③ 兵器と王の血統





 とったったった。


「だから待てってのっ! ニポ、キペはどうした? 探してるのはあいつのことか?」


 ダイハンエイをほっぽらかした時点で予想はできていたが仕事はマジメにこなす「キペだけが行方不明」というのが気になる。


「ああ。もう助けたんだがベゼルってのを探して地下に行ったっきり戻ってないんだよ。

 それよりあんたらはなんだってんだい? ダジュボイじーさんとロロロロロン、あとなんつったかヘマ、だっけか、あの三人が一緒に動くならまだしもなんであんたら二人までお供するんだい?」


 おーい、おれがテンプだよー、とまだ叫んでる部屋をさっさと通り抜けて地階へ。


「あの、ニポさん、ごめんなさい。私、あなたと約束したのに・・・

 でも、でも諦めてはいませんからっ! 私、ニポさんみたいに諦めないでやってみせますからっ!」


 そこでアヒオたちに追いついたシクロロンが息を切らせて脇を走るニポに謝る。


「平和なシオンで会いましょう」の約束などすっかり忘れているニポはなんのこっちゃわからなかったが、少なくとも教会で会った時のような頼りなさやイジけたウジウジ感が振りほどかれているのは伝わる。

 そして垢抜けたシクロロンが見つけた己の信念に従って今この場にいるのだから、もう疎む理由はどこにもない。


 ただ、ニポの記憶の中には正しいシクロロンの名前がどこにもない。


「けけけ、株が上がったな腹巻き。あ、ちが、おれもおまえさんに借りがあるからな、いつか買ってやろうと思ってよ。腹巻き。」


 あーたぶんこいつこれからあたいのこと「腹巻き」って呼ぶな、と思うニポ。

 誰かがニポと呼ぶまではそうなるだろう。


「そらどーもさん。ぬお? あすこ開いてんぞ? ベゼルがいた・・・?

 いや、地下じゃなかったんだから、えぇとどーゆーこっちゃ? 

