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第9話

鉱山の付近の里に入って5日、ライル達は完全に足止めを食らっていた。

里に着いてすぐの事。ライルもベルクも身元を明かして、住人達からの信頼得ることに成功した。

あくまでも星を確保するためにやってきただけの二人、州政府軍から住人達を守るには明らかに力不足だ。しかし住人達はたった二人の連邦軍の人間にたいして、まるで目的が果たされたかのように歓喜した。


先ず、ライルとベルクは里の中央にある大きな建物へ案内された。母屋から渡り廊下で繋がった離れが左右対称に建てられ、庭を合わせた敷地全体は、おおよそ里の3分の1に匹敵する。かつては坑夫の詰所か、会合、あるいは卸の場としても使われていたのだろう。柱や床板の傷み具合から見て、最近では建物を有効利用しているとは言えないようだ。


ライル達が通されて部屋は母屋の奥の一部屋、20畳ほどの板張りの室内に10人ほどの男達が車座に成って座っていた。

ライルは大まかに身元を伝えると、気安い態度で話し始めた。

「で、あんたらが見つけたっていう星はどこよ?俺たちは星を確保しに来たんだけど。」

すると男達は顔を見合わせる。

「坑道に隠している。……ただ。」

口籠る男達に向かって、ライルは促すように首を傾げる。

「道が塞がっちまったんでな。石をどかさないと奥には進めないんですわ。」

「はぁ!?」

素っ頓狂な声をあげ、続け様に文句を垂れ込もうとするライル。それをベルクがライルと男達の間にそっと割り入るように前に出て制する。

「星の宿主は無事なんですか?負傷していたり、落石に巻き込まれた可能性は?」

「奥の状態まではわからない。なにせ連絡の手段が無いんだ。」

ただでさえカシュガノはネットワークの圏外に在る土地だ。鉱山に入れば尚のこと、その上落石とあらば連絡手段は無くて当然だろう。

男達が言うには、坑道に隠していた星が力を使うたびに山が揺れ、その影響で坑道内では小規模の落盤が多発し、遂に主要なルートまでが塞がってしまったのだという。

元々鉱山は長年の掘削作業で空洞が多く、山は外表ばかりで殆どハリボテに等しい状態だった。度重なる揺れによって、鉱山の中の薄っぺらな岩盤が剥がれ落ち、絶妙に力を掛け合っていた岩層が互いの均衡を失い落下したのだ。

そういう趣旨の話を男達は代わる代わるに説明し、ベルクは律儀に耳を傾ける。そして、


「一昨日やっと入り口に抜け穴が掘れた。後は星と女等がいる場所まで道が掘れれば、隠し場所まで案内できるでしょう。」


その言葉にベルクは首を傾げる。

「坑道が塞がって、その穴を掘るまでどれくらいかかったんですか?」

するとライルは咳払いしてベルクの踵を蹴った。ベルクが横目で睨むと、ライルは視線を背けてはいるが、表情は無意味な事を聞くなと言いたげだ。

「……大体3日間ぐらいでしょうか。」

「3日……。」


ベルクは室内に鎮座する一同を見回しながら呟いた。

どうも腑に落ちないのだ。里の中にも二、三十人程度の人は居た。中には確かに土に潜っている様子の者も居たが、それは人口の半分にも満たないように思えた。

落盤の規模にもよるだろう、現にベルクは鉱山というものに来たのは今回が初めてだから、坑道の広さなど分からない。だが、十人程度の労力で3日の作業、それで人が通れるほどの穴が掘れるのだろうか。

しかも今は寒気が迫っている。日照時間は限られているし、雪こそ降らないが朝方と夕刻は冷えるから、作業時間はかなり制限されるはずだ。

するとベルクの疑問を汲み取った者が答えた。


「丁度、内側にも五十人ほど人手があったんです。だから内側と外側から掘り進んで、3日で抜け穴が掘れました。今もその50人と外に居た十人が掘削作業をしていますから、早ければ2日後には抜け穴がつながると思います。」


しかしベルクは納得できない。

「中に居たのは女性や子ども等ではなかったのですか?」

確かに高地での生活は、平地での生活に比べれば基礎体力が向上する。連邦軍でもあえて山岳に赴いて鍛える訓練もあるぐらいだ。

仮にカシュガノの女子供は体力的に丈夫だったとしても、掘削作業はかなりの肉体労働だ。いくら丈夫な体であり、日々の労働で鍛えられているからといって、そう易々とこなせる仕事ではないはずだ。そもそも星の監視のために50人以上の人間を坑道の中に置いておくのも疑問である。

