第4話
劉国の南部、
キンジョー率いるハカは、総勢7500名からなる旅団。有事の際は劉国海軍師団に組み込まれることになっているが、実際にその体制が機能した事はまだない。
ねっから傭兵として、世界各国の内紛や抗争へ武力参入を請け負っている。そのため平穏な劉国において、国軍よりも実践経験はハカの方が遥かに多い。
しかもハカの海上での勢力は、海上最強と称される西方屈指の交易都市サンディアナの領主アルシャーム家所有の海軍に次ぐとも言われている。実績から推算すれば、隊員各個人の実力はアルシャーム軍と互角かそれ以上だ。
空母艦内のトレーニングルーム、海兵隊員のトーマがサブトミナルに寝そべるラークの腹に容赦なくトレーニングボールを落下させている。
「46、47、48、49、50。次腕立て50な。」
「えー。ムリィ……。もう無理休憩ぇー。」
呻き声を上げていたラークは、息を荒げたまま左右に体を振って駄々をこねる。
「何言ってんだ、普通ならあと15セットはやるんだぞ。」
「正気か……。」
ラークはあからさまに顔を曇らせる。
「お前見た目だけじゃなくて、根性までナヨ付いてるよな。」
「ナヨついてねぇよ。お前らとは美的センスが違うだけだっつーの。」
鍛えてはいるものの細身のラークに対して、トーマは屈強とまではいかないながら、ラークよりも筋肉質な体をしている。
「まぁ、鍛えなくてもお前はなんとか成るしな。」
片付けを始めながら、トーマは皮肉を込めて呟いた。
「意外と大変なんだぜ、ババァの好みと自分のカッコいい両立すんの。」
「だろうな。俺には無理だ。」
「安心しろ、ババァもお前は好みじゃねぇよ。」
そして二人はくつくつと笑い合う。
ババァとはラークが持つ、”星”と呼ばれる異形の力のことだ。
トーマがそれを見たのは3年ほど前の事。ラークの窮地に現れたソレは刃物のような美しさを持ち、瘴気に塗れた禍々しい存在だった。
星はこの世界に散らばった古代の遺産だ。
はるか昔、世界の形を変えるほどの大戦争が起きた。何十年も続いた争いを治めるべく、天に祈り授かった力が星だ。そして星を授かった人類が、アンシャールの一族である。
「せっかく糸瀬に戻ったんだ、外に食いにいかないか。」
サブトミナルの掃除まで済ませたトーマが言った。
手伝う素振りを一切見せずに、床に寝そべっていたラークは途端に跳ね起きて晴々と答える。
「いいねぇ。肉蕎麦行こうぜ。」
「じゃぁ、港から直ぐのとこな。アーナはどうする?」
「アーナは今定期検診。終わったら来るんじゃん?」
トーマはそうかと頷き、ラークが連絡用の端末からアーナにテキストを送るのを確認してから、二人は連れ立って港へと向かった。
アーナとラークは所謂バディ。今までに二人で数々の難局を乗り越えてきた。星の力を抜いても、ラークはハカ屈指の精鋭だが、ラークの優れた機動性はアーナのサポートによって淀みなく発揮される。二人の間には深い信頼があるのだ。
ラークとトーマは簡素な、しかし丈夫に作られた糸瀬の港を歩いて行く。
劉は嵐が多く、南部の地域となればその影響は甚大なものになる。嵐はいつも海で生まれ、陸地を目指して移動していく。発生してまもない、海洋の力に満ちた嵐は歯止めを知らず、人の街を容易に打ち壊す。例え手の凝った頑丈な桟橋や波止場を作ったとしても、嵐が来ればすぐに劣化してしまうし、運が悪ければ跡形もなく崩壊されてしまう。
だから劉の建物は、強固であるが簡素で修復しやすく、また再建しやすく作られている。
素朴であるが貧しくはない、穏やかで豊かな暮らしぶりは、時間さえも牛歩の如く、緩やかに進んでいくようだ。
港に直結した
「よぅラーク、トーマ、一勝負どうだ?」
トーマは声を掛けてきた男に対して先ず一礼する。が、すぐに砕けた口調で話し始めた。
「 ルーカーさん、随分ご機嫌じゃないですか。」
「あぁ、仕事帰りのせいか調子が良くてな。お陰で今日はまだ一銭も飲み代が飛んでねぇ。」
