第7話
「おぉ!アンタか。」
室内に入ってきたキリョウを認めて、ルーカーが声を上げた。部屋の中の雰囲気に耐えかねていたせいで、あえて明るい口調だ。
「どちらさん?」
ラークは腕組みはしたまま、椅子に預けていた背を起こして尋ねる。
問いにはキリョウが答えた。
「撰州政府軍中将を務めている。キリョウと言う。秋王からカシュガノの一件を任された。」
そしてラークらに向かって黙礼した。
聞いて直ぐにラークは片眉を上げる。中将といえば、元帥の二回級下、現場においては指揮系統を担う。高官位かつ実践的な立場だ。そんな人間が現れたことを訝しんでのことだが、直ぐに納得して表情を戻した。
既にカシュガノは隣国アディスタンに何らかの根回しをしている。加えて連邦にも援助を求め、連邦もそれをよしとした。つまり、カシュガノの騒動は既に国内の揉め事では無くなっているのだ。中将が出て対応してもおかしくはない。
「今回はこのキリョウさんの指示で動くって訳だ。」
ルーカーは機嫌良く言った。経験からだろう、ルーカーは人を見る目に長けた男だ。どうやらキリョウとは信頼のおける相手らしい。
「で?そっちの人は?さっき案内してもらったけど。」
ラークはやや上体を傾けて、覗き込む様に奥に立つ男を見ながら問いかけた。
すると入り口近くに立っていた男が口を開ける。
「私の麾下です。会うのは初めてですが。カシュガノの人間ですから、この中で誰よりも一連の経緯を把握しています。」
抑揚もなく、静かな口調だ。
「会ったことがないとはどう言う……。」
尋ねたのはトーマ。
「以前からカシュガノは問題が多かった。実際、過去にも撰州から依頼が届いたこともあります。ですから、数年前に私の隊から一人撰州に送ったのです。その者がカシュガノで起用したのが彼です。名はジンウといいます。彼もまた協力者がいるのでしょう、カシュガノ市民だからこそ得られる事を多数教えてくれています。」
「その手の情報は全て内勤連中がまとめているのかと思っていました。」
トーマが感嘆した様子なので、男も機嫌を良くしたのだろう。声音は相変わらずのまま、やや口端を上げた。
「ネットワークの外にも、まだまだ人は住んでいます。泥臭くても足でしか知り得ない事も沢山ある。もちろんその逆も然りですがね。」
唐突に何やら閃いた様子のラークは、机に肘をついて、男の方へ身を乗り出して尋ねる。
「兄さんもしかして、タクエさんだったりする?」
男は訝しみつつも頷いた。
「そうだが……。」
「すげぇ!本物!」
ラークは瞳を輝かせて叫んだ。どう答えたら良いものか、タクエは思わず狼狽する。
「
するとタクエはうっすらと笑みを浮かべて人差し指を口元に当てる。
「私も幼少からハカに居ますからね、礁瓊様達とはそれなりに。礁瓊様が喜びそうな話題を届けると少々いい酒が飲める。要は食事代です。それより礁瓊様を姉さん呼びなんて、さすがじゃないですか。」
「俺ってば礁姉ェの特別だからさー。……そう……とくべつ……、ハハ……。」
ラークは始めこそ得意気だったが、礁瓊との記憶が蘇り、青ざめて、項垂れて、ついには頭を抱えてしまう。
そんなラークの頭を、アーナは励ますようにそっと撫でる。
突然の事態にタクエが戸惑っていると、ルーカーがやんわりとフォローを入れる。
「軽いPTSDみたいなもんでな。毎回こうなるんだ。そっとしておけば元通りになるから気にしないでくれ。」
タクエはいまいち納得しかねているが、とりあえず頷いた。同様にキリョウもジンウも動揺が表情に出ている。窓辺に立つ女だけが、微かに鼻で笑った。
話題に上がった礁瓊とは、劉国の歓楽街で台頭した女だ。かつては店で客の相手をして、評判が上がるとともに自らの店を開いき、その店が盛況になると、歓楽街のほかに飲食や博打、娯楽にと事業広げ、今では礁瓊の店で遊ぶことは劉国民の贅沢の一つとなっている。