 こ、ウチのチペはどこだああああっ!」


 いろいろ考えてみたけどわかんなくなって叫び出すニポ。

 地下だからよく響くのでみんな耳がきんきんする。


「その部屋だアシナシ、シクロロンっ!」


 とそこへやや遅れて走るダジュボイが声を投げる。

 だものだからニポも一緒になってその部屋へ。



 しかしその途端、

 乗り込んだ四人の時間が止まる。


「へ?」


 その部屋は、明るかった。


「・・・んな、ロメンの村であのとき死んだはずじゃ・・・」


 他の部屋より火燈りが多く備えてあるからだが、


「・・・なーるほど、そういうことかい。」


 その理由が、


「宿主の記憶が・・・」


 だからわかる。


「ようこそ。」


 シクロロン以外はなんらかの形でダジュボイのとんがっている部分を丸くしたような穏やかなその顔を直接、もしくは似顔絵などで見知っていたのだろう。

 それが故に各々反応は異なっていた。


 そしてとたん、とたん、とたんと残りの三人も部屋へ入る。


「はぁ、はぁ、はぁ。・・・もう、動くべき時のはずだぞ。

 ・・・・・・兄貴。」


 ダジュボイが膝に手を置き声を絞る。


「あ・・・。あ・・・・・・。」


 知ってはいても、見慣れたダジュボイのような態度が取れないルマは声を詰まらせる。


「お、・・・お久しぶりです・・・スナロアさん。」


 そこでモクほどに親しく接したことのないタチバミが遅れて登場し、そのまま膝を折って頭を垂れる。

 そうしてやっと、シクロロンも頭が回る。


「へ? あ、え、あっと、あ、わ、私は『ファウナ革命戦線』の総長を務めるシクロロンにございます。あの、えっと、あ・・・」


 すべて終わるのを待たずアヒオが口をはさむ。


「ハイミンの語り部って・・・いや、おたくさんロメンの焼き討ちで死んだはずじゃなかったのかい。」


 確かに死体は確認されなかった。

 しかしあの状況下で生き残れるわけがない――――


「宿主が記憶をほどくことに抵抗しなくなった。・・・構わぬか、ムシマの。」


 ――――はずだが、一人いた。


 アヒオとシビノに守られた命が今もココにいる。

 暗足部部頭シビノは、リドミコの他にもう一人、大切な存在を守っていたのだ。


「ふくく。順応したようだな、素直なる巫女の娘。

 風の便りにあのシビノの懐刀が今も守り抜いていると聞いていたが、そうか。

 誇り高く立派な部頭だったな。このように素晴らしい男まで育てたのだから。


 貴公の名は?」


 あの時の光景が蘇ってきて


「あ・・」


 悔しくて悲しくて辛くて虚しいそれがやってきて


「う・・」


 口さがない侮辱に奥歯を鳴らす日々があって


「うぅ・・」


 でも、三神徒の中で最も尊ばれた男に褒められて


「う・・っく。」


 自分が、ではなく、愛するシビノが褒められて


「・・・っく。」


 それがうれしくて、うれしくてうれしくて


「・・は、」


 胸をいっぱいにするアヒオは崩れるように膝をつく。


「はい。」


 その男は、「裏切り者」と謂われもなく謗られてきたシビノを認めてくれた。


「はい。・・・わたくしは元『ファウナ革命戦線』情報班暗足部に身を置いておりましたアヒオと申します。」


 その男は、気高く雄々しい本当のシビノを在るべき言葉で讃えてくれた。


「ふくく。そうか。」


 それだけで、それだけで声も震えてしまう。


「・・・部頭は、シビノ部頭はわたくしの誇りにありますゆえ、あなたのお言葉、その全て、ありがたく頂戴いたします。」


 できんじゃん敬語、みたいにニポはアヒオを茶化すよう見遣るも、ふだん礼儀をどうともしていない者が畏まるとなにかこう、きゅんと胸を締めるものがあるのだろう、何も言わずにその一幕を静かに見守ることにしたようだ。


「へ? お兄さま・・・アヒオさん・・・『ファウナ』のヒトだったのですか?

 あ、だからあの時・・・」


 そうしてシオンでハクに殴りかかった場面を思い出す。


 あのとき確かに「部頭」と叫んでいたがシクロロンの代になってから「旧暗足部の謀反」は揉み消されるようにして俎上に上らなくなっていた。

 そうでなくとも組織の引き締めや総指揮を任されていたため深く知らなかったのは道理と云えよう。


 とはいえ自分を「旧暗足部に追っ手を向けた責任者」と知っていながら敵意を持たずに接してくれたことに、シクロロンはあたたかな気持ちと、この立場に求められている責任を感じずにはいられなかった。 


「んなにぃっ? じゃあアシナシ、オマエに引っ付いて離れないその語り部娘ってのは、まさか・・・


 ロメンの「巫女」なのかっ?」


 ダジュボイとしてはリドミコを「語り部の第八人種に人格を支配された村の娘」としか捉えていなかった。


 また、アヒオが『ファウナ』を追われた元暗足部の「アシナシ」だと知っていたタチバミも人格の代わるリドミコがロメンの巫女だとは思わなかったようだ。


「おー、なんだかよく分かんないよダジュボイじーさん。このちびっこが何だってんだい?」


 その存在が消えたことで神徒への求心力を低下させてしまう程の影響力を持つスナロアがここにいる、それだけでも民衆を動かし得る事態なのに、どうしてリドミコへと話が移るのかニポには理解できなかった。


