第7話 フェンリルに名付けして進化



 ログハウスの庭先にて。


「このトマトが、私の眷属っていうけどさ、眷属けんぞくってなに……?」


 スマホに駄女神からのラインが入る。


【神の力を分けあたえられた、神のために働く存在だよ】

「なるほど……というか、なんでトマト?」


【そのトマトは、ミカりんがさっき畑からもぎったでしょ? そのときに、眷属が生成されたんだろうね】


 庭先に生えていたトマトを5コくらいもぎって、食べきれないからって1コ、ポケットに入れていた。

 それが眷属化したと。


「…………」


 トマトの眷属をじっと見つめていたら、照れたように頭をかいていた。

 いちおう自我はあるみたい。口がないからしゃべれないけども。


【眷属にするためには、神のために命を捧げる必要があるんだ】

「え、神のために死ぬ必要があるってこと……?」


【そう。そのトマトは苗からもぎった段階で、死んだ扱いになってるんだ。そして神から擬似的な命を与えられる】


 なるほどねぇ。

 つんつん、と私はトマトくんの頭を突く。


 トマトくんは私の指につかまって、すりすりと頬ずりしていた。可愛い。

 

 しかし眷属ね。

 正直眷属なんて欲しく……いや、待てよ」


【お、気づいたようだね。そう、このトマトの眷属しかり、生み出した眷属たちは、神のために無償で働いてくれるのさ】


「なるほど……この子たちに、部屋の掃除とか、野菜の収穫とか、そういった雑事を任せられるってことね」

【そういうこと。便利でしょ?】


「じゃあ、身の回りのお世話とか、君に任せてもいい?」


 肩の上のトマトくんに語りかける。


「……!」ぐっ。


 トマト君はサムズアップしていた。


「トマト君ひとりだけだと大変だろうから、もう少し野菜もぎって眷属増やしておこうかな……」


 掃除洗濯など、全般をお任せしたいし。

 と、そのときである。


「わぉん」

「ん? どうしたの、フェンリルお母さん?」


 母フェンリルが私のダウンジャケットを口でつまんでいる。


「神、翻訳」


 ……しーん。


「おい、神」


 しーん。


「駄女神、おおい」


 ラインの既読がつかなくなった。

 そういや、神は仕事してるっていっていたな。


 仕事が急に入って、ラインを確認できていないのかも。


「不便……。神がいないと、君が何しゃべってるのかわからないじゃないの。ねえ?」


 私は母フェンリルの鼻先を撫でる。

 何か言いたげなのはわかるんだけど、何を言いたいのかはわからない。


「うーん……困った」

【ごめんごめん、ミカりん? どうしたの?】


「駄女神。フェンリルお母さんが何か言いたいそうなの。翻訳して」

【ふふん、ミカりんはワタシがいないと何もできないんだねぇい★】


「いいから翻訳」

【OK! ええと、『聖女様、わたくしもあなた様の眷属にしていただけないでしょうか』だってさ】


 母フェンリルが真面目な顔つきで、じっとこっちを見ている。

 眷属にして欲しい……?


「なんで?」

【『あなた様はわたくしたち親子の命の恩人でございます。このご恩に報いたく存じます』】


「だから眷属になって恩に報いたいってこと?」


 こくん、と母フェンリルがうなずく。

 うーん。


「いいよ。恩とか返さなくても」


 ただ龍脈地にフェンリルを引っ張り込んだだけだし。

 それだけで命の恩人扱いされてもね。


【あ、いちおう捕捉しておくと、そこの母フェンリルの赤ちゃん、逆子だったんだよ】

「逆子?」


【そ。母胎が弱っていたこともあって、あのままじゃ母親はもちろん、子供も普通に死んでたよ】

「そうなんだ……」


 聖なる魔力のおかげで、母子は救われたってことか……。

 それで恩を感じてると。


「でも、眷属になるって、命を落とす必要があるんでしょ?」


 さっき神がそう言っていた。


【『聖女様のためなら、この身を捧げる所存でございます』ってさ】

「重い重い重い」


【『ですが死なねば眷属になれませんので』】

「ええ……うーん……どうしよう。駄女神、なんとかならない?」


【うーふーふー、しょうがいないなぁ(のぶ代)】


 いや(のぶ代)って。いやわかるけどさ。


【ミカりん、スマホに入ってる神アプリを使ってみよう!】


 私のスマホには、神の力が付与されたアプリ、神アプリなるものが入ってるのだ(勝手に入れられた)