花街も賭博の場も騒動はつきもの。だから警備はどの店も必要不可欠であり、備えておいて損はない。しかも護身にも相手を仕留める事にも使える体術の心得があって、刃物や銃火器の扱いに慣れていれば尚よし。私営の海兵隊であるハカは正に適任というわけだ。報酬を支払えば店舗の警備でも身辺警護でも請け負ってくれるし、15か16に成れば一度ぐらいは現場を経験しているから、国営の警官や軍人よりも信頼できる。そのためハカの若い世代にとって、警備は定番の小遣い稼ぎなのだ。そうやってハカの人間は男女問わず自然と夜の街との繋がりができていく。
小遣い稼ぎとはいえ、仕事は仕事。良い働きをすれば報酬は上がり、雇い主の格も上がっていく。ハカの隊員の中では、花街の誰と縁があるかが個人の実力と大凡比例している。
そして礁瓊御用達の情報屋であるタクエは、200人規模の中隊を率いる立場にある。ハカ内部には同等の隊員は40名程度存在するが、その中でタクエが特別なのは、手勢を地方へばら撒く事で独自の情報網を構築している事だ。タクエが麾下達から集めた情報の信憑性は高く、礁瓊の他にも、キンジョーやオーナーからも信頼を得ている。
「話が逸れたな。タクエさんかキリョウさん、カシュガノの事情を説明してくれよ。」
キリョウは咳払いしてから、半歩身を横にずらして、背後のジンウへ促す。
「タクエ師がおっしゃった通り、我々は事が起きてからの事しか知らない。現状に至る経緯をご教示いただきたい。」
そしてジンウは頭をかいた。
「そうですね……。カシュガノでの経緯を話すとなると何処から話せば良いものか。まずは撰州政府側の動向をお話し頂けませんか。それに対して、カシュガノ側の出来事をお話しします。」
キリョウは頷くと、ルーカーを見やった。
「先日お話しした事の重複になってしまいますがーー。」
「あんたから話してくれよ。俺は復習だ。」
するとキリョウはややバツが悪そうに顔を顰める。
「いえ、先日お伝えしていない事がございまして。今思えば、あの場でご意見を頂くべきだったと後悔しているのです。」
ラーク達よりも先に撰州に入ったルーカーは抜粋した隊員6人と共に、キリョウの案内でカシュガノに入った。
街並みは荒れていて、たまに街の方々で爆発音が響いたが、現在衝突が起きて居る様子はなかった。その場で聞いたキリョウの話では、物品の消費により騒動は沈静化しているとの事だったが……。
ルーカーは姿勢を変えることで、キリョウに話すよう促す。
「発端はいつも通りの揉め事だったと聞いている。役所管轄の警備隊員とカシュガノ住民とが言い合いになった。そして警備隊員の一人が怪我を負った事で、当該のカシュガノ住民は捕縛された。事の全容を見ていた市民が激怒し、警備隊員と衝突したが、警備隊員は護身用としては十分な装備を携行しているから、力尽くでカシュガノ住民を抑え込んだ。その行動はカシュガノ住民側としたら理不尽極まりない。怒りは更に飛び火して乱闘が勃発したというわけだ。」
キリョウは一度背後のジンウ見やる。ジンウは物言わず所作で続きを促した。
「この時点で州政府は、カシュガノが星を見つけた事、連邦への援助要請、そして地域分断を図っている事は承知していた。だから尚更事態の沈静化を急いだ。抗争が起きてすぐ、警備隊から政府軍への支援要請が届き、西方区駐屯地の隊が派遣された。それが住民達を煽る結果となり、街の至る所で政府軍を狙った爆破が相次ぐようになった。そうなれば政府軍としても身を護らないわけにはいかない。それも殺される前に仕留める方法を含めてだ。」
そしてキリョウは重苦しく息を吐く。
