第22話 原因不明の病気を解明する



 魚のフライを食べた異世界組は、レジャーシートの上で幸せそうな顔で眠っていた。

 

 私は食後の運動ということで、湖の周りを一人で歩いてる。


「…………」すりすり。

「あれ、ふぇる美。ついてきたんだ」


 平日の真昼間から、湖を犬と散歩する……

 なんとも贅沢な時間の使い方だ。


 ぴたっ、とふぇる美が足を止める。


「どうしたの?」

「う〜……!」


 驚いた、物静かなふぇる美が唸り声をあげている。

 なんだろう、魔物でもいたのだろうか。


 ふぇる美が見ている先には、一本の大きな木が生えている。

 

「ん? ……んん!? も、もしかして、これって!」


 私は急いで木の根元へと向かう。

 そして、【それ】を見つけた。


「ま、マツタケだっ!」


 なんとびっくり、マツタケが大量に生えていたのだ。

 湖に面した、開けた場所に、しかもたっぷりと。

 

 1本2本ってレベルじゃあない。

 20本とかで群生してる。


 しかも、隣の木にも同じようにマツタケが群生してるではないかっ。


「宝の山だ!」


 マツタケの群生地帯を偶然発見したってこと?


「ふぇる美〜。見てごらん、美味しそうなマツタケがたんまり生えてるよ!」


 だが……


「う〜!」


 ふぇる美は明らかにマツタケに対して、敵意を向けていた。

 

「どうしたの? 美味しいんだよこれ?」

「ひゃんひゃんひゃんひゃん!」


 うわ、びっくりした。

 ふぇる美って吠えることあるんだ……


「どうしたのじゃ?」『何かあったのですかっ?』


 ふぇる美の鳴き声を聞いて、ふぶきとフェルマァがこちらにやってくる。


「なんか急にふぇる美が鳴き出して」

「おかしいのぅ、無駄吠えするような子じゃないのにのぅ」


 ふぶきがふぇる美を抱っこする。

 

「『おねえちゃん、あぶない、にげて!』じゃと?」


 ふぶきがふぇる美の声を代弁する。

 危ない? 逃げる?


『聖女さま! あぶなぁい!』

「え? ちょ!?」


 フェルマァが私の首根っこをつまんで、背後に大ジャンプ。


「え、え、なに急に……びっくりしたぁ」

「危ないところじゃったな」


 ふぶきもふぇる美を抱き抱えた状態でこちらにやってきた。

 彼女の額にも汗が浮かんでいる。


「どうしたのよ?」

『さきほど近くに、【殺戮の天使】が生えておりましたのです』 


「……さつりくの、てんし? そんな物騒な魔物、いた?」

『魔物ではございません。あそこの木の根元に生えてる、毒キノコのことです』


「え、マツタケのこと?」


 私がマツタケの群生地帯を指差しながらいう。

 こくこく、とフェルマァとふぶきがうなずく。


「あれは殺戮の天使という、非常に強力な毒を持つキノコなのじゃ。その芳醇な香に騙され食べたことで、数え切れないほどの人間・魔物が死んだのじゃ」


「え、ええ!? ほんとに?」


 フェルマァもこくんとうなずく。


『殺戮の天使を食べた同族が、今まで何匹も死んでおります』


 おかしいなぁ。

 見た目完全にマツタケだったんだけど。


 もしかして、さっきのあれ、マツタケによく似た毒キノコなのだろうか。


「【鑑定】」


 私は遠くから、殺戮の天使を鑑定する。


〜〜〜〜〜〜

マツタケ

→キノコの一種。地球のものと同じ

〜〜〜〜〜〜


 あれぇ?

 

