第5話

キンジョーに呼び出された、ラーク、アーナ、トーマの3人。空母艦内のブリーフィングルームに入ると、入り口の壁沿いに横一列に並ぶ。

ブリーフィングルームの中央に置かれたテーブルにはタッチ操作が可能なモニターが仕込まれており、室内は密閉状態にも関わらず天井のライトとモニターの灯りによって、一面白く見えるほどに明るい。

三人を呼び付けたキンジョーは、既にテーブルの奥に置かれた席にいた。クッションの利いた皮張りの椅子に背中を預け、肘掛けについた腕で頬杖をつきながら、一同を睨めつけるように眺める。

「話はアーナなりルーカー辺りから聞いてると思うが、お前たち三人には夏国北西領撰州のカシュガノへ行ってもらう。」

ラークは両手を頭の後ろで組んでボヤいた。

「行って何すんの?星が絡んでるって話じゃん。」

キンジョーはラークの態度は意に介さず淡々と続ける。

「お前達の役目は2つだ。まずは星を見つけ出す事。そして撰秋王センシュウオウの計画が夏王カオウの承諾を得るまでの時間稼ぎだ。」

「夏王へ奏上してまで何をする気なんです?内容によってはかなり長期になるのでは?」

トーマは海兵隊員らしく姿勢を正しつつも、いつもと変わらぬ気安い口調で問う。

「奇遇だなトーマ。俺も同じ事を聞いたよ、なんせ拘束期間は金が絡むことだからな。目的だけ言えば、撰秋王様は土地を一部切り捨てるつもりらしい。」

キンジョーは相変わらずの姿勢のまま、椅子を捻り、テーブルの天板と化したモニターの一端を指で叩く。するとモニターに夏国の俯瞰図が映し出される。華州を中心に据え、八州がソレを取り囲む。地図に浮かぶ大輪の花だ。

キンジョーが再び指先でモニターを弾くとモニターは北西部の撰州にズームした。そしてもう一度指で叩くと、画面はさら北西部の山岳地域を映し出す。

「カシュガノ、お前達の派遣先だ。かつては希少鉱石で湧いたが、今では見る影もない。まぁまだ多少の実入りはあるようだがな。もっぱら暴動やら抗争が主な仕事みたいな土地だ。」

アーナは希少鉱石と聞いて目を輝かせたが、その興奮も瞬く間に消え去り、ラークと同様に気楽な姿勢で尋ねた。

「時間稼ぎって言ってもさ、連邦もちょっかい出してきてるんでしょ?」

キンジョーは、重々しく一度深く息を吐いた。

「連邦はまだ本腰じゃぁない。現に連邦の軍部の頭は今首長連合と会合中だ。」

「ははーん。僕たち貴方の土地には興味ありませんよー。つー演出ってわけね。」

今度は物知り顔になったラークに対し、キンジョーの態度には何一つ変化は起きない。

「演出ばかりとは言えないが、それはまた別の話だ。要は連邦が公にはまだカシュガノに手出ししていない今が丁度いい。秋王閣下の報告では、アディスタン系住民が圧倒的優勢状態なんだそうだ。どうやら奴らは住んでる土地ごとアディスタンに組み入ろうとしているらしい。」


アディスタンは大陸中部の平地を国土とする国だ。石と砂の砂漠が国土の6割、3割は夏と公国の国境の山岳地帯が占める。往来するのも容易ではない土地柄からか、外界との接触が極めて少ない。そのため国際協定の監視を逃れ、軍事をはじめ薬品など、独自に開発が進められている事は、公然の事実となっている。


トーマは呆れたような、納得したような様子でぼやく。

「なるほど。カシュガノの住民は自治権を得られれば、アディスタンに組み入る事ができるよう既に根回しを施しているという事ですね。アディスタンとしても、隣国との壁が厚くなるのは好都合でしょうし、上手く行けば天然ガス田が手に入るかもしれませんから、要望に応えて損はないでしょう。しかし撰州側にとってはそれが良くない。反面、問題の多い地域が独立してくれるのは大いに結構な事だ。だから別の土地を確保し、尚且つ手切金に星をつけてやれば、独立後に撰州ないし夏国が面倒を見なくても連邦なり公国なり、経済支援を勝って出てくれるだろう、という算段でしょうか。」


察しの良さはトーマの才能だ。キンジョーは正解を得たトーマに惨事を送る。

ミッションの全体図が見えた事で納得した様子のラーク。その横でアーナも手の平を叩く。

「それなら、星を奪取じゃなくて確保しろっていう指示も納得だねー。」


互いの思惑や経緯はどうあれ、長年カシュガノの住民と撰州政府が思い描いた状況へと漸く御膳立てがなされたのだ。もしもカシュガノが在住の土地に固執しないというのなら、抗争自体が無意味。ただ時が来るのを待てば、両者は最小限の損失で望みが叶うのだ。

