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第6話

キンジョーからカシュガノ行きを通達されてから三日後、ラーク達は劉国を発った。

海路で夏国南東部の乾州に入り、そこから空路で撰州はツオス市へと向かう。ツオスはカシュガノの東部にあり、山脈を挟んだ隣の街だ。

両都市の間には100キロ程の距離があり、分散して撰州入りしたハカの面々は此処で一旦落ち合う手筈になっている。

ツオスの人口は糸瀬とほぼ同じ。一方面積は糸瀬の3倍、道幅は広く家々の間隔も十分にある。だから人通りも多く、商店は賑わっているのに、どこか閑散としているように錯覚してしまう。

ラーク達が街に入ると、市井を行く同年代と思しき青年が一人。手の縁で自身の喉元を三度叩き、その手を首、顎、口、鼻、眉間へと滑らせてから指先で額を一度叩いた。すれ違い様の出来事。しかしハカの一員ならばそれで十分だ。ラークはもちろん、トーマもアーナも示し合わせる必要もなく来た道を戻り始める。さも用事を思い出したかのように、或いはただ道を間違えたかのように動き、通りを行き交う人々は3人が一人の青年を追っているとは、つゆとも思わないだろう。


男は市を抜けて裏通りへと進んでいく。次第に辺りには、雨樋が3層以上ある楼閣が立ち並び、心なしか鬱蒼とした雰囲気になってきた。その楼閣群を抜けると開けた場所に出る。平家の家々が立ち並ぶ居住区域だ。家々の生垣に沿って進んでいくと、ひときは大きな邸宅の前で男は足を止めた。

生垣は手入れされていないようで、枝葉が乱雑に伸び、場所によっては別の植物の蔦が絡まっている。屋敷の門は構えこそ立派だが、塗装が剥げて門扉の一方は蝶番が壊れたせいで、もう一方の門扉に凭れるように傾いてしまっている。その門扉の隙間に身を滑り込ませて、男は屋敷の敷地内へと入っていった。男を追って、ラークら三人は門を潜る。

敷地内には門から一直線に中庭へと続く小道が伸びていて、屋敷はその中庭を囲うように立っている。屋敷の正面と左右に設けられた石段から屋敷の外廊下へ上がることができる。中庭の中央に来ると、男はラーク達を振り返り会釈した。

「既に皆さま中でお待ちです。どうぞお入りください。私は客人をお連れして参りますので。」

そう言って男は軽く体を捻って、外廊下に並ぶ扉の一つを指し示した。すぐ横の石段を上がって最初の扉だ。

男は一礼して踵を返し、真反対の石段へと歩き出した。男が別の部屋に入っていくのを確認して、ラークらは示された部屋へと向かう。


室内には既にルーカーを含め5人が集まっていた。中央に置かれたテーブルを基点に、椅子なり桟なり、各々落ち着く場所に腰を据えている。決して広くは無いが、大人5人がーーしかも内3人は上背があり幅は2人分はありそうな屈強な男だーーが集ってもスペースに余裕がある。

「よー、遅かったじゃねーか。」

テーブル中央の椅子に座ったルーカーが、手招きしながら言った。同時にルーカーの側に居た屈強な男二人もニヤリと笑ってラーク達を迎える。

トーマは軽く礼して答える。ラークは腕を掲げて、傷一つないデジタル時計を振って見せた。

「時間どうおり、むしろ15分前ですけどー。」

「お前達が最後って意味だよ。」

勧められるままルーカーの隣の席に着くと、ラークはいつもの調子でルーカーらに向かって戯けてみせる。

「皆さんが早いんじゃねーの?真面目も過ぎるとサボりだぜ。」

ラークとルーカーらはケラケラと笑い、その声が室内に響く。トーマも顔を綻ばせ、アーナもクスクスと声を潜めて笑った。

ラーク達にとっては毎度のことだが、冗談をよしとしない者も居る。窓の桟に腰を預けていた女と入り口近くに立つ男、二人は苛立ちを含んだ眼光でラークらを睨みつけた。

その気迫にラークは思わず吹き出す。

「んだよ、アイスブレイクだって。緊張しすぎは良くねーってウチのお偉いさん達もよく言ってんだろ?」

ラークが半笑いでいうものだから、女の方が怒りに負けた。

「ラーク!貴様、いい気に成るなよ。お前がキンジョー直下の部隊にいるのも、オーナーから優遇されているのも、全部星があるからだろ。場数も少なければ、さしたる実力も無いくせに、叩き上げでここまで来た私達に冗談が言える立場だと思うな!」

