第3話
一般的にカシュガノと言えば、夏国は撰州の北西部から西の一帯に広がる山脈の高原地帯に栄えた街を指す。
かつては鉱山の恵みによって州都に並び立つ賑わいをみせた。そのため街を通る道はどこもきちんと石畳が敷かれているし、建物はどれも瓦を拭いた荘厳な屋敷ばかりだ。麓からの鉄道や車道も轢かれたため、往来が容易く、三千メートル級の山々に囲まれているものの今でも人通りは多い。
しかし、大通りには深い轍が刻まれ、かつては極彩色に彩られた楼閣の塗装は乾いて殆ど剥がれているし、広場の噴水は水こそ流れ出ているが、頂きに飾られた彫刻は風化してヒビが入り細部が削れてしまっている。
そんな街を出て、山道に沿って半日ほど山を登って行くと、山頂にほど近い圏谷に石造りの古屋が立ち並んでいる。規模は下の街の路地一角程度しかない。ここは坑夫たちが山に潜る間に寝泊まりするための場所で、いわばカシュガノ発足の地だ。
かつては鉱石を求めてやってきた人で溢れかえっていて、今よりも住居はたくさんあった。やがて坑夫の家族たちのため、或いは坑夫が休養のために下の高原地帯に居を構え始め、それが街へと発展していったのだ。一方採掘量の減少とともに圏谷からは人は減り、手付かずの住居は劣化して崩れ、その残骸が浮石のように辺りに散らばっている。
それを見下ろす二人の男の姿がある。どちらも外見は二十代程度。一方は絹糸のような銀の髪に青い瞳、加えて陶器のような白い肌、弾けばくだけ散りそうなほどに儚げな印象を受ける。そしてもう一方は金とも茶ともつかない艶のある銅の髪、瞳は新緑のような緑だ。
二人は圏谷を囲む山の尾根の枝から、適当な茂みの影に身を隠し、眼下の集落を見下ろしている。
「どうだ?大体でも場所がわかるか?」
「……。方角は分かる。西側の山……だと思う。」
銀髪の方が右手側の山を指さした。
「しっかしりしてくれよ、ベルク。連邦の本体が着く前に、星の所在は改めておかねぇと。わざわざ先導隊の中に紛れてハイキングしてきた意味がなくなるなるだろ。」
ベルクと呼ばれた銀髪は、不機嫌そうに顔を歪ませた。
「中々現場に出ないライルは知らないだろうけど、最初はこんなもんなんだ。近づくとはっきりする。今はそれだけ遠いって事だ。」
ライルと呼ばれた銅の髪は、はいはいそうですか、と集落の方を眺めながら呟いた。
ベルクは一層不機嫌そうな顔をする。
「いっつもアイ•シンについて回ってるのに、今回は一体どうしたのさ。」
少し棘のあることを言ってやると、ライルは表情をなくして呟いた。
「今回は俺がいると拗れるんだよ。アルシャームが再宣告したばかりだからな……。」
いつになく、ライルが急にしおらしくなったので、ベルクもなんだかバツが悪い。
''アイ•シン"とは彼らの上官に当たる、連邦軍の幹部だ。そして今、アイ•シンは連邦議会の大臣達と共に首長連合との会合に赴いている。
会合の発端は首長連合内でも特権的地位に着くクランの一つ、アルシャーム家が発した再宣告だ。
どつやら20年前のある一件に関わっているらしく、最初に発せられたのが約10年前のことだという。
時が経ちアルシャーム家の党首が代わりしたことも相まって、人々から忘れ去られつつあった。それを、アルシャーム家は寝た子を起こすように持ち出したのだ。つまり20年前の事を決して風化させまいという意思表示であり、当事者達を未だ許さずという連合の姿勢を示しているのだろう。と連邦は推測した。
アルシャームの宣言と、目の前の自己中心的で時に横暴な男が関わりがあるとするなら、血筋や生まれだろうか……。ベルクは世の中の事に極めて疎い。しかも20年も前のことなど、生まれていたかも危うい。
聞くところによると、首長連合と公国の抗争があり、首長連合は大きな損失を被ったという。連合に加盟していたクランの一部が公国に通じた事が首長連合大敗の原因とされているようだ。
という事は、ライルはその裏切り者の縁者か。しかし首長連合は砂漠の民。その地域の人々は黒髪が多く、色素の薄い髪は内海の海洋民族を起源とする人々に顕著な特徴ではなかったか……。
首長連合には30ほどのクランが加盟し、勢力圏は夏国の隣国、アディスタンの西から内海を有する中南部一帯を占める。ならば内海起源のクランも連合内には居るのかも知れない。
そんな事を考えている間、ベルクは終始ライルを眺めていたようだ。
それも虚にぼんやりと。
ライルはバツが悪そうにベルクへ訴える。
「なんだよベルク、言いたいことがあるならハッキリ言えって言ってるだろ。」
「……。いや、言いたい事は別に無い。考えてただけだ。」
「そうかよ。」
ライルが吐き捨てるように言うと、山肌の緩やかな傾斜を圏谷に向かって下り始めた。
ライルとベルク、二人は連邦政府軍に属し、連邦軍有数の精鋭と名高いアイ・シン率いる部隊に身を置いている。
何故たった二人で、廃鉱に等しい山を訪れたかというと、半年ほど前カシュガノ近郊の寺院を介して、連邦に知らせが入った事が発端だった。
辺境地域において、宗教施設は都市部との連絡口としての役目も担っている。カシュガノの街には無いネットワークシステムも寺院にならある。政府や同派の寺院との情報供給のためのものであるが、求めに応じて市民に開放するのだ。
寺院を介して届いた知らせには、「星を手に入れた。」「十二宮かもしれない。」「独立し、連邦に加盟したい。協力をくれ。」と、拙い言語で綴られていた。しかし独立支援も連邦加盟も、慈善事業では無い。まして他国とは疎遠の大国、
カシュガノが辺境の地とはいえ、無闇に手を出して眠った獅子を起こす事になれば、形はどうあれ損害は必須。連邦にとってリスクに見合った利益がなければ政府の力を貸すわけにはいかない。よって二人は星の所在を改めに来たのだ。
遠ざかっていくライルを追って、ベルクは滑るように斜面を下る。程なくライルに追いついて、躊躇い気味に告げる。
「あのさ、何か変なんだ。」
「変て?」
「確かに、きっとここに居るのは十二宮だ。だけど、なんていうか、薄い。」
「さっき遠いとボヤけるとか何とか言ってたじゃん。」
「そうなんだけど……。ここに居るのに居ないような、残り香……に近いかも知れない。」
ライルは足を止めてベルクを振り返る。
「はぁ?じゃぁ誰かに先越されたって事かよ。」
「分からない。でも気配は確かにある……。」
星は人間に取り憑き、取り憑いた人間の命と引き換えに力を貸し与える。星の力を使う事によって、人間の体は蝕まれ、体の端々が結晶化していく。
「もしかしたら、結晶化してるのかも…….。」
「そしたら、住人の誰かが核を抜いて逃げたのかもな……。」
面倒臭いと言ってライルは頭を描く。そしてベルクは肩をすくめる。
星が宿るのは心臓。だから星に蝕まれた人間から心臓を抜き取れば、星を盗み取ることができる。ベルクの母はそうやって星を抜き取られた。
長年星の力を使い続け、結晶化した心臓は赤い気泡を含んだアクアマリンの塊のようだった。
「だったら尚更さっさと見つけねぇとだな。明日、朝一で山に潜るぞ。」
ベルクは黙って頷くと、ライルは再び斜面を歩き始める。
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