④ ルマとスナロア
「・・・・・・ばぶー?」
なんだろう、あの暗足部の男も人格が何かに支配されていたのかな、とスナロアは思う。
ダジュボイも思う。
シクロロンは困る。
とそこへ。
「行かせはせぬ。・・・このまま行かすわけには、いかぬ。」
まだぎこちないその両手を広げ、ルマが開け放たれたままの扉を塞ぐ。
「ルマ、だな。・・・聞かせてくれぬか。」
ルマの兵がいない今、そして地上で苦戦している今、ダジュボイやシクロロンと共に脱出しなければ彼自身も囚われの身となってしまう状況だった。無論それを避けるためにはダジュボイたちに協力しなければならないはず。
それでも立ち塞がるのは、諦めきれない理想があるから。
「アナタに今ここで自由になられては、我々の勝機が、結束が遠のいてしまう。
・・・父う・・スナロア大師、我ら『フロラ木の契約団』と盟約を結んでもらう。
・・・でなければ、でなければっ!」
「ルマさんっ、それどころじゃないでしょうっ? とりあえず今はここを出ましょうっ!
そうしないと私たちだけでなく、ニポさんたちだけでもなく、スナロアさままで大変な目に遭ってしまうんですよっ!」
仲たがいにしろ仲直りにしろ後にしてほしかった。
ルマは戦士として訓練は積んでいるから番兵を相手にできるだろうが、シクロロンやダジュボイ、スナロアは丸腰だ。
「そうだぞバカ野郎っ、ビビり倒してしゃべれなかった分際で面倒くせーことしてくれてんじゃねぇっ! 大体キビジに担がれてただけのオマエが――――」
「いい、ダジュボイ。総長シクロロン、ダジュボイと先に行ってはくれぬか。
私はルマが納得するまでは留まる。
なに、案ずることはない。ルマは私の息子なのだからな。」
その案ずることのないはずのアンタんトコのバカ息子が混ぜっ返してくれてんじゃねーかよ、と言いたげなダジュボイも舌打ちひとつを残してシクロロンの手を握る。
「そんな・・・では、私も残りますっ!
元々連れ出すために訪れたのかは知らないのですが、あなたが来ると言ってくれたのですから責任は持ちたいんですっ!」
シクロロンまで駄々をこねる。
はーもうやってらんねぇわ、とこぼすダジュボイも仕方がないので付き合うことにした。
「・・・どうなさるおつもりか、スナロア大師。
ここを出ればアナタを巡る争奪戦がフロラ社会だけでなく教会内部からも噴出するでしょう。当時の状況と変わらなければ『スケイデュ』もそれに加わり、さらに『今日会』残党もかつての縁を引き合いに取り込みにかかるはず。
アナタは、この手を取り合えぬそれぞれの歪みを正そうと神徒に就き、しかし叶えられずにココへ心を閉ざされたのではなかったかっ?
にも拘わらず打開策もないまま外へ出て何ができるっ!
何もできないならまだいいが、アナタの存命は混乱を巻き起こすだけだっ!
・・・やっと、やっと我が『フロラ』が大きく育ちまとまり始めたというのにっ!」
率直に言って、息子だと名乗れば手を貸してもらえると思っていた。
それでも自分を息子だと知ってなお、そんな言葉はスナロアの口の端にも上っていなかった。
「望みはユクジモ人の独立か、ルマ。
独立とは何をすることだ?
私たちユクジモ人は確かに遥かな昔、自然の恩恵を受けて生活していた。
しかしどうだ、私たちの生活の中にはもうたくさんのファウナ系人種の知恵や仕事による産物が溢れているではないか。虐げられた歴史は事実だが、豊かになる術も同時に身に付けたはずだ。
おまえの脇に差してある短刀はなんだ?
高温を得るためにたくさんの火を用いなければ作り出せぬ鉄の加工品ではないか。
私たちは大きな火を忌んだ種族ではなかったか?」
戦地では使い物にならなかったために背負い直したものだ。
そして民の用いる道具も、ファウナ系人種から買い付けたものだった。
「・・・利用しただけのこと。ヤツらが我らの英知を利用したのと同様に我らも利用しただけのことっ!
それに経済の利害まで閉鎖するつもりはないっ! ファウナ人どもに媚びへつらいたい者なら出てゆけばいいだけの話だっ!
我らが望むのは訣別! そしてファウナ人どもの贖罪だっ!
我ら『フロラ』はそのために結集しそのために活動してきたっ!
他に方法があるなら説いてみせよっ!」
埒の明かない平行線に苛立つルマが声を荒らげる。
それを留めようとするシクロロンをダジュボイは無言で諫めた。
「ファウナ系人種を屈服させ、住み分けが図れたのなら本望かルマ?