 スマホの電源を入れる。

 KAmizonの他にもアプリがあった。


「《眷属になろう》……? これ?」

【そう。アプリ《眷属になろう》は、生物を、生きた状態で眷属にするアプリだよ】


「便利……! で、使い方は?」

【まずはアプリを起動して】


 すると、写真撮影画面になった。


【眷属にしたい相手の写真を撮って】

「はい、チーズ」


 ぱしゃ。


【次に眷属にする相手の名前を記入して】

「名前……」


【眷属にするためには、相手の顔と名前が必要なんだ】


 なにその人を殺すノートみたいな設定……。


「名前……。ねえ、母フェンリルさん、あなたの名前は?」

【『わたくしに名前はございません』だって】


「え、なんで?」

【この世界の大抵の魔物って、基本名前ついてないんだよ】


「へえ……そうなんだ。なんで?」

【野生のポケ●ンに名前なんてついてないでしょ?】


 ごもっともで……。

 でも名前ないと眷属にできない。それに、呼ぶときも不便だし……。


「じゃあ、名前つけてあげよっか?」


 すると……。


「アオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」

「わっ、び、びっくりした……。どうしたの?」


 母フェンリルさんが尻尾ぶんぶんぶん! とはち切れんばかりに振っている。

 それに遠吠えもしてるし。どうしたんだろ……?


 喜びすぎじゃない?

 まあ、引き受けてしまった以上、名前を考えないと。


 フェンリル……ママ……。うん。


「じゃあ。フェルママで」

【あ、安直……】

「じゃあ、【フェルマァ】でっ」


 私はスマホにフェルマァと入力し、決定ボタンを押した。

 その瞬間……。


 パァアアアアアアアアアアアア!


「え!? な、なに!? 急にフェルマァが光り出した!?」


 光はすぐに収まった。


「なんだったの今の……?」

『びっくりさせて申し訳ございません、聖女様』


「あ、いや、いいけど……って、え?」


 あれ?


「今の声……誰……?」


 私以外の、女性の声が聞こえてきたんだけども?


『もしや……わたくしの声が聞こえてるのでしょうか?』

「は? へ? ふぇ、フェルマァ……? あなたの声、なの?」


『は、はい!』


 あれ……?

 

「魔物って人の言葉しゃべれるの?」

【うん。でも、高位の、しかも歳を重ねた老齢の魔物じゃないと、人語をしゃべることはできないんだ】


 老齢の魔物……。


「フェルマァさんって、声の感じからしてお若い気がするんだけど?」

『はい、まだ200歳の若造でございます』


 200歳で若造なんだ……。


『フェンリルがしゃべれるようになるのは、1000歳を超えてからと伝え来ております』

「1000!?」


 魔物って長生きね……!?


「え、でもなんで、200歳のあなたがしゃべれるようになったの?」

『それは、聖女様に名前を付けていただけたからだと思います』

 

 ……はい?

 

「え、私が名前を付けたことと、フェルマァがしゃべれるようになったことに、どんな関係が……?」

『魔物世界において、名付けはとても重要な儀式なのです』


「名付けが……儀式?」

『はい。名前をもらうことで、その魔物は名前持ちネームドとなります』


名前持ちネームド?」

『はい。ただの魔物から、名前を持つ特別な魔物へ進化することができるのです』


 はぁー……そうなんだ。

 ん?


「でも、名付けで進化するのって、魔物の世界だけって言ってなかった?」

『はい。人間が魔物に名前を付けても、進化することはありません』


「でも進化したよね? どうしてかな?」


 ピコンッ♪

 駄女神からのラインだ。


【ちょっとー! 無視しないでよ! ワタシが説明しようと思ったのにー!】


 ラインに、長々とさっきフェルマァがしてくれたのと、同じ説明が書いてあった。


「ごめんて」

【もー! じゃあ説明するからね、ワタシが!】


 なんでそんな自分で説明したがるんだろうか……。


【フェルマァの言うとおり、通常名付け進化は魔物間でしかできない。でも、《眷属になろう》を使えば、同じことができるんだ】


「なるほど、アプリを使えば、人間でも名付け進化ができるってわけね」


【そういうこと。まあでも、インターネットスキルを持ってる君じゃないと、スマホ使えないから、君固有の能力といっても過言でもないね】


 なるほどね。他人がもし私のスマホを盗んだとしても、そいつにはインターネットに接続できないから、アプリも起動できないと。


『ありがとうございます、聖女様。このフェルマァ、あなた様のために粉骨砕身、働かせていただきます』


 ちなみにフェルマァの子供3匹にも名前を付けることになった。


・ふぇる太 (オス)

・ふぇる子 (メス)

・ふぇる美 (メス)


 ……駄女神に馬鹿にされたのは言うまでも無い。

 子供が呼びやすい、覚えやすい名前の方がいいでしょっ。

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