ラークを愚弄されれば、アーナが黙っていない。案の定、アーナは跳躍前の獣の様に椅子の端に足をかけ、身を窄めた。次に女が失言すれば、すぐにでも飛び掛かるだろう。

流石に不味いと、慌てたルーカーが女に詫びようとした時だ。ラークは体を揺すり、フツフツと込み上げる笑いを抑えながら、顔には不敵な笑みを浮かべて悠々と告げる。

「星の力があるなら優遇されて当たり前だろ。何なら譲ってやろうか?キンジョーにもオーナーにも可愛がってもらえるぜぇ。」

そして女の方へ握手を求める様に手を伸ばす。するとその腕からじわりと、煙の様に霞んだ黒と紫の光が湧き出し、ラークの腕にまとわりつく様に蠢き始める。しばらくすると、子供の腕ぐらいの太さがある昆虫の脚が3本現れ、ラークの腕を撫で回す様に動きだした。内一本がラークの腕に沿って滑り、手の甲を撫でてからその先の女に向かって伸びる。誘うように、捕まえようともがいているように、蠢く。それに倣って残りの2本も伸びて来て、3本の足が女を求めて動く。


かつて星の全容を目の当たりにしたことのあるトーマ、ルーカーはもちろん、この場に居る者なら十分察しがつくだろう。ラークの中に居るモノがどれだけ瘴悪であるかを。

女はすくむ足を動かして、半歩後ろに退いた。そして絞り出す様に一言。

「悪かったな。」

「分かればよろし。」

ラークの手から光の煙が消えると、禍々しい虫の脚も消え失せた。ラークは引っ込めた手を摩り、状態を確認するように眺めながら、淡々と告げる。

「ついでに言っとくけどさ。確かに俺は優遇されてるよ、裏方が殆どで現場は少ない。あんたらより危険も少しは薄い。でも俺はハカにとって、アンタらが思ってる以上に使い勝手がいい駒な訳。いざとなったら、キンジョーもオーナーも、何なら劉国も、いずれは俺を頼って、俺に救われる日が来るかもしんねーの。そういう立ち位置なのよ、俺はさぁ。」

そして先程よりは穏やかに、しかし不敵な笑みを浮かべてみせる。その含みのある表現はどこか妖艶に見えて、こんなやり取りの場でなければ、思わず引き寄せられてしまっただろう。だが今は、その怪し気な姿が尚更恐怖を誘う。女は更に半歩下がり、いよいよ目を逸らした。

ラークは勝ち誇った様に鼻で笑うと、満足そうに椅子の背にもたれ掛かった。


そんなラークを横目に見ながら、トーマは思う。劉国さえもいずれラークを頼るとは……。星の力とはそれほどのものか。確かにラークの抱える星は十二宮という特別なものらしい。しかし、公国や連邦だって同類の星を有している筈だ、それも複数。ラーク一人でどうこうできるとは到底思えない。ならば、ラーク自身に何かあるのだろうか。

かつてスコーチアで星を得て、後に流民と化していた所をアーナに救われたのだと言っていたが……。


以降誰も口を開かず、部屋の中はしばし重苦しい雰囲気に包まれた。いつもラークにまとわりついているアーナでさえ、大人しくしている。

すると、部屋の入り口の扉が叩かれた。しかし室内はこのざまだ、誰も返事をする気配がないのでトーマがそっと歩み寄って扉を開ける。

扉の前には先程とは別の男が立っていた。トーマよりも上背があり、体はしっかりと鍛えられている。巷の女たちなら、『頼り甲斐がある』とでも表現しそうな男だ。

男の背後には先程トーマ達を案内した男が控えているのが見えた。


トーマと対峙している、頼り甲斐のありそうな男は淡々とした口調で告げる。

「撰州政府軍のキリョウと申す。カシュガノについて、現状をお伝えしたい。」

声量は静かでも、余韻が残る様な声音だ。トーマは承知したと答えて、キリョウを室内には招き入れる。

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