それが叶うまでの間に私たちと同じ悲しみを背負わせ、彼らの持つ生産力に頼りながら独立を謳えれば満足なのか、ルマ。
繰り返されるだけだとなぜ気付かぬ。終わりのない復讐の連鎖からなぜ目を背ける。
ルマ、おまえが本当に憎しみを糧に歩いてきたというのなら、なぜそこにいる『ファウナ』の総長を手にかけない? ここにいた多くのファウナ系人種の者たちをなぜ傷つけなかったのだ? 闘っても多勢に無勢で負けてしまうからか?
違うな。おまえは気付き始めてきたのだ、ルマ。
想像してきた悪魔のようなファウナ系人種が全てではないことに。
大きな人種というものを相手にしてきたおまえが見落としてきた個人というものに。
その、尊さに。」
遠大な使命を翳すがゆえに目を配れなくなるものは、たくさんある。
「今こいつらを殺しても意味がない」と妥当な理由を言い訳に何も危害を加えなかったのは事実だ。
だがたとえそれが個々人に対する躊躇が生んだ結果だとしても、『フロラ』の長としての決意に揺らぐものはひとつもない。
「見当外れだ神徒スナロアっ! 殺すも倒すも場に時に帳尻を合わせなければただの暴虐に過ぎぬからだっ!
だがそれはそのままアナタの隠れ潜んできた無意味な日々とて同じはず。
何もしてこなかったこの閉ざされた生活から抜け出るというなら、立ち上がり動き出すというならば聞かせてもらおうっ! ユクジモ人スナロアっ!」
自分をまだ子ども扱いしていることに我慢ならなかった。
「スナロアの後継者」という後光があったにせよ、キビジという参謀の思惑が色濃く反映されていたにせよ『フロラ木の契約団』を率いてきたこと、唱えたユクジモ人独立の呼びかけに応えた者たちを導いたことは確かな実績だった。
そしてそれは自信でもあり、「ユクジモ人青年ルマ」を「英雄ルマ」たらしめている根拠でもある。
だからこそ「打倒ファウナ系人種」の他に打つ手などあるはずがないのだ。
「ルマ、おまえの額当てに刻まれた紋章[十葉樹]が何を意味しているか知っているか?『フロラ』の前身組織より使われてきたその紋章はただの飾りではない。
・・・知らぬなら教えてやろう。
[十葉樹]はロクリエ王時代から用いられてきた平和の象徴だ。
旧く「十」は「すべて」を意味し、八つの人種、その中の古来種、そしてメタローグという神代種の協和を願い大地を表す幹に据えたものなのだ。
しかしそれを「平等」と取り、「不遇を翻す真理」と取り、「ファウナ系人種の打倒」としてすげ替えたためにおまえたちの旗印に成り下がってしまった。」
ルマをはじめ、シクロロンも初めて聞く由来だった。
ロクリエ王といえば「サクラ狩り」で壊滅したユクジモ人であり、その仇討ちから始まる快進撃によりこのアゲパン大陸を制圧したというのが通説だ。
よもやそんな台王が敵対するファウナ系人種たちまでをも包含し平和を説いていたとは思いもよらなかった。
「だからなんだというっ!
いみじくも[十葉樹]の望みどおり枯れかけた一葉をあるべき姿に正そうとしているだけではないかっ! それを「すげ替えた」だの「成り下がった」だのと何もしていないアナタがどの口で言えるっ!
一夜が明けてすべての苦しみ、すべての憎しみ、すべての悲しみが癒えてその「十葉」に平等と協和が訪れるなら俺とてそれを受け入れようっ!
しかしそうならぬのがこの現実ではないかっ! 平和を謳って平和になるならとうに達成しているっ! 塞いでいるうちに呆けてしまったか大神徒っ!」
そんな皮肉も口を伝う。
理想として目指した大神徒がこんなにも惨めに老いていたことが悔しくて。
「まだわからぬか。おまえは驕り過ぎたのだルマ。
長く続いてきたこの悲しい歴史をどうしておまえ風情が一代で解決できると思える?
辛酸は舐めた。私とて味わった。
しかし差し出した手を払われたからといって差し出された手を払い返してどうする。溝は深まるばかりではないか?