ラークは頭の後ろで手を組んだまま男達に近寄って、ルーカーの対面に腰掛ける。
「んじゃ、一万ベットォ。」
右腕の肘をテーブルについて、手を目の前の屈強な海兵隊員へ差し出した。 ルーカーはラークの手を掴み戦闘準備を始める。
「ハンデだ。お星様使ってもいいぜ。」
「ふん、俺も男だ。んなもん使わなくても勝ってやるぜ。」
ルーカーの取り巻きがゴングを切った直後、ラークは手首を摩ってうずくまっていた。
そんなラークをトーマは冷ややかに見下ろす。
「何で勝てると思ったんだよ。」
「うるせぇ……。」
すると市を行き交う人々の隙間を弾むようにすり抜けて、一同の前にふわりと人影が現れた。
人影はラークの前にしゃがみ込むと俯くラークの頭を両手で掴んでその額に自らの額をぐりぐりと押し付ける。
「ラーク、探したぁー。」
近すぎるがゆえに顔の確認はできないが、その声と仕草を間違えるはずが無い。
「アーナ、検診は終わったのか?」
「うん。何処も異常は無かったよ。ちょっとメンテはしたけどねー。」
終始アーナは額を擦り寄せているが、ラークはされるがままだ。
トーマもルーカー達も見慣れたもので、見て見ぬふりでも呆れるでもなく至極当然の事のように眺めている。
アーナはようやくラークが腕を摩っていることに気がつくと、にっこり笑って ルーカーの前に腰掛けた。
「よーし、次は私が挑戦するよぉ!」
途端に男達が一斉に身を引く。
生憎卓に着いていたルーカーにはそれが叶わず、真正面のアーナに向けて両手をかざしながら必死に訴える。
「おいおい冗談だろ。アーナ、勘弁してくれ。明日から仕事なんだ。怪我は困る。」
アーナとまともに腕相撲をすれば、下手をしたら骨を折られてしまう。だこら仕事を控えた男達は皆必死だ。
しかしアーナは不満げに頬を膨らませ、今にも駄々をこねそうだ。みかねたラークはアーナの背後から両脇に腕を差し込んで、大きな猫を持ち上げるように席から引っ張り上げた。
するとアーナは途端に機嫌を治し、身をくるりと回してラークに頭を擦り付ける。
「そういえばラーク、お前も
ルーカーは思い出したように尋ねた。
「センシュー?何処だ?」
「夏国九州の西北部の州だ。この前地震があっただろう。その震源が撰州だったって話だぜ。」
ルーカーの言う地震が起きたのは半月ほど前のこと、ラークはミクロナリアで任務を終えた直後のことだった。
ハカが糸瀬に入港したのが2日前。それ以前は夏国から南西部に位置する小国、シンディア沖に停泊していた。
ラークが赴いたミクロナリアへも、ルーカーが派遣されたアディスタンからも程よく、夏国南東の
シンディア沖を更に西へ進めば首長連合の統治下に入る。
首長連合は古来より砂漠を住処とし、太陽を祀ってきたクランの長が開いた会議を起源とする共同体だ。原初6クランと追随した大小合わせて24のクランによって構成されている。
原初6クランは各々が広大な国土を有し、世襲制によって統治してきた。そのクランの一つが、海上最強を誇るアルシャームだ。
ラーク達は仕事を終えてた後、ミクロナリアの市街地から5日をかけて、鉄道をはじめ陸路でシンディアの港まで戻った。其処からは迎えに出ていたハカの小隊によって停泊していた拠点に帰還したのだ。
ルーカーはその2日後、夏国は坎州沖で合流し、更に2日後に糸瀬に入港した。
地震の発生からそれだけ時間が経てば、ある程度の情報が出回っていて当然なのだが……。
「へー。でなに、災害支援とか?珍しー。」
ルーカーは呆れたとばかりに首を振る。
「お前なぁ、俺たちよりも頭使う立場だろ。分かれよそのぐらい。」
ラークははてと首を傾げる。
「俺たちはその時アディスタンに居たんだ。お前らはミクロナリアに居んだろ。」
アディスタンは撰州の西側にあり、両国の間には山岳と平原、ほぼ無人の自然が広がっている。一方ミクロナリアは、撰州の北西部と山脈の壁で接している。両国との国境にあるのが、撰州北西部の街カシュガノだ。