「・・・。すまぬな、まだこの両の目は開きたがらぬらしい。

 しかし驚いたな。しわがれているそこの老翁と声の中の何か、「匂い」のような質感がソックリだからだろうか、間違えてしまったようだ。


 ところでスナロアとかいったなハイミンの語り部、お前の警告に我が宿主は忠実に従い「言葉を抑え瞳を隠してきた」のだが、事はそう単純でもないようだ。


 ムシマの、お前もその場にいたのだから知っていようが、あまりに酷すぎた。

 あの惨事を受け止めるには、あるいはあの状況と切っても切り離せぬ忠言を別にするには、この巫女は幼すぎたのだ。


 我々も宿主の望まぬ行為は避けたいのでな、時を待ってもらうより仕方があるまい。」


 リドミコが何を言っているのか解らないのはアヒオもシクロロンも一緒だ。

 でもそれが、ほどかれてゆく。


「構わぬ、メルの語り部。だが話すべき時ではある。

 ・・・タチバミ、ダジュボイ、〔光水〕や〔光石〕についてはどの程度調べが及んだのだ?」


 スナロアに一向話しかけられもしないルマはまだ息を飲むばかりで立ち尽くしている。

 朽ちた牢獄の中で腰掛けるだけの男にはそれほど募らせた敬意と想いがあったものの、何より圧倒的な威厳があった。今さら膝をつけることさえ憚られてしまうほどに。


「はい、スナロアさん。ワタシやボロウが調べた限りではまだ試作段階のようです。

 あくまで「遺産」を「用いる」だけであって〔光水〕そのものを作り出すことはできていない模様です。


 また進捗状況は調査が途中だったため定かではありませんが、このとおり既に量産に向けた準備は着実に進行しているようです。」


 するとタチバミは懐から指差し型の金属機〔らせるべあむ〕を取り出し、スナロアの前に差し出す。


「兄貴も知っているだろうが統府、というよりロウツが『スケイデュ』を使って性能の実験をもう済ませている。〔光水〕の転用はほぼ確実だろう。ただ〔光石〕についてはまだ手付かずのはずだ。

 そして、だからもう暗々裏にロウツの暴走を止めることは難しい。」


 かたん、と立ち上がり差し出された〔らせるべあむ〕を手にすると、スナロアはひとしきりそれを撫でて返した。


「一発限りとはいえ、ぱつーろくもナシか。

 ・・・ロウツの憎悪にはもう歯止めをかける者がないのかもしれぬな。」


 くたびれた椅子に再び座り、スナロアは憂いの嘆息を漏らす。


「ちょっと待てくんな、〔光水〕なんてモンがなんであるんだい? そもそも〔光水〕自体が何なのかだって解らない、って・・・」


 モクが言っていた。

 そう、言おうとして、言葉は止まった。


「ひと昔前まではそう思われていた。だがなニポ、よく考えてみろ。

 オマエの〔ろぼ〕の中枢機関である〔こあ〕ですら実用化できたんだぞ?

 モジャを始めとしてオレも兄貴もジラウも〔光水〕に関わっちゃいなかったが、それに次ぐ知識を持つウルアが学者どもを引っ張り込めばできなかねぇんだよ。


 大方ベゼルは〔光水〕や〔光石〕を含む〔ヒヱヰキ〕についてジラウから聞いていないか確かめるために囚われたんだろ。ロウツの目的は昔から〔ヒヱヰキ〕一本だったからな。」


 当時の肥大化した『今日会』は赤目やタウロの婿養子であるジラウを通じてダジュボイも接触していた。

 また舵の利かなくなった『今日会』に手こずるロウツや連れ手のウルアとは、後に『カラカラの経典解識班』で机を共にしたため染み出してくる危険思想には注視していたようだ。


「え、なんですかそのおいしい梨の品種みたいなものは?・・・あ、いや、えと。

〔ろぼ〕に〔こあ〕という神代の遺産が使われていることはエレゼさんたちから聞いていましたけど、どういうことです? 教皇はそんな神代の遺産で何を企んでいるのですか?」


 歴史を重んじるユクジモ人から成る『フロラ木の契約団』、教会図書や解古学に通ずる『解識班』などと異なり、『ファウナ革命戦線』には旧い時代に精通する学者は所属していなかった。


 そのため断片的に情報を収集しても「組み立てて導く」という作業が滞ってしまうのだ。


「総長シクロロン、〔ヒヱヰキ〕という言葉は耳にしたことはあるか?・・・そうか。


 だがそれが《緋の木伝説》の根源となる「センサフ」という壮大な戦を巻き起こした「兵器」である、ということはどうだ?


