第10話

ベルクは青年の背に付き従って、坑道を進んでいく。大空洞から分岐した穴の中を、緩やかに下へ下へと歩みを進めると、急な下り坂の前で青年が足を止めた。先行していた3人は既に斜面を降りて、その先にある岩の壁の前でしゃがみ込んでいるようだ。

その様子を、ベルクは目を凝らして眺めていると青年が事情を話し始める。

「ここも以前は空洞だったんだ。採掘した物を集めて置いておけるぐらいの、なんなら数日寝泊まりもできた。」

そして斜面の淵に立ち、足元を踏みつけて見せる。

「丁度このあたりが境で、下に行くにはこの壁面に掘ってあった足場を頼りに降りるかーー。」

今度は手にしていたライトを左手側へと向ける。そこには堆積した土と石の壁があるだけだ。

「あっちにあった通路から迂回するかのどちらかだったんだ。けど、こんな風に塞がってるってことは……」

そして今度はライトを天井へと向ける。ライトの光が岩肌を照らすが、かなり高いようで光の方が滲んでいる。

「この通り、天井が抜け落ちてるってわけ。さっきの大空洞が陥没した時にここの天井も崩れて、奥に進むための通路も塞ったんだ。」

青年は目の前の坂道を滑るように降っていく。ベルクもそれに倣って後に続いた。



以前は更に奥へと続く通路の入り口だった場所ーー先程から男たちがしゃがみ込んでいる所ーーに近づくと、何やら話し声が聞こえてくる。側まで行くと、積み重なった岩の間から、僅かに女の顔が見えた。女は猫でも通れないような隙間から手を差し出して、必死に男の袖口を掴む。

「お願い早く出して。何人も潰されたままなの。」

また別の声が叫ぶ。

「食べ物も潰れた。残った物にも血か土に塗れて食べれない。せめて水を下さい。」

それらに続いて、通路の奥から次々と助けを求める女性たちの鎮痛な叫びが聞こえてきた。


側で話を聞いていた男は、伸ばされた女性の手を握り、じきに仲間が食料と水を持ってくること、そして救助作業も始まる事を伝えて宥めた。

男は女性たちが落ち着き始めたのを察すると、握っていた手を労うように叩いてそっと離す。

「ところで、星は無事か。」

男が聞くと、女は呻くように声を絞り出す。

「い、いき生きてる、とは思う。わ、分からないの。落盤で、落盤があったから、隠し場所に、いけな、行けないの。でも、死んでない。絶対に、死んではいない。」

半ば錯乱状態の女に、男がどういう意味なのかと尋ねた。しかし、女は半狂乱になり早く出してくれと懇願し始める。

「お願い、兎に角早く出して。助けて。」

男は再び女を宥め、穴の周りの石をどかして形ばかりの救助作業を始めた。


しばらくして、地表に出ていた者たちが戻りがてらに道具と食糧を運び入れ、坑道の奥に身を隠していた女性達の救助が始まった。その日のうちに急拵えではあるが大人一人が通れる大きさの穴ができて、その翌日には生存者を全員外に出すことができた。

あとは星を確保するだけだ。


夜も更けて、各々寝床に着きながらベルクはライルに今日に至る経緯を報告した。

「だから明日には坑道の奥に入って、星を確保できるはずだよ。隠し場所の手前も多少の道が塞がっているらしいけど、気配は強くなっているから無事では居るんじゃないかな。」

この5日間、ベルク達は集落の一角にある空き家を借りて寝泊まりしている。

ずっと集落に留まっていたライルには、どうやら集会所の客間では不便があったらしい。ベルクが掘削作業を手伝い始めてから2日後、坑道の入り口で待ち構えていたライルの口から空き家に移った事を知らされた。

石造の壁にガラスをはめ込んだ窓、炊事場を兼ねた土間と室内を分けただけの簡素な小屋だ。幸いにも扉の板が厚いのと、沓摺がしっかりしているおかげで隙間風が入り込む事はなく、見てくれよりも快適なのがありがたい。


ベルクの話に対して、ライルは寝台に仰向けに転がって、「へー。」と唸る。

「5日目にしてやっと手が届くとここまで来たか。」

「俺としたら、5日も経ってた事に驚きなんだけど。」

朝坑道に潜って夕刻に出てくる生活が続いたのだ。普段太陽の見える所で生活しているベルクにとっては体内時計が狂ってしまってもおかしくは無い。そうでなくても、肉体労働とはいえ未知の場所で未知の工程の仕事をこなしていれば、時間が過ぎるのが早いと感じるのも当然だろう。


「さっさと星捕まえて帰ろうぜ。アイ・シンも明後日には着くってさ。」

ライルは連絡用の端末を振って見せる。

どうやら、ライルもこの5日間ただ寝転がっていたわけではなかったらしい。

ベルクはライルの端末の画面を覗き込み、上官からの連絡に目を通した。


「そっか、会合はもう終わったのか……。」

「一昨日な。だから連合の視界の外を回ってくるんだとよ。ま、公国への牽制のが目的だろうがな。」

「公国も動いたのか……。」

やはり5日も外界と隔絶していると、様々な事に疎くなってしまうようだ。

職業柄あまり誉められたものではないので、次回はもっと工夫せねばなるまい。


「まぁ、動いてるのは公国の正規軍じゃなくて、三下程度の雇われ兵士が潜り込んでるって感じみたいだけどな。」

ベルクはそうかと呟き、腕組みをして何やら考え込む。そして、

「明日もまた作業だから、今晩は寝る。」

そう言って毛布を被り、もう一つの寝台に転がると、ベルクはものの数秒で眠りへ落ちた。それを見てライルは部屋の明かりーー床に置かれた蝋燭一本ーーを消し、眠りについた。

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