秋王がカシュガノ分断を認め隣国と折り合いをつけている事は知らされていた。そういった状況であるが故に、住民との殺生沙汰は控えるようにという意向も聞いていたのだ。しかし、採掘を生業にしてきたカシュガノの住人達にとって、爆薬は扱いなれた代物で、まるで竈門に火を起こすように使いこなし、確実に政府軍の首を絞めた。だから政府軍も反撃した。そうしなければ身を守る事ができなかったから。
「爆薬の扱いに優れていても、刃物や銃火器の扱いは我々の方が遥かに優る。やがて劣勢を強いられたカシュガノ住民らは、ついに星の力に手をつけた。お陰で我々は苦戦を強いられている訳だ。それが結果として秋王のご意向通りの時間稼ぎになったているのが皮肉なものだが。」
するとアーナが小首を傾げる。星の力によってカシュガノ側が巻き返したというのは分かる。しかし星の力を持ってすれば一昼夜のうちに政府軍を退ける事も可能なはずだ。
星にも様々な種類があるというから、カシュガノに居る星は、ラークが持つ星のような攻撃的なものではないという事なのだろうか。星によって起こされたというあの揺れはかなりのものだったはずだが……。
「カシュガノに居る星はどんな力を使うの?そのせいで苦戦してるんでしょ?」
キリョウは黙り込むと、頭に浮かんだ像を振り払うように、額に手を当ててため息をついた。
「奴らは、死者を生き返らせる。おかげで同じ人間を何度も殺すはめになった。何度も。」
そしてキリョウは、上着の内ポケットから端末を取り出すと、その画面に数枚の画像を移してみせた。
「決して快いものでは無いが、記録のために撮ったものだ。資料と思って見てほしい。」
そしてキリョウはルーカーに端末を手渡した。ルーカーは一同が見えるよう低い位置で端末を持ち画像を眺める。
ラークやアーナは身を傾けて、トーマと残りの二人も画像を確認するためにテーブルのそばに寄ってきた。
1枚目の画像は眠るように横たわった男が二人並んでいる。まるで双子のように瓜二つの風貌、着ているものまで同じだ。
次の画像には、更にもう1人加わって、同じ顔、同じ服の男が3人並んでいる。
次の画像では、同じ姿の人物達が3組並べられた画像。更に次はもう5組、同じように並んで横たわった人の画像だ。全部で5枚。最初から疑ってなどいなかったが、状況を把握するのには十分だった。
「なるほどな。」
ルーカーは重苦しく呟くと端末をキリョウに返した。
気落ちしているルーカー同様、トーマも苛立ちを覚えながら淡々と問いかけた。
「状況は分かりました。それでこの複雑怪奇の元凶は何処にいるんですか?」
そしてキリョウの奥に立つジンウを見る。
「結論から言うと、星は坑道の奥に居ます。道筋もお伝えしますから、まずはこの非人道的な状況の言い訳ぐらいは聞いてくださいよ。」
ジンウは前に歩み出ると、いたって冷静な口調で語り始める。
「キリョウ様がおっしゃる通り、ことの発端は些細な揉め事でした。ただ、些細なものでも原因てものがある。」
ジンウの話しによると、件の騒動の数ヶ月前から役所がカシュガノ住民への対応を強化したという。
滞納分はもちろん期日前である諸々の税金の回収だったり、貸付金利の割増だったり、強引な取り立てが行われた。勿論抵抗する者もいたから、妨害行為への取り締まりも強化された。便乗するようにくだらないーー夏人を愚弄する言葉を吐いただとかーー事で処罰を受けるようになった。そうなれば苛立ちが募るのは必然。
「丁度その時期に、以前坑道で見つかった星を対価に、連邦政府へカシュガノ独立の支援を取り付けたところでした。あとは連邦が動くのを待つだけ。それまで息を潜めて過ごせばいいと思っていた矢先に、政府からの粛清まがいの取り締まりを受けたら、カシュガノ側としては政府が活動の目を潰しに来たと思っても仕方がないでしょ。」
