第28話

「準備の進行状況はどうなっている!?」理さんこと、六花指令官が大声を上げて皆を動かす。


 スピーカーの音量を上げているが、整備の音が大きくて、良く聞こえない。


「アールフライング……とエルフライング……面倒臭いな、アルフとエルフで良いか?」マニュアル片手に、初期設定を行う。新品のビニールの匂いが、鼻をくすぐる。僕は今新しい相棒であり新しい剣、最新型戦人。


 俺だけのワンオフ……六花零式のコクピットにいる。少しワクワクしながら、少しドキドキしながらマニュアルを見るのは楽しくて……。

 OSの書き換えは?とか、動力回路の制御パターンの入力とか、この機動力ならアレを入力するのも面白いかな?


 そして今から、この戦人が僕だけの物になる為の儀式を行う。


 網膜パターンの登録、音声パターンの登録、そして、指紋の登録。


 面倒臭くて、それでいて少し嬉しい。


 これで、六花零式が本当に僕の僕だけのワンオフになったのだろう。


『登録終わったみたいだな?』コクピット内の通信機から兄貴、六花勝時の声が聞こえて来る。


「あぁ、終わったよ」パネルを操作しながら返事をすると、

『こちらでも、登録の完了を確認した。零式には一部音声起動のシステムもあるからな、気をつけろよ?風邪位なら大丈夫だけど、怪我等により、声帯の損傷とかがあった場合。使えなくなるシステムがあるって事だからな』


「そりゃあ、気をつけるけど、怪我とかどうしようも無いじゃない?」苦笑交じりに言うと、真面目な返答が聞こえる。


『そこを、意識するのとしないのでは天と地の差がある。良いか?いざとなれば、腕とかを犠牲にしても守るべき事があるかも知れない……』


「それは……考えたく無いな……」

『馬鹿野郎、考えるのを止める事だけはするな。考えるのを止めるのは死ぬ時だけだ』


「そうだったね。それが、兄貴と師匠の教えてくれた事だった」僕にとって師匠は、技術面は兄貴、戦術面は理さんだった。


 最初に二人に言われたのが『考える事を止めるな』って言葉。考える事を止めるって事は諦める事だって。


 僕が生き延びて来れたのも、この言葉があったからかも知れない。


『俺はいつでも考えている』

 

「いつでもねぇ?」ハイハイと兄貴の言葉を聞き流すと、


『本当だぞ?俺は理を抱いている時だって、いつも考えているん……って、イテッ!!』


『何を下らない事を言っているんだ、お前は!!』理さんの声が割り込む様に聞こえる。


『下らない事を言っていると、ぶん殴るからな!!

 』

『もう殴っているだろ!?』二人がワイワイやっている声に、ウンザリしつつ、


「よし、終了しました!!後は、お二人で仲良くどうぞー!!」二人が色々言う前に、通信機のスイッチを切る。


 滑る様にコクピットから出ると、搭乗用のウインチを使って降りる。下まで降り、下から六花零式を見上げる。


 白い甲冑の様なボディーに頭部は二ツ目のビデオカメラに二本のアンテナが広がり、背中に花の蕾のようなユニットが付いている。


 とすると誰かが近づき隣に立った。


「六花零式……真っ白でキレイ……」真砂さんだった。


「あぁ、キレイだろ?でも、さっき雄二が見て直ぐ汚れそうだな。だってさ」それを聞いて真砂さんは優しく笑う。


「……少し、落ち着きましたか?」笑顔を見せてくれるが、先程兄を失ったばかりなのだ。


 先程、偶然だったけど、彼女が隠れて一人泣いていたのを目撃してしまった。


 取り繕ったってしょうがない。無理に笑うより泣いた方が良い時もあるのだ……。


「少しは……」


「そうですか……」


「兄も私も軍人です。こうなる覚悟はしなきゃいけないと思っていました」無理に無理を重ねているのだろう。目が赤くなっている。


「真砂さん、こんな時だから我慢するのも分かるし、そうしなきゃいけないのも分かるよ。だから、泣いても良いなんて言わない……けど」


 彼女は僕を見た。少し赤い目で僕を見つめる。


「僕に出来る事があったら言って?サキどうか無事で……それが、彼の最後の言葉だったから」


 ドンと胸に小さな衝撃を感じる。


 真砂さんが、僕の胸の中で泣いていた。


「一つだけ、お願いします。しばらくこのままでいさせて下さい……」


 昇降ウインチで死角になった零式の足元。


 大きく響く、作業の音。


 泣いている女の子を一人、隠して置くには調度良かったのかも知れない……。











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