魔法の傘

ゆすら

魔法の傘

 私は魔法の傘を持っている。それは晴れた空から突然雨が降り出したとしても私を守ってくれる。言うなれば完璧なボディーガードである。いつも一緒にいるわけではないが、必要なときは必ず手元にいてくれる。ただ今日それは家で留守番をしていた。

「雨……」

 降水確率0%。昨晩の天気予報ではそう伝えていたが、どうやらそれは嘘だったらしい。数十分前までひろがっていた青空は黒く厚い雲に覆われ、小粒ながらも激しい雨が地面を叩きつけていた。私は戸惑った。こんなときいつもいるはずのそれが今日はいないのだ。学校から駅までは徒歩8分。濡れながら走るか、それとも止むのを待つか。慣れない選択を迫られ、外を眺めながらロッカーを前にフリーズしてしまう。

「おーい?」

 そんなときに横から不意に声を掛けられ、身体がビクッと動いてしまった。私は咄嗟に呼吸を整える。

「あ、ごめん。ちょっとどいてもらってもいい?」

「え……? あ、うん」

 声の主は出席番号が私の次の君だった。進級してクラス替えがあってから後ろの席にいる君。なんとなく気にはなっていたけど、話したことはまだなかった。

「いきなり降ってきたね」

「うん、今日は降られないって思ってたのに……」

 一瞬の間。少し考えてから君はつぶやいた。

「傘ないなら入ってく?」

「えっ?」

「さっき雨雲レーダー見たんだけど、まだまだ止まなさそうだし。置き傘あるからどうかなって」

 そう言ってロッカーから取り出した傘を見せながら、ニコッと微笑む。その姿にドキッとしながらも、平常心を装い小さく頷いた。


 自宅の最寄り駅に着くと改札口に母がいた。雨が降ってきたのに傘が家に置いてあったからと、駅前まで来たついでに待っていてくれたらしい。

「魔法の傘って言って雨が降るときはいつも傘を持っていってるのに、今日はめずらしいわね。それにしてもあんた、思ったより濡れてないわね。向こうはそんなに降ってなかったの?」

「うーん? 魔法の傘のおかげ」

 キョトンとする母、片やニヤニヤしている私。

 持ってきてもらったそれを差しながら、私はあらためて思う。この傘はやっぱり、魔法の傘なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法の傘 ゆすら @64_yusura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