己の部族を人種を気高き誇りと信じるのなら幼稚に振舞うな。
やられたからやり返すのではなく、赦して、その手を伸ばすのだ。
中には払いのける者もあるだろう、しかし堅く握り返す者も必ずある。わずかな経験だけで世界を測るは愚者の行為と気付くがいい。
だがもし成長できるとするなら、できたと言い張るのであればヒトのぬくもりを赦す心で知ることになるだろう。
手を伸ばせルマ。シクロロンはおまえの手を突っ撥ねたりせぬはず。
・・・違うか、総長シクロロン。」
シオンでの和平交渉について詳細を知らなかったものの、会って話して確信した。
若さ故であろうと世間知らず故であろうとシクロロンには純真な平和への祈念があり、そのための険しい一歩に挑む逞しい心があることを。
「いいえ、違いませんスナロアさま。私はいつでも手を差し出す準備も、差し出されたならそれを握り返す準備も出来ています。
・・・ルマさん、あなたの、あなたたちの掲げる[十葉樹]に、私たちも加えてくれませんか。」
未だ椅子に腰掛けるスナロアと壁に立つダジュボイ、シクロロン。
三人に、しかし赦されるよう見つめられるルマはといえばその心境は複雑だった。
確かにシクロロンにかつてほどの憎悪を抱かなくなったとはいえ、こうして説き伏せられるとまるで敗北を言い渡された気にもなる。
『フロラ』の長であるルマも、手兵がなければ寄る辺なくうつろう一人の青年に引き戻されてしまうのかもしれない。
だから。
「ふざけるなっ! ならばどうする、虐げられてきた者たちの苦痛はっ? それを贖いもせず咎めもせぬ者たちとどうして呑気に手など繋げるっ!
俺たちは兵を持っている。
強くなるためではない、強く在らねばならないからだっ!
その原因はなんだっ!
お前たちファウナのノボセ上った根性が主因ではないのかっ! 悔い改めるならまだ救えようものを省みもせずに手を取り合おうとは何事だっ!」
必死に思い出す。思い描く。
ファウナ系人種に襲われた村の悲痛な声を。
町に出てファウナ系人種たちと同じように商うだけで「あざとい」「欲深い」「汚らわしい」と軽蔑された者たちの憤りを。
不作に喘いだファウナ系人種に贈った食糧さえ当然のように受け取り感謝も敬意も払わなかった不遜への失望を。
忘れてはいけないことだから。
「ならば答えようルマ。百円の交易だ。百の四つ季を争うことなく共に頼り合い、言葉を交わし、顔を見合わせ生きることだ。」
「ハっ! 笑止千万だな大神徒っ! それが答えかっ? それで答えかっ! このカビ臭い地下牢で悟ってその程度かスナロアっ!
・・・期待外れだったぞ。
・・・いや・・・まだ証人としての価値はあるかっ!」
そうしてギラリと目を光らせるルマは弾けるように飛び出す。
「甘いっ!」
しかしもはや信用もされていないルマはダジュボイに頭を掴まれ地面に叩きつけられる。
なぜ死なないかは聞かないでほしい。
「あふんっ、そんな荒技で・・・もうすこし手加減されてもよかったのでは・・・」
あわわ、と口を震わせながらなぜかやたらと強いダジュボイに声を掛ける。
仰向けに気を失っているルマはふっくらとした泡を吐き出すだけだ。
「仕方があるまいな。あの巫女をさらって利用しようとでも思ったのだろう。
・・・私はまず、父として為さねばならぬことがありそうだ。」
ルマを納得させてからここを出る、そう決めていたスナロアも、その説得さえ拒まれ話が中断してしまったのだから約束破りにはならないと思えたらしい。
「あー、その通りだな兄貴。ったく、責任感じてんならコイツ背負ってくれ、父親なんだからよ。肩は貸さねーぜ?」
甥を叩きのめした男が息子を叩きのめされた父親に笑いかける。
そこにはもう、重苦しい空気はなくなっていた。
「では、来ていただけるのですね。」
自分を求めるシクロロンやダジュボイ、その他『今日会』繋がりの面々は少なくとも、よからぬ企てで誘っているわけではなかった。
シクロロンたちは大神徒スナロアとしてではなく、まるでモクの代わりとでも言うかのように手を伸ばしてきている。
高潔の仮面を手放す一人のユクジモ人スナロアを、きちんと見定め望んでいたのだ。
「ああ、そうしよう。・・・そうさせてもらおう、シクロロン。」
仙人や隠者のようにこれからの世を憂うのは後でいい。
己の未熟を責めるのもこの次でいい。
今は、失くしてやっと気付いたモクの大きさを知った今は、心が向かう先へと足を伸ばしてもいいかと思える。
たとえ胸を潰す出来事が待っていても後悔しない一歩が今のスナロアには選べるから。
「よし、なら急ぐぞ。そのクソガキが目でも覚ましたらまた面倒になるからな。」
そうしてぺちゃんこになっているルマをスナロアに背負わせ、ダジュボイたちは出口を目指す。
混迷を極める現状の出口へ、そして陽の当たる世界へ向かって走り出した。
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