「やっぱりマツタケじゃん。しかも日本のものと同じって」


 マツタケに毒性があるなんて聞いたことない。


『聖女さまはここでお待ちください。殺戮の天使を焼き払って参ります。危険な毒キノコですので』


「ちょ、待って! もったいないよ!」

『もったいない?』


「うん。今鑑定スキルで調べたら、あのキノコに毒は含まれてないってさ」

『で、ですが、あのキノコは今まで大勢の人の命を奪っておりますよ?』


 マツタケは日本のものと同じ、毒性なんて皆無。

 だというのに、異世界の人も魔物も、食べただけで死んでしまう……


 食べ物に毒がなくても、死んでしまう……


「! まさか」


 私は一つの可能性に気付いた。

 全知全能インターネットで検索してみる。


「ビンゴ。そういうことね」

「どうしたのじゃ?」


「なぜ殺戮の天使を食べたら、異世界人が死んじゃうのか、その原因がわかったの」

「な!? ば、バカな! 殺戮の天使が死を招くメカニズムについては、未だ解明されておらんのじゃぞ!」


 まあしょうがない。

 ここは文明レベルが現代日本よりも劣っているから。


「まぁ見てて。とりあえずマツタケのとこへ行きましょう」


 ややあって。

 マツタケ群生地帯にまでやってきた。


 異世界組はマツタケからかなり距離をとっている。

 私はトマトくんに頼んで、森から離れた場所に焚き火を用意させる。


「で、マツタケを串に指して、焼きます」

「焼いても毒は消えないぞ?」


「消毒のためにやってるんじゃあないわ。食べやすいようによ」

「や、やはり食べるのか……? 死ぬぞ?」


 マツタケをじっくりと焚き火で焼いて、そこに塩を少しかける。


『聖なる塩でお清めするのですね! 先ほど湖でやったように!』

「いや、単なる味付け」


 二人ともやはり首を傾げている。

 私は殺戮の天使、もとい、焼いたマツタケをぱくり。


『ああ! 聖女さまぁ!』

「今すぐ治癒魔法を!」


 二人が心配して駆け寄ってくる。

 で、私はというと……。


「うまーい!」

「『ええええええええ!?』」


 やばい、ちょー美味しい。

 やっぱり本物のマツタケ。


 しかも、採れたて新鮮なのだっ。

 歯応え抜群、肉かって錯覚くらいジューシー。


 そして、何より香が抜群。

 塩かけただけというシンプルな味付けなのに、高級肉を食べてるかのような満足感!


「はふ……ほふ……最高……」

「ほ、本当に大丈夫なのかの?」


「うん、だいじょーぶ。あ、でも二人は食べちゃだめだよ、死んじゃうから」

「いったい、どういう理屈なのじゃ!?」


 さて、何から説明しよう。


「マツタケを食べて、異世界人が死んでしまう理由を一言で言うと……」

「『言うと……?』」


「アナフィラキシーショック、よ」

「『あ、あなふぃら、きしー……?』」


 無理もない、医学も未発展なここじゃ、アナフィラキシーなんて聞き覚えがないだろう。


『聖女さま、なんでございますか、それ?』

「アレルゲンなどの侵入によって、内臓や全身にアレルギー症状をあらわし、生命に危険を与える過剰反応のことよ」


『す、すみません……全く理解できないです』


「生き物って、体内に異物が入ると、外に追い出そうとする昨日が備わってるのよ。ほら、風邪引いた時ハナズミとかくしゃみとかでるでしょう? あれって、体内の悪い物質を、体の外に追い出そうとしてるから出るのよね」


 なるほど、と二人がうなずく。


「アナフィラキシーっていうのは、その反応が過剰に出てしまうことを言うの」


 卵や小麦粉アレルギーで、死んでしまうという事例がある。


全知全能インターネットによると、異世界の生物は、生得的にマツタケに含まれる物質が、異世界人固有のアレルゲンになってるみたいなのよね」


 と、全知全能インターネットに書いてあった知識を披露する。


『しょ、正直何を言ってるのかわかりません……』

「ようするに、マツタケに毒性はないが、マツタケに含まれる成分を接種することで、わしらはアレルギー症状を呈する、ということじゃな……」


 ふぶきは理解できたようだ。


『よくわかりませんが、聖女様は今まで謎だった、殺戮の天使の毒のメカニズムを解明したということですね! すごいです!』

「長い年月かけても、解明されなかった謎をあっさりと解き明かしてしまうとは……ううむ、さすがじゃ」


 しかしまさか異世界人にはマツタケがアレルゲンだとはねぇ。

 こんな美味しいのに。


『あれ? でもなんで、聖女様は食べても平気なのですか?』

「そりゃ、私はこの世界の人間じゃないし。異世界から召喚された聖女だからね」

『え、えええええええええええ!』


「え、どうしたの?」

『聖女様はこの世界の人間じゃなかったのですかっ!?』


「うん、……あれ、言ってなかったっけ?」

『初耳ですよっ!』


 あ、そういやそうだった、かも?


「わしは気付いておったぞ。どう見てもこやつが召喚聖女じゃて」

「どうして?」


「わしらの知らぬ技術や食べ物を、ばんばんと出してきてたからの。それに、極光神と深い関わりがありそうじゃったからの」


 あらまぁ、この子思ったより頭が回るわ。


「フェルマァよ、逆に聞くが、不思議に思わなかったのか? こんなおかしな技術や飯がたくさんできて、いったいどこで仕入れたのかと?」

『ま、全く疑問に思いませんでした。ただ、聖女様はすごいとしか』


 ……逆にフェルマァはちょっとアホの子なのかもしれない。


「私、召喚聖女ってことで。あとみんなにはナイショね」


 バレたらめんどくさいし。


『わ、わかりました!』

「言いふらすもなにも、この山に人なぞ滅多に訪れんからの」


 確かにここで一人すれ違ったこと一度もないな。


「一旦帰るよ。そこで美味しいマツタケ料理を食べさせてあげる」


『ええっ? 聖女様、松茸は我々では食べれないのでは?』

「ふふ、君たちでも食べれる方法を思いついたのよ」


『そんな方法を思いつくだなんて! 聖女様は天才であられますね!』

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