だが過去が今に繋がって、カシュガノの住民には撰州政府の言葉は通じない。だから独立許可という結果を伴わなければ交渉すら始められないのだ。撰州政府は交渉を優位にするため、カシュガノへの武力行使を最小限に抑えておきたいし、自分達の犠牲も避けたい。だから盾になる傭兵が必要というわけだ。

しかも連邦にとっては、アディスタンにも夏国にも潜入するまたとない機会。加えて星が手に入るとなれば尚の事だ。国交の糸口を掴もうと、抗争に参入するのは容易に想像がつく。撰州ないし夏国の軍事力が如何程のものかは定かではないが、眠り続ける国が場慣れした連邦軍に対峙するなら、実践経験のある人材を用意したいというのもハカを頼る理由だろう。

「撰秋王側の話しでは、カシュガノを囲む山の西側、要はカシュガノの鉱山から鞍部を挟んだ次の山頂より西の地域一帯の治権を放棄するそうだ。」

撰集が放棄する土地は、かねてよりアディスタンとも夏国の国土ともされてきた。

西側で山脈が終結した辺りには、もちろんアディスタンの住民が住まう街がある。という事は、アディスタン側も山岳部に踏み込んで暮らす人々が居るというとだ。しかし流石にカシュガノ近辺は、アディスタン側からは遠く、わざわざ分入って居住まうような人々は居なかった。そのため山脈の何処の山の頂上を起点に彼方と此方を隔てているのか、両国の間で明確な取り決めがされてこなかったのだ。

しかし歳月が過ぎ、ここ20年程の間に、カシュガノの鉱山を放棄してきた者を筆頭に、西側の山を切り開いて集落が点在するようになっていった。山の斜面を改良して水田や農耕地を作りはじめ、今では物資に乏しいもののそれなりの生活が成されている。

「確かに、ここなら公国が南下してきても、夏国はパイプラインを保守できそうだね。」

アーナはパネルに示された地図を覗き込む。画面は先程よりは俯瞰して、カシュガノとアディスタンの国境付近の全体像を映し、件の土地に赤く色をつけて示している。

アーナの言う公国の南下とは、公国の領土が大陸の北方を占めている事に起因する。公国は国土の7割が冷帯・寒冷地帯にあるため、夏が短く冬が長い。食糧自給率は何とか維持しているが、物によっては他国や属国の助けも必要だ。だから公国は常に雪と氷のない農地と港を求めて、南方に領土を拡大し続けているのだ。

広大な公国領には、必然的に多彩な民族が存在する。アディスタンの少数派、ナーディア人も公国では比較的多数派だ。だからこそ今回のカシュガノでの暴動は、アディスタン系住民と夏国系に混じった同胞の支援だと唄えば、公国にとっては御題目は立つ。しかし、問題は公国内においてナーディア人の地位が、軍を動かすに値するのか。それが公国の介入を足止めしている。しかし、


「これだけ各国が動いてるんだ、公国が把握していないはずがない。南下だ国交だのと政治の話しはさておき、星だけに絞ればこの間ラークが潰した施設しかり、18年前のスコーチアの例もある。水面下では既に星を回収する手筈を整えていてもおかしくはない。ややこしい事になる前に、暴動を鎮圧して最小限の被害でカシュガノを厄介払いしたいというのが撰州政府のご要望だ。」


公にされている数だけで言えば、公国は世界で2番目に多くの星を所持している。同時に、星をいかにして有用できるかについても研究が盛だ。

先日ラークが破壊した施設も、人身をもって星の扱いを研究する施設だった。そして18年前のスコーチアも同様、施設で星への適合者を選抜が行われ、そこでラークは星に憑かれた。


「お前らは撰州の政府軍に紛れて、真面目に相手してるフリして、のらりくらり時間を稼ぐ。ついでに連邦と公国の介入を防ぎ、住民の中に潜り込んで星の所在を明らかにする。大体こんな感じだが、まぁ詳細は現場で確認しろ。」

キンジョーから直々に任務を通達されたのだ。一般的なハカの人員ならば「はい。」と答えて、出立のスケジュールを確認するものだ。

ところが、この三人は違う。

「えー。なんか思ってた以上に汗臭そうなんだけど。」

ラーク深々とため息を吐く。

「安心しろ、表だってタイマン切ってもらうのはルーカー達に任せてある。お前たちは星の捜索という訳だ。」

キンジョーは淡々と突き返す。それでもラークはごねる。

「それもそれで楽じゃなさそうだけどぉ。」

さすがにキンジョーも呆れたようで、溜息をこぼす。

「分担するとはいえ、やる事は多いからな、報酬はそこそこ期待しておけ。元締めがあるとは言え相手は『王』様だ。ご自身の意向だけでなく、金回りを指揮している管理の決議印も確約頂いたからな。」

トーマは口端を上げる。

「さすが、交易仕込みの商談は抜け目がありませんね。」

ラークとアーナは先程までが嘘のよう、「お仕事頑張るぞー」とに浮かれ気分だ。

貰えるものがもらえるならば、真面目に取り組む、それがキンジョー直下のこの3人の共通点だ。

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