山岳地帯という土地柄から、カシュガノは連絡手段が乏しい。現にルーカーがカシュガノに赴いた際、私用で使っている端末は回線エラーとなってしまった。つまりカシュガノでネットワークを使うには、特別な回線を使用する必要があるのだ。
役人とそれに近しい間柄であれば、ネットワークに繋げる手段を持っているだろう。しかし、カシュガノにおける庶民が手にできる代物ではない。
もしネットワークを使いたいのならば、麓まで降りるという選択が一つ。もうひとつは、万民に開かれた施設で外界とも連絡を取る必要がある組織、つまり寺院を頼るという方法だ。カシュガノから最も近い寺院は、尾根を3つ超えたツオス圏内にある。
端末を所有している誰かが麓まで降りたか、寺院を頼ったかはさておき、ネットワークに接続できたところで、その情報は確実に政府の知るところとなる。
夏国は夏王と太伯を神格化した政治形態を尊守している。中でも撰州はその形態に厳格であり、狂酔していると言ってもいい。だから外界との接触は他の州に比べて遥かに厳しいのだ。
するとキリョウが再び口を開く。
「権を理由に道理の無い取り締まりを行なった事。深くお詫び致します。税収や貸付の回収については、決して住民への粛清ではありません。先に述べたように、カシュガノの分断は既に決定しておりました。先ずは役所、そして商い人へと下り、両者が赤字を減らすために金の回収を急いだというわけです。」
土地を分断され、住民が移動するならば、貸付も帳消しになる可能性の方が高い。例え回収しきれなくとも無いよりはマシだから、徴収の手を早めたのだろう。税の取立ても似たようなもの、撰秋王がカシュガノ分断を推し進めることからも伺えるが、カシュガノ周辺は撰州の中ではかなりの貧困地域である事に起因する。州都からの資金援助によって、やっと自治制度が機能できている状況だから、役所も資金調達に必死だったのだ。
貧しさに加えて、被差別的な生活からの離脱。
州財政と州内生産率の上昇を著しく阻害する地域の排除。
そこに至る経緯はさておき、カシュガノの分断という大きな利害は一致している。ならば、対立の原因は土地か……。
「お互い、目指すところは同じなわけだ。さっさと停戦して時期を待つのが利口ってもんじゃないのか。それとも連邦はガス田も寄越せとでも言ったのか?」
ルーカーの口調には未だに苛立ちが伺える。するとジンウは肩をすくめて見せた。
「まさか。ガス田なんて持ち出したら今度は公国が南下してきますよ。こちらとしても、抗争を止めたいのは山々なんですがね、生憎カシュガノが求めているのは独立なんです。お世話になる御家が変わっただけでは意味がない。だから連邦の力が必要なんです。」
「その辺も秋王さんは加味したんだろ。星を持ってけって言ってるのは、要するに手切れ金。これで独立支援なり、何なりお好きになさって下さいなって意味なんじゃねーの。」
ラークは未だに血の気の戻らない顔で、テーブルに頬を当てたままぼやいた。
その姿が滑稽だったのか、発した内容が愚かだったのか、ジンウはハッと笑みをこぼした。
「もちろん、秋王の意図は承知していますよ。ただね、一国を創設して養うってのは、大金がいるでしょ。たかだか星一つで叶う話じゃありませんよ。一旦はアディスタンに取り込まれる、大いに結構だ。だがその先は……、強力な支援者が必要でしょ。」
するとトーマが声を上げた。
「まさかとは思いますけど……。連邦はディスタンス以東に踏み込む足掛かりが欲しいんじゃありませんか?」
「御名答。」
ジンウは形ばかりの拍手を送った。
「この場に居る誰にとってもピンと来ない話でしょうが、世界中が『異界』への浸出を目論んでいるそうですよ。膨大な市場としてね。」
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