ベルクの問いには、先程の男が答えた。

「それは、星の力です。鉱山で見つかった星は、死者を生き返らせる事ができます。だから、丁度死者を生き返らせた時に落盤のが起きてしまい、坑道が塞がれてしまったのです。生き返った死者は皆、下の街で戦っている者たちだったので、土砂を掘削するのにもよく働いてくれました。」

「そうですか……。」

ベルクの返事はまるで呟きのようで、しかも尻すぼみだ。

作業と所要時間についての疑問は解決した。反面、新たに疑問が生まれてしまった。星の能力につてだ。

ベルクは生まれの性質上星に好かれやすい。それを買われて連邦でも特別な立場にある。知識は専門家というには浅いが、一般常識よりは遥かに詳しい。だからこそ腑に落ちない、何故なら『星をもってしても、死した命は取り返せない。』かつてそう教えられたのだ。

ならば死者が蘇る力の正体は何か……。ベルクは考えを巡らせる。室内は静まり返り、最年長の男がベルクとライルへ声を掛けた。


「隠し場所への道が開けたらお呼びしますので、お二人はもうしばらくお待ちになってください。

道中ご不便ばかりでお疲れでしょう。こんな場所では休むことすらままならないでしょうが、どうぞごゆるりと。」

そして座したまま深々と頭を下げる。それに倣って他の男達もベルク達へ体を向けて礼をする。


案内人に促されるまま、広間を出て、その足で建物の上手側の離れに通された。その一室を寝起きの場として使って欲しいとのことだ。寝台は3つ、三人がけのテーブルもある。なので二人で過ごすには広さとしては問題無さそうだ。しかし水道や火を使える場所がない。飲食はその都度人を呼ばなければならならず、ベルクとしては旅行客のようで気が引けてしまう。

今は作戦中で多少の飲食物は携行しているから、しばらくは一々呼び立てる必要は無さそうだが……。


ライルは部屋に入るなり、遠慮なしに寝台の一つに飛び乗って仰向けになる。

「あーぁ、飛んだ誤算だぜ。穴掘りしなくて済んだのは幸いだけどなー。」

そんなライルを尻目に、ベルクは窓辺へ足をすすめる。

建物が斜面の高い位置にあるため、窓からは斜面を流れるように建つ集落の建物と、建物が突然途切れたその奥には、遠方の山の稜線と空が見える。

「明日坑道に入ってみるよ。行けるところまで行ってみる。」

「真面目だねぇ……。ついでに穴掘りも手伝うわけ?」

「別に土で汚れるのは気にならないし。手伝えれば少しは早く終わるんじゃないかな。」


ベルクは手を翳して見せると、手の動きに沿って空中に軽く飛沫が上がる。ベルクには水の星が憑いているのだ。使いこなせさえすれば、空気中の水分も、雨も川の水も、あらゆる水素を自在に操る事ができる。

「ま、気合入れすぎて土砂崩れ起こすなよ。俺は早く鉄骨とガラスに囲まれた生活に戻りたいんだからさ。」

そしてライルは寝返りを打って、ベルクに背を向けて眠りについた。


翌日、ベルクが坑道の入り口に足を運ぶと既に坑夫たちが集まっており、作業の進行について確認している。

坑道内に50人程の人出が有ると聞いていたが、その場に居るのは加わったのは30人程。元々居た14人と先日坑道から脱出した20人程の人々だという。残る30人は更に奥にまだ閉じ込められているという事だ。


実際に作業に加わってわかった事。予想以上の重労働という事だ。坑道を塞ぐ土砂は、大ぶりの石や岩が多く、掘るたびに崩れ中々思うように進まない。 掘った後の岩や土を避けるのすら、その都度休みたいぐらいだ。

狭い土壁の中に人が詰め込まれているせいか、入り口から100メートルは掘り進んだ場所だからか、心なしか息をするのも苦しい。

しかし周りは黙々と作業を続けて時には笑い声すら飛び交っている。

全く役に立っていない事を自覚したから、ベルクはいっそ自分の星の力で土砂を押し流してしまおうと提案したが、賛同してくれる者は僅か。

鉱夫たちは大量の水で流してしまうと新たな落盤を引き起こしてしまう可能性を心配したのだ。

結局ベルクは頼りない一労働者のまま作業は続けられた。

そうこうしながら3日が経ち、漸く身を横にして進める程度の穴が空いた。

ベルクは促されるまま、協力して掘った穴に身を差し込んで、坑道のさらに奥へと潜っていく。開いた穴を横歩きで進むと、地下の大空間に出た。


ベルクはつま先がはみ出しそうな足場の淵に立って空間を見渡す。今立つ場所から、上も下も10メートルはありそうだ。かつては幾つかの層になっていた坑道が釜の底が抜けたように崩れ落ちたのだろう。

