第5話 フェンリルを治療する



「朝か……体痛ったぁ……」


 しょぼしょぼと眠い目をこすりながら、テーブルの上の眼鏡を手に取る。


 描写してなかったけど、私けっこー目が悪いのだ。

 眼鏡をかけてすぐ、違和感に気づく。


「ん……? なんか、見えにくい……?」


 視界が少し、ぼやけるのだ。


「視力が急に落ちたのかな……? でも昨日今日ですぐ目って悪くなる……?」


 どうなんだろう。わからないな。


「さて……まずは状況整理かな」


 私の名前は【長野 美香】。29歳。

 元々日本で社畜OLしていたが、ひょんなことから聖女召還で異世界に来てる。


 私を召還した王太子オロカニクソの命令で、私は雪山に廃棄された。

 雪山の中でフェンリルに追いかけられ、たどり着いたのはこのログハウス。


 ログハウスは神が私のために用意してくれたらしい。


「ログハウスの中のものは自由に使って良いっていったけど……ほんとにいいのかな? けっこーレアなアイテムとかあったし」


 私はスマホを取り出す。

 異世界召還されたときに、一緒に持ってきたスマホ。


 電池はとっくに切れてたんだけど、この土地に来てから充電MAX状態になった。


 どうやらここは、【龍脈地】といって、パワースポットなんだそうだ。


 ここに居ると電力が供給されるんだって。


「神にラインしてみるか」


 私を召還した神と、なんだかしらないが、ライン友達になっている。

 私はラインを送ってみる……が。


 しばらく待ったが既読がつかなかった。


「まあ神は忙しいし。ま、そのうち返事も来るでしょ。あ、目が急に悪くなった理由も聞いとこ」


 小屋の中のアイテムについては、神の返事が来るまで触らないでおくとして……。


「とりあえず喉渇いたし、ちょっとお腹すいたな。水……」


 私がいるのはログハウスのリビングだ。

 ここ、台所がきちんと用意されてる。


 シンクもあるし、蛇口もある。


「水……出るの?」


 私は水栓をひねってみると……。


「お、ちゃんと水出るね」


 けっこーな勢いで水が出ている。

 飲める……よね? 多分。


「あ、コップ。コップないかな?」


 台所の棚をあさってみたんだけど、食器とかコップみたいな、そういう日用品は用意していなかった。

 

 サービス悪いよ。伝説の武器はおいてあるくせに。


「お行儀悪いけど……直で飲むか……」


 流れ出る水に顔を近づけて、大きく口を開く。ああ、ハシタナイ。

 まあ、誰も見てる人居ないからいっか。


 ごく……。

 ごく……ごく……。

 んぐんぐんぐんぐ!


「なにこれ?!」


 え、この水……とんでもないくらい美味しいんだが?

 今まで飲んでいた水が、泥水かってくらい、美味い。


「冷たいし美味いし……すっごい美味しい!」


 東京住んでいたとき、水道水を一度飲んだことがある。

 が、本当にまずくて飲めたもんじゃなかった。以後、ミネラルウォーターを買ってのんでた……けど。


 ミネラルウォーターなんて比じゃないレベルで、美味い。のどごしいいし、冷たい。味がついてるわけじゃないんだけど、とにかく……美味い。


「これボトルに入れて売ったら、1000円とかで売れるんじゃない……?」


 蛇口から、こんな美味しい水が出てくるなんて……すごい。

 あれ、でも、この水ただなのかな……?


 あとで水道代請求されても困るっていうか……。

 そういえば、私お金持っていない。


「神ー……まだ既読つかないの?」


 もー、必要なときに居ないんだからまったく……。


「水はかくほできたけど……次は」


 きゅう……。

 ……お腹すいたな。


「冷蔵庫ない……? ないんかい。どうしよ……」


 ん? そういえば……。


「ログハウスの外に畑があったよね」


 神へクレームをいれておき(食材がねえぞこら)、私はドアを開けて外に出る。


「さっむ……」


 ドアを開けた瞬間、冷気が襲いかかってきた。

 忘れてたけど、ここ、雪山の中だったな。


「吹雪いてはいないけど、この冷気はいかんともしがたいな……」


 腕をこすりながら、私はログハウスのすぐ目の前の畑へと向かう。

 こんな寒いっていうのに、野菜がけっこーなっていた。


「トマトだ……」


 トマトがたくさんなっている。

 私は一つもぎって、食べてみる。いいよね、この畑もログハウスに付随するものだし。


「いただきます……はぐ……」


 むしゃ。

 むしゃむしゃ! 

 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ!


「!?」


 これ、この……なんだ?

 とにかく……もう1コ!


 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ!


「おいしっ!」


 こんなみずみずしいトマト生まれて初めて食べた!

 一口かじると、口の中にあまずっぱい果汁が広がる。


 そう、甘いのだ。酸味もあるんだけど、ほのかな感じ。

 そして弾力のある果肉もあわさって……。


「ほんとこれ野菜なの? フルーツだ。めちゃくちゃ美味しい!」


 思わず3コ、4コと食べて……。


「食べ過ぎた……」


 5個目は、もぎったけど食べなかった。

 あとで食べよう。とりあえずポケットに入れておく。


「ふぅ……」


 飢えと渇きが満たされて、私は一息を付く。

 とりあえず、衣食住は確保されている。(倉庫に着るものもあったし)。


 魔物も入ってこないし。トイレも風呂も完備してる。


「スマホも、ネットも使えるし、まあなんとか暮らせてけるかな」


 ちょっと不便なところはあるけども(冷蔵庫やコップ等の日用品がないとか、野菜以外の食べるものがないとか)。


 と、そのときである。


 ーーアォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン…………。


「な、なに? 狼の遠吠え……?」


 声のした方を見る。


「んん……? さっきより目が悪くなってる……?」


 なんかさっきよりも、視界がぼやけていた。

 私は一度眼鏡を外してみる。

 なんか眼鏡に不具合が………………。って、え?


「あれ? 目……普通に見える?」


 お、おかしい。

 私の視力は、眼鏡がないと生活できないレベルで低かったはず。


 でも、私は今、眼鏡を外してでも普通に、遠くにいる【それ】が見えた。


「いや、え、どういう……っていうか! あれ、フェンリルだ!」


 ここに来たばかりのとき、私を追いかけてきたフェンリルだと直感した。

 私を食い殺しにきたのかっ!


 すぐさま私はログハウスの中に入って鍵をかける。


「はあ……はあ……! しつこいやつめ……」


 私は窓の外から、フェンリルを見やる。

 ……が。


「あれ……? フェンリル、近づいてこない……?」


 フェンリルが一定距離を保って、こちらに入ってこないのだ。

 いったいどうなって……?


 ピコンッ♪


【やっほー★ 神だze!】


 やっと神から返事がきたっ。


「遅くない……?」

【めんごめんご。ワタシもいろいろやらないといけないことおおくってさー】


 思った通り神は他にもするべきことがあって、返事が遅れたらしい。


「そんなのはどうでもいいっ。フェンリルがいるのっ、なんとかしてっ!」

【あー、大丈夫大丈夫。入って来れないから】


「入って来れない……?」

【うん。このログハウス周辺にはワタクが結界張ってあるから、魔物は一切入って来れないよ。結界の主たる君が許可すれば入れるけどね】


 ……。

 …………。

 …………はぁ。良かった……。


【ごめんね、ラインいっぱいくれたのに、答えられなくって】

「まったくよ……。あ、そうだ。急に視力が回復したんだけど、これってどういうこと?」


【龍脈から出る、聖なる魔力の効果だね】

「聖なる魔力……」


【聖なる魔力は、怪我や病気を治してくれる効果もあるのよん】

「万能すぎる……」


 スマホのバッテリーも回復させるし、怪我にも病気にもならないとか。


「ようするに、この土地に満ちてる魔力の効果で、私の視力が回復したってこと……?」

【イグザクトリー! その通りでございます!】


 若干ウザいなこの神……。

 しかし、良かった。ここにいれば風邪も引かないんだ。


 寒かったし、好都合だ。


 ーーアォオオオオオオオオオン


「まだ吠えてる……」

【『助けてー』だってさ】


「は……? 助けて? 神って、魔物が何言ってるのかもわかるの?」

【もちろん! だって神だもん★】


 ああそうですかそうですか……。

 ん?


「フェンリルが、助けてって言ってるの? なんで?」

【それは知らないよ。ワタシは君の五感を通したものしか見えないし】


 おいこらちょっと?

 今なんかさらっと重要設定言ってなかった……?


 ーーアォオオオオオオオオン。


【助けてって、さ。どうする?】

「どうするって……」


 さっき命を狙われてたんだけど……。

 そんなやつを、助ける義理ある?


【あ、ちなみに君がここに来たばかりのときも、あのフェンリル『助けて、怪我してるの』って君に言ってたよ?】

「早く! 言いなさいよ……!」


 私は急いで外に出る!

 倒れているフェンリルの元へ駆け寄る。


「大丈夫!? しっかりして!」


 私はフェンリルの前足を掴み、ひっぱる。

 お、もぉお……い。


 くっそ、重すぎる……!

 こんなことならもっと鍛えておけば……。


 いや、泣き言言ってられない!

 助けを求めてる、弱っているやつを、ほっとけるかっ。


「よいっしょぉお!」


 頑張って一歩分だけ、引っ張ることに成功。

 その瞬間……。

 

 シュオンッ……!


 フェンリルの体が光り輝く。


「ぐる……」

「大丈夫?」

「がう……」


 大丈夫そうだ。良かった……。


【なるほど、龍脈地の魔力で、フェンリルの怪我を治したんだね】


 そーゆーこと……。

 はぁ……まったく、この神め……。


 重要なこと、説明しないんだから……。


【めんご★】


 ……こんなの神じゃない。駄目な神、駄神だな。


【あ、ワタシ女だよ? 女神女神】


 ……じゃあ、駄女神だ。もう、スローライフを送るはずだったのに、初日からとんでもないことになってしまったよ。


【あ、このフェンリル、妊娠してるね】


 ……………………はい?

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