 私も〔ヒヱヰキ〕について完全に把握できていないのだがな、〔光水〕や〔光石〕は〔こあ〕同様、それに準ずる、あるいは属する存在であることは否定できぬ。


 そして私たちはひとつの結論を手にした。

 上代まで続く神代よりの知恵と知識の結晶たる〔光水〕とは光を、大地に降り注ぐこの陽光を圧縮して液体化したものであり、〔光石〕とはさらに押し固めた神威の産物だったのだ、と。」


 光をたとえギュっとやっても、特に大したことはないように思うシクロロンを横目に目をチカチカさせるニポはいきり立つ。


「んなアホなハナシがあるかいっ! この地上でそんな神がかり的な濃縮施設が作れるわけないじゃないのさっ!」


 強烈な破壊力を持つ物体を作ろうとするならば当然、最悪の失敗を考慮してひと気のない場所を選ばねばならない。


 しかし〔光水〕ならまだしもその何十倍何百倍、またはそれ以上の力を持つ〔光石〕となると、このアゲパン大陸まるごとを危険区域に指定しても収まらないのだ。


「ニポよぉ、オマエならどっかで察しがついてたはずだ。〔光石〕の製造ができる唯一の場所くらいな。

 信じられねーだろうがよ・・・劫茫界にヒトは、その製造施設も実験場も作り上げてたんだ。


 天空を遥か遥かに昇った無辺際の世界でなら、この地上とは違う理の成立するその世界でなら、めいっぱいの光を一滴の水に、ひと欠片の石に閉じ込める超・超高温高圧の実験が可能になる。

 まだ確認できちゃいないが光粒子の安定化に使われた準安定化合素子がたぶん高純度バファ鉄の結晶体だろうと見立ててるトコだ。


 ・・・ここまで言えばオマエらにもちったぁワカるんじゃねーのか?

《緋の木伝説》とは何か、そして「なぜアゲパン大陸が湾で縁取られているのか」がな。」


 まだ今ひとつのアヒオやシクロロンも《緋の木伝説》がただの「伝説」ではなく史実であると言わんばかりに語気が強まれば自然と鳥肌が立ってしまう。


 そして、《緋の木伝説》の真相がダジュボイやスナロアに解き明かされていたことにも。


「じゃあ、じゃあヒトは・・・本当に空を飛んだってのかい? あーはっはっはっ! 


 やっぱり、やっぱりヒトは空を飛べたんだっ!」


 おかしくなったようにニポは笑う。

 ただその顔は、静かに静かに閉ざされる。


「どういうこった腹ま・・・ニポ。それとリドがどう関係あるってんだ?」


 リドミコの話から派生していてもその全ては最後に繋がるのだろう。

 答えに急がないスナロアはニポの返答を待った。


「まず整理しな。この地上を吹き飛ばせる兵器があったのなら、それが超大規模な戦・センサフに実際に用いられたのなら、って。


 雨粒が地面を穿つ様を思い浮かべりゃ早いかねえ。

 一発で大地は半球状に抉り取られて砂が舞う。

 それに縁取られればアゲパンはトゲトゲの湾に囲まれる。


 そして〔光石〕は光だが熱もある。あるもの全てが燃えりゃ、赤に染まる。


「緋」に染まるんだよ。


 それが幾十幾百と弾ければどうなる?


「百万本の緋の木」になるんだよ。


 それがたぶん、《緋の木伝説》の全体像なんだろーさ。

 んでもまだ続きがある。そーいうこったろ? ダジュボイじーさん。」


 ニポの解説を半ば楽しそうに聞いていたダジュボイがその後を引き受ける。

 視線の先にいるスナロアもこころなし、うれしそうに頷いてみせた。


「フロラ系ファウナ系の「陽の木」「火の木」の差については大体予想できるだろうから割愛する。アシナシ、オマエの知りたいハナシはココからだ。