「あぁ、そうだよ。揺れっつーか、上から押されるって感じだったけど。」
「しかもたった一回、余震はなかったろ。規模が少々広すぎる気もするが、お前の同胞様の仕業で間違いないらしいぜラーク。」
ラークはしばし腕組みをして唸る。
「アディスタンの新兵器とかの可能性は?アディスタンが国境の山岳部で実験したのかもしんねーじゃん。」
するとトーマが会話に加わる。
「もしアディスタンの新兵器だったら、撰州どころか夏国自体が動くはずだ。しかし当の夏国の
するとラークにすり寄っていたアーナがムクリと顔を上げる。
「しかも暴動の中心はカシュガノでしょ?ナーディアとアディスタン系、夏国系の三部族衝突に加えてパイプラインの問題もあって、すっごくややこしから、キンジョーもずっと断ってた所。」
どうやら定期検診の際に仕入れてくるのだろう。いつもラークから離れないはずなのに、アーナの方が耳が早い事は珍しくない。
「今回は撰秋王閣下の依頼だから受けたんだってさ。州知事だけど、王様ってつくからには持ってるものが違うらしいよ。」
アーナは右手の親指に中指と人差し指を擦り合わせて見せる。
「へー」とラークが感嘆の声を漏らす。すると今度はルーカーが推測した説を唱える。
「そもそも三部族対立なんて、敵だか味方だかややこしいくて派遣されたところで面倒なだけだ。今まで撰州政府ですらのらりくらりだった問題に他国が関与する理由は国益があるからとしか考えられないだろ。わざわざ連邦がアディスタンを飛び越えて加勢するってことはそれだけの価値があるって事だ。」
連邦はアディスタンの西から、首長連合と内海を挟んだ対岸一帯の大小50余りの国々を傘下に納めている。かつては中小国が乱立する地域であったが、南の首長連合、北の公国、二つの大国へ対処すべく発生した集合体だ。小さな国の中でも強い国、つまり星を有する国が武力で劣る国々を庇護することで次々と傘下に加えしながら肥大していった。
国の強さとは軍事力、自給力、そして星を有するか否かで測られる。古代の遺産である星の力は、それぞれに個性があり、あるものが攻撃的であれば、またあるものは田畑に恵をもたらす。だからこそ、星を有する事は国力の指標を大きく吊り上げ、種類と数は多い方がいい。
公国は長年にわたり、南下政策と並行して星の回収に勤めてきた。だから公国以南の小国家が星を有するという事は、公国の侵略を受けることにつながる。
大国にしてみれば、領内の小さな街程度しかない国家など潰すのは容易い。更には20年ほど前、首長連合圏への公国の侵攻は、小国家の住人達に公国の脅威を印象付けた。身を守るべく小国は連邦への編入を望み、連邦もそれを拒まず、現在では面積でさ公国と互角の規模に至っている。
トーマは半ば呆れたようにぼやく。
「連邦の奴ら近年公国の動きを大分気にかけてますからね。星は一つでも多く確保したいんでしょう。」
「厄介ごとに首突っ込んで、欲しいもの取ったらさよならってか?やっぱ、頼まれても好きになれねータイプだわ。」
するとルーカーが含みのある笑みを浮かべた。
「ここが面白いところだ。どうやら今回は他所から宝を盗みに入るだけじゃないらしいぜ。」
どういう意味だとラークが問いかけても、ルーカーは詳しいことはキンジョーに聞けの一点張りだ。その顔は更に笑みが深くなっている。ラークはアーナに顔を向けて視線で問いかけるがアーナは首を傾げるだけだ。続いて念のためトーマにも同様に尋ねるが、トーマは肩をすくめて首を振った。
その時ラークの端末に連絡が入る。
「はあいー」
端末の向こうからは淡々とした男の声が聞こえる。
「ラークか、何処にいる。撰秋王様からの依頼だ。アーナとトーマを連れて、ブリーフィングルームに来い。」
「分かった。肉蕎麦食ってからでいいか?」
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