周囲はベルクが立つ足場のような岩の縁が無数にあり、唐突に削がれた事を物語るように、どれも割れたような抉れたような、岩独特の直線や曲線を描く断面を晒している。更には見下ろした先には、大ぶりの岩が無造作に転がっている。


後から隙間を抜けてきた者に促され、ベルクは右手側に続く小道を慎重に降りていく。20メートルほど進むと、空間の底ではないが、崩落を逃れた岩盤層があり、既に人々が集まっている。中で作業していたーー星によって生き返ったーー人々だろう。

ベルクらがたどり着くと、一同は見慣れない人物に怪訝そうな顔を向ける。ベルクがどうしたものかと困っていると、後から来た坑夫がベルクが連邦軍の者だと説明してくれた。すると外の人々と同様に一同は歓喜の声をあげる。そしてベルクはやはり決まりが悪そうに苦笑した。


坑道内に居た者たちの話では、更に奥への道は確保されているらしい。

しかしその奥に閉じ込められた女達はもう何日も水を口にできていないのだという。それは彼らももまた同じ。大多数は一旦外にでることになり、ベルクを含めた5人で更に奥を目指すことになった。

外から共に来た坑夫が2人と坑道内に居た男が2人、内1人は歳の頃がベルクと同じか少し上、ライルよりは下と見える青年だ。

青年はベルクと目が合うと、簡単に挨拶をしてから自身の身に起きた事を明かした。

「カシュガノの街に居たはずなんだけど、瞬きの間にここに立っていたんだ。すぐに街に戻ろうと思って、出口に向かったら崩落が起きてここで足止めを食らってた。」

「それは、大変でしたね。」

何とか言うべきか、迷いに迷ってそう呟いた。対して青年は「なんて事ない。」と気安く言うだけだった。

それから青年は大空洞の天井を指さすので、ベルクは彼の指が示す方へと顔をむける。

天井のような岩肌に一点の光。元は別の入り口として、あるいは空気を取り込むために掘られたものだろうか。天井に空いた穴は大空洞内を照らすスポットライトのように光を取り込んでいる。

「前は足場があって、大人一人なら登れたんだ。あの穴も近くで見ると大人が通れるぐらいの大きさがあるよ。山の尾根の方から入れて、背負えるぐらいの荷物だったら通せるから、あっち側で作業する時は結構使ってた。」


そう言いながら、天上を指していた指を下げて、今度は陥没した溝の対岸側を指す。崩れた足場だけでなく、更には奥へ行くための穴らしきものがいくつか見える。

ベルクはフーンと言いながら、改めて周囲を見渡して再び天井の穴を見上げる。

ふと、以前高層階からの降下訓練を受けた時の事を思い出す。体にロープを括ってビルの壁伝いに降りて行ったり、ロープを滑る様に降りてゆくもので、特に難しくはなかったが得意とも思わなかった。

「あの穴から入れたかも……。」

すると青年が笑う。

「あんたらならそうするかもな。確かにロープなら用意できただろうけど、穴の出口はロープや縄梯子をくくれる様な物はないから、流石に難しいんじゃないかな。」

「……そっか。」

確かに山の尾根のは案外不毛の土地だ、草木が生えていても背は低くくて幹は細く、全体重を預かるには心許ない。石も同様で、信頼できるほどの岩は中々無い。

ベルクがぼんやりと天井を見上げていると、少し離れた場所から、先を促す声が聞こえた。

青年がその呼びかけに応えると、続けてベルクに向かって問いかける。

「もしかしたら、また穴掘りを手伝ってもらうかもしれないけどいいかい?」

「大丈夫。多分、貴方達を手伝うのも仕事なんだと思うから。」

「そっか。」

青年は歯を見せて満足気な笑みを浮かべて、ベルクの肩を叩いた。それから踵を返して、今まで眺めていた溝に背を向けて歩き出す。

それに倣ってベルクも進もうとしたときだった。足元が軋んだ感覚と同時に視界の片隅、溝の対岸側に子どもの姿が見えた……気がした。確認すべく視線を戻すが当然のように誰もいない。

再び青年が行った方へ顔を向けると、今度は立ち眩みのような感覚の後、先程とは別の子供の姿を捉えた。今度はやや此方寄りに、崩れ落ちた足場の淵に座って居た……はずだ。

確かにそこに居た。なのに瞬きの間に姿を消した。

ベルクはしばし、子供が居たであろう場所を睨みつける。そのまま体は青年を追って歩みを進める。しかしベルクが監視する間、子供は再び姿を見せる事はなかった。

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