってしまっている。それは彼らが大きな国を持たず、世界の北端にある島国の奥地に隠れ住んでいせいでもある。
「実は今日運がいいのかもよ。あんなに元気に動き回ってるホシノタミなんて滅多に居ないもん。」
アンシャールに出会うのはとても珍しい。
少数民族ということの他、彼らは住処の土地なら外界に出る事は滅多に無いからだ。
その理由は、彼らは淀みのない清浄な空気の寒冷地域出なければ生きられないためだとされている。
かつては、か弱く繊細な星の民の健康を保ち、長寿させる事で権威を示した時代もあったという。
そうやって養い育てたアンシャールとの間に子が生まれれば、直良。星の庇護を授かった者として一族繁栄の象徴として尊まれた。
その流れで、今でも星の民の血縁を特別視する傾向が見られる。
内海地域のモルリア小国の公爵がいい例で、アンシャールとの混血で容姿端麗かつ博識強運な人物として有名だ。
「確かに妖精さんだけど、人には変わらないだろ。ここで見つけてもただの偶然。」
ラークはいかにも興味が無さそうな様子だが、アーナは悪戯を思いついた子供のように笑みを浮かべる。
「妖精さんはねぇ、星を探すのが得意だよ。」
彼がこの場にいるという事は、間違えなく星を探している。
つまり後を追えば簡単に目的の星の所にたどり着ける。
未知の洞窟の中で探す手間が省けるならば確かに運がいい。後に続かないでは無い。
しかし生憎今は宙吊り状態で、一番近い足場に降り立っても星の民のが居たのとは反対側だ。間には深い溝があるので足場伝いに迂回するしかない。そうこうしている間に見失ってしまうだろう。
「私が先に後をつけておくね。」
アーナが跳躍のために身を丸くし始める。
「えー……、俺クライミングとか無理なんだけど。」
アーナはじっとりとした視線でラークを眺める。対するラークは苦笑いを浮かべてみせた。
「この間買うか迷ってたワンピース買ってやるから。」
アーナは眉間に皺を寄せる。
「……えー。」
「サンダルもつけます……。」
「どんなの?」
「両手以内でお願いします……。」
アーナは腕を組んでわざとらしく考え込んで見せる。そして、
「よかろう。」
アーナはラークに抱えられたまま、ブランコを漕ぐように脚を動かし始める。やがてロープが揺れ出し、洞窟の壁面に足が届くまでになった。そして、ラークの首に回した腕を起点にラークと自分の位置を入れ替えると、振り子の動きに合わせて壁を踏み、運動エネルギーに二人分の重さとアーナの脚力を加えた力で跳躍した。
ラークはアーナに抱えられたまま、タイミングを見計らってカラビナを外した。
アーナに抱えられながら、反対側に到達し、着地の直前にアーナから離れ、地面を削るように滑って勢いを殺す。
アーナも身を返しつつ、ラークと同様に岩場を削るように滑りながら着地した。
二人が完全に動きを止め、勢いの余韻が抜け去ると、ラークはアーナに歩み寄り猫をかまうようにその頭を撫ではじめた。
アーナも機嫌良くラークの手に頭を擦りつける。しばらくして満足したアーナは、ラークの手を握りしめて促す。
「妖精さん、見失っちゃうよ。」
そしてベルトからライトを取り出し、星の民が走り去った方向を照らすと、視界が確保できるよう照射範囲を最大に広げた。
今回アーナ達にとっての敵らしい敵は居ない。だからわざわざ身を潜める理由もない。強いて言えば、カシュガノの住民が撰州軍人と勘違いして襲撃を仕掛けてくるかもしれないが、所詮相手は素人だ。
先程の星の民は軍人だろうが、もし連邦軍ならば、アーナ達の雇い主は独立を進めているのだからやり合う理由はない。
もし公国軍だったとしても狙いは星だろう、これも雇い主がいらないと言っているから、死に物狂いで守ってやる必要はない。
今回の仕事の趣旨はカシュガノ地域の東部分断が成立するまでの間、州軍の損害を抑えること。ハカが参入して撰州軍の被害が格段に下がれば、それで上々だ。だから縁もゆかりもない異邦人のために、律儀に戦ってハカが頭数を減らしてやる義理はないのだ。
アーナのライトは手に収まるサイズにも関わらず、大型トラックのライト並みに大空洞の中を煌々と照らす。
だからラークは思わず呟いた。
「発煙じゃなくてコレ使えばよかったじゃん。」
「知らないよ。ジンウがどんどんやっちゃったんだもん。」
そうこうしているうちに、大空洞から分岐した坑道の入り口が見えてきた。周囲には他にそういったものがないから、おそらく星の民はこの中へ入っていったのだろう。
立って歩くことはできそうだが、幅は2メートルも無いぐらいだろうか。明りとりの穴も無い、正真正銘の坑道だ。
アーナのライトのおかげで、暗闇も大して気にはならないが、星の民は見たところケミカルライト程度の灯りしか持ち合わせていないようだった。ということは足場や頭上は安全なのか、それとも彼方も初めて行くから危険を理解していないのか。厄介なのは、もし揺れが起きて再び落盤が起きた時だ。大空洞なら抜け出す方法が何かしらあるだろうが、この狭い坑道内で起きて、身動きが取れなくなったら一大事だ。
ここで見張っているのも手だが、坑道の先に別の竪穴があってそこから抜け出す事ができたら、それはそれで面倒になる。
星は自由に持ち帰ってもらって構わないが、どんな能力でどんな人間に取り憑いたのかぐらいは報告しなければなるまい。
何せ大規模な揺れを起こす事ができるのだ。夏国にとっても劉国にとってもこれから先警戒は必須。危険因子の情報を持ち合わせておく事は防衛の基本の一手だ。
ラークとアーナはやむなく坑道内に入ると、通路の奥に人影が見えた。白銀の髪をした人影はライトの光から逃れるべく、走り出す。しかし何分ライトの光は範囲が広いし輝度も高い、道は曲がりくねってはいるが殆ど一本道だから、隠れたところですぐに分かる。それでも相手は走る。だからラーク達も走る。
「あの子足早いんだね。」
岩場を駆けるのもなんて事はないアーナにとっては、大小の石が転がる坑道など容易いが、ラークはというとそうはいかない。脚を取られながらもバランスを保ち走っているため思うように速度が出せない。それに進むたび明らかに酸素が薄くなっていく。イライラする。
「たくよー。あいつ短距離なみに飛ばしてんじゃねーかよ。トラック走じゃねんだぞ。洞窟の慣れすぎだろ、妖精じゃなくて7人で共同生活してる小人のおっさんだろ。」
ラークがぼやくとアーナはクスクス笑い出す。アーナが余裕そうな手前、ラークにも意地があるから止まれない。しかし息苦しいし、うっかりすると転びそうだし、とにかくイライラする。だから叫んだ。
「おい無駄っだって、待てよ妖精さんよ!」
しかし星の民は走り続ける。
「止まれ小せぇおっさん!」
特に挑発するつもりはなかった。見たところ年もラークと近いか年下だろうから、いつものようにトーマらと話すのと同じ感覚で呼びかけたつもりだった。だが、
「俺は妖精でもおっさんでもない!ついてくるな!」
星の民が唐突に足を止めて叫び返してきた。
アーナも足を止めて、ライトで相手を照らす。星の民は眩しそうに手で顔を覆い、一層不機嫌そうに叫ぶ。
「目潰しのつもりか!こんなに煌々と照らして、ずいぶん余裕だな!」
「こんなに暗いんだから照らすの当たり前じゃん。」
やっと止まれたのはいいが、中々息が整わない。ラークは呼吸が浅いのを必死に隠して言った。
「そうだぞ、暗い道でライトつけなきゃ危ねぇだろ。」
「そういう問題じゃないだろ!お前ら軍人だろ!居場所を教えるような真似して何やってるんだ、バカなのか!」
アーナは笑みこそ浮かべているが、こめかみに青筋を浮かぶ。
「バカとか失礼しちゃうよねー。だって私たち襲撃される謂れもないし、誰かを襲撃する理由もないもーん。」
「どういう意味だ。俺の事を追い回しておいて。」
「だって妖精さんが逃げるからでしょ。」
今度は星の民が青筋を浮かべる。
「さっきから俺の事を妖精さん呼ばわりして、何の用だよ。」
するとアーナはラークを見やる。話しても良いが何処まで打ち明けて良いものか。しかしラークは悩む方が不自然とばかりに話し始める。
「だって妖精さん星の民なんだろ。何処の所属かは知らねーけどさ。星の民なら坑道の中にいる星探すのなんて息するぐらい簡単だろ。だから後つけたんだよ、悪いか。」
すると星の民は身構える。
「あんた達も星を狙ってるの。」
「まぁ狙ってるっちゃ狙ってるけど。狙ってないって言えば狙ってないな。」
ラークの曖昧な返事に、星の民は訝しむように睨みを効かせる。
「別に星が何処の誰のところに行こうと、俺達には関係ないわけ。カシュガノの住民の皆さんで持っててもいいし、連邦にお持ち帰り頂いてもいいし。ただここに居る星はかなり力が強いみたいだから、どんな奴が持ってて、どんな能力なのか、ついでに誰のところに落ち着いたのかが分かれば、俺たちは明日からまた美味い肉食って生きてけんの。お分かり?」
「いまいち、状況が分からない……。」
目を瞬かせる星の民を他所に、ラークとアーナはお構いなしに話を進める。
「分かんないなら分かんなくていいよー。」
「そうそう、取り敢えず俺たちは敵じゃありません。星も取りませんて事だけ分かっとけ。」
そして歩きながら星の民の横をすり抜けると、通路の先を照らしつつ振り返る。
「なぁ、星ってこっちに居んの、結構先?」
「あ、あぁ……。この先。しばらく行くと広い空間があって、こそからさらに50メートルぐらい。かな?」
「時間かかりそうだな。さっさと見つけて帰ろうぜ。」
そう言ってラークとアーナは再び坑道を奥へと進み始める。
光に慣れてしまったから、ケミカルライト程度では暗闇で目が効かなくなってしまった。星の民は急いでラークらの後を追った。
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