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 渚は今日の仕事を終え、車で帰宅していた。夜の静岡も懐かしい。初恋の人と良く歩いたな。初恋の人は今頃、どうしているんだろう。今でも私の事を忘れていないだろうか?


 渚は実家の車庫に車を停めた。横には父の車がある。父はすでに帰っているようだ。帰って来た時に、車庫を増設したという。


 渚は実家の玄関の前にやって来た。実家の明かりを見て、渚は懐かしく思えてきた。中学校、高校時代に帰りが遅かった日々を思い出す。あの頃はとっても大変だったな。だけど、いい思い出だ。


「ただいまー」


 渚は家に入った。ダイニングからはカレーのにおいがする。今日はカレーライスのようだ。


「おかえりー、どうだった?」

「なかなか良かったよ」


 渚は楽しそうな表情だ。仕事が楽しかったように見えるが、本当はカレーライスが楽しみのようだ。


「それはよかった」

「これからも頑張ろうな」

「うん」


 ふと、渚は考えた。先日の居酒屋で出会った、乱暴な奴が気になる。どうしてあんなに暴れているんだろう。何か理由があるんだろうか?


「どうしたの?」

「先日、居酒屋で見たあの乱暴な人、気になるの。誰だろうと思って」


 母は驚いた。どうしてその人が気になるんだろう。私は気にならなかったのに。


「気になるの?」

「うん」


 渚は思った。どうやったらあの人は優しくなれるんだろう。答えが全く見つからない。


「忘れようよ。悪い感じがするよ」

「そうだね」


 渚はそう言っているが、渚は忘れられない。どうやったら、元に戻るんだろう。




 先日、居酒屋に来ていた乱暴な男、中村昭二(なかむらしょうじ)は中学校の教員だ。まだ教員になって数年目だが、この辺りの学校ではかなり知られていた。というのも、昭二はかなり恐ろしく、鬼とたとえられていた。居眠り、早弁などを許さず、げんこつを振るう事もしばしばあるという。誰もが悩んでいた。だが、昭二に近寄るのが怖くて、誰も止めようとしなかった。乱暴な性格に反して、昭二は真面目で、上層部からは信頼を得ている。いつか高い役職を与えられるのではと思われていた。


 昭二は家で仕事の作業をしていた。昭二は寂しい日々を送っていた。誰もこの部屋に来てくれない。だけど、自分は絶対結婚できるんだと思って頑張ってきた。


「はぁ・・・」


 昭二はため息をついた。一通り仕事が肩をついたようだ。


「よし、できたっと」


 昭二は少し笑みを浮かべた。これで明日の準備はできた。あとは朝を待つだけだ。


「明日も頑張ろう」


 昭二はいつのまにか寝てしまった。


「うーん・・・」


 だが、昭二は夢を見ていた。その夢ははっきりとしていた。


「もういいや! 俺は誰も信用できないんだ! 俺はもう誰からも愛されていないし、愛せないんだ」


 昭二は周りの中学校生徒に向かって怒っていた。みんな、昭二を見ておびえている。


「どんなにやられても、力ずくで叩きのめしてやる! くそーっ!」


 昭二は目を覚ました。また夢を見てしまった。何度この夢を見なければならないんだろう。忘れたいのに。


「少し酒を飲んで落ち着こう」


 昭二は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。いつでも飲めるように、何本かは買ってある。


 缶ビールと柿の種を持ってきた昭二は、インターネットを見ながら柿の種を食べ始めた。そして、缶ビールを飲み始めた。


「やっぱうまいわ・・・。落ち着くにはやっぱり酒だ・・・」


 と、電話が鳴った。いったい誰かだろう。全く想像がつかない。昭二は受話器を取った。


「はい」

「昭二、元気にしてる?」


 母からだ。高校を卒業して以降、マンションで一人暮らしをしていて、大型連休でしか帰らない。だが、昭二は全く寂しいと思っていない。ここに住んでいるのがずっと楽しいと思っている。


「うん」

「よかったよかった。お母さん、昭二が心配で」


 母は心配していた。酒ばっかり飲んで、このままではどうなるんだろうと思っていた。だが、今日も生きているようだ。離れてはいるけれど、こうして電話をして、生きているってことを確認したい。


「もう気にしないでよ。俺、頑張ってるから」


 昭二は思っていた。俺は頑張っている。だから気にしないでほしいな。


「そう。それじゃあ、何も言わないわじゃあね、おやすみ」

「おやすみ」


 電話は切れた。昭二は受話器を戻した。昭二は時計を見た。そろそろ寝る時間だ。


「はぁ、もう寝よう」


 そして、昭二は寝入った。明日はいい日でありますように。




 ある日の事だ。生徒は教科書を読んでいた。その様子を、昭二は見ている。みんな緊張している。この先生はかなり怖いと噂だ。誰もが警戒している。


 そんな中、佐々木という1人の男子生徒が居眠りしている。テレビゲームを夜遅くまでやっていて、あまり寝ていないそうだ。見て回っていた昭二は、居眠りしている佐々木に気が付いた。そっと佐々木に近づき、机を叩いた。その衝撃で、佐々木は目を覚ました。


「こら、何寝てるんだ!」

「すいません・・・」


 佐々木は謝った。だが、昭二は許さないような表情だ。


「寝てんじゃねぇぞ!」


 昭二は鉄拳を食らわせた。佐々木は頭を抱えた。


「痛てっ・・・」


 授業を終えた商事は職員室に向かっていた。その間、昭二は悩んでいた。またもや佐々木が寝ていた。どうすれば居眠りせずに受けるようになるんだろう。今後の大きな問題だ。これは担任の先生に報告しなければ。そして、改善するように家族にも言わなければ。


「はぁ・・・」


 少しため息をついて、昭二は職員室に戻ってきた。そこには何人かの教員がいて、その中には今さっき授業をしていたクラスの担任、早川もいる。


「お、おかえりなさい・・・」


 早川はおびえている。昭二がここに来て3年目になるが、いまだにその怖さに慣れない。


「ど、どうでした・・・?」

「まった佐々木が寝てたぞ。何とかしろよ」


 早川は頭を抱えた。また寝ていたのか。あれだけ夜遅くまでテレビゲームをするなと言ったのに、またやっている。どうにかならないんだろうか?


「は・・・、はい・・・」


 昭二は早川に報告すると、自分の机に向かった。その後ろで、何人かの教員がひそひそ話をしている。


「あの人、近寄りがたいわね」

「うん。めちゃくちゃ怖い・・・」


 と、その声に反応した昭二が振り向いた。彼らはびくっとなった。まさか聞こえていたとは。怒られるかもしれない。


「どうした?」

「い・・・、いや・・・、何でもないです・・・」


 昭二はにらみつけた。彼らが自分に対して嫌味を漏らしているのを知っている。また嫌味を言っていたに違いない。


「しっかりやれよ」

「はい・・・」


 彼らはため息をつき、早川に近づいた。


「また怒られちゃったよ・・・」

「もう放っておきましょ?」

「うん。そうだね」


 何もしなければ、何も言わなければ何も怒られないだろう。何も言わないのが自分たちにも、昭二にもいい事だろう。

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