乱暴者

口羽龍

1

 鈴木渚(すずきなぎさ)は26歳。18歳で高校を卒業後、大学進学のために東京にやって来た。そして4年間の大学生活を経て、東京で働いてきた。だが、いつか故郷の静岡県で働きたいと思っていた。やはり静岡への愛があるのだろう。そしてようやくその機会がやって来た。静岡の支社に転勤になったのだ。ようやく自分の夢が果たせたという事で、とても大喜びだ。


 渚は静岡駅に降り立った。8年前に上京した時と全く変わっていない。まるで自分の帰りを待っていたかのようだ。


「帰って来たか・・・」


 渚は静岡の空を見上げた。空もあの時と全く変わっていない。渚は嬉しくなった。


「懐かしいな」


 渚は家までの道を歩いていた。実家は静岡駅から歩いてそんなに遠くない場所にある。渚はそこまでの道を懐かしみながら歩いていた。そして、ここで過ごした日々を思い出していた。友人は今頃、何をしているんだろう。今、どこにいるんだろうか?


 歩いて10分ぐらい、渚は家の前にやって来た。その家は大きな道から少し入り組んだ所にある。


「ただいまー」

「おかえりー」


 玄関に入り、渚は深呼吸をした。ようやく実家に帰ってきた。これが実家の空気だ。時々帰ってきていたけど、今日からはまたここに住む。本当に嬉しい。


「あさってからこの家の近くに転勤だね」

「うん」


 母は喜んでいた。ようやくここで働くめどがついたからだ。


「楽しみ?」

「うん。やっと実家から仕事に行けると思って」


 渚も喜んでいた。東京で就職するより、やっぱり実家で就職するのが一番だ。


「そう。今日はゆっくり休んで、あさってから頑張ってちょうだい」

「うん」


 渚は2階の自分の部屋に向かった。両親はそんな渚の後ろ姿を頼もしそうに見ている。


 渚は自分の部屋にやって来た。東京に行ったあの時と全く変わっていない。まるで自分がまたここに住むのを待っていたかのようだ。


「はぁ・・・」


 渚はベッドに横になった。今日は移動でとても疲れた。今日は疲れを癒して、あさってからの仕事に備えよう。




 渚は夢の中で、静岡を旅立った時の事を思い出していた。もっと成長するために東京に向かったあの日。東京へ向かう日、両親が見送ってくれた。


「渚、頑張ってね」

「うん。いつかまたここに帰ってくるね」


 渚は笑みを浮かべている。両親の期待に応えないと。そう思って、東京行の新幹線の出入り口に立っていた。


「わかった。その時を待ってるね」

「うん」


 その時、発車のベルが鳴った。ドアはゆっくりと閉まり、新幹線は東京に向かって走り出した。両親はその様子をじっと見ている。


「行っちゃったね」

「ああ」


 2人は思い浮かべた。いつかここに戻ってきて、仕事を頑張る姿を見せてほしいな。


「いつか、帰ってきてほしいね」


 やがて、新幹線は見えなくなった。それを確認して、2人は新幹線のホームを後にした。




 渚は目を覚ました。気がつけば夜だ。こんなに寝ていたとは。渚は少し戸惑ったが、それほど疲れていたんだろう。


「あれっ、いつの間にか夜か」


 と、そこに母がやって来た。何か言いたい事があるんだろうか?


「渚、今夜は飲まない?」

「うん」


 渚は驚いた。どうしてみんなで飲むんだろう。まさか、今日帰って来たからだろうか?


 渚は3人で居酒屋に向かっていた。その居酒屋は、家から程近くにある。そんなに来る人はいないが、この辺りに住んでいる人はよく来るという。


 3人は居酒屋の前にやって来た。その居酒屋は少し古めかしい外観だ。決して大きくない。外から見ると、壁にはビールのポスターがあり、見るだけで飲みたくなってくる。


 3人は居酒屋の店内に入った。すると、店員がやって来た。


「いらっしゃいませ、3名様ですか?」

「はい」


 店員は3人を席に案内した。3人の席はテーブル席だ。


「こちらの席へどうぞ」

「はい」


 3人はテーブル席に座った。


「いらっしゃいませ、お飲み物はどうなさいますか?」

「生中で」

「日本酒の冷で」

「焼酎のロックで」


 渚は生中を、父は日本酒の冷を、母は焼酎のロックを注文した。


「かしこまりました」


 母は喜んでいる。ようやく渚がここで働く事になったからだ。今まで寂しい日々だったけど、またここで一緒に暮らす事ができる。


「とりあえず、あさってから頑張ってね」

「うん」


 その頃、カウンター席にいる男が飲んでいた。その男はかなり飲んでいるようで、顔が赤くて、ぐったりとしている。だが、まだ飲もうと思っているようだ。


「はぁ・・・」


 突然、男の姿が豹変した。一気に狂暴な目つきになった。周りの人には酔っぱらっているように見えているらしく、誰も近寄ろうとしないし、止めようともしない。


「チクショー!」


 男はテーブルを叩いた。何かに怒っているようだ。だが、誰もそれを無視している。


「なんだろう、あの人」

「怖いわね」


 陰口では、その男に近寄らないようにしようという声も出た。


「近づかないようにしましょ」

「そうだね」


 その後も、男は怒り狂ったような態度をとる。だが、意識はある。誰もがその男がかわいそうだと思った。きっと、隠し切れないつらい過去があって、怒っているんだろうな。




 その2日後、渚は新しい会社にやって来た。この会社は東京の本社に比べたら少し狭い。だけど、アットホームな感じがして、逆にこっちの方がいいように見える。


 渚は緊張している。新しい職場だからだ。入社したてはいつもそうだ。


「今日から転勤してまいりました、鈴木渚です。よろしくお願いします」


 渚はお辞儀をした。社員はじっと見ていた。この子が新しく入る事になった渚か。なかなかいい子だな。この子はうまくいきそうだな。


「よろしくな」


 渚は指定された椅子に座った。椅子の前の机には、パソコンが置かれている。


 お昼を食べ終えて、渚はのんびりとしていた。疲れたけど、午後からはまた仕事だ。


「どう、緊張した?」


 渚は振り向いた。そこには同僚の亀田がいる。


「うん」


 渚は戸惑っている。いつもの環境と違うからだ。だが、これから慣れていくだろう。


「だけど、これから頑張っていこうか」

「うん」


 渚は時計を見た。もうすぐ午後の仕事だ。気合を入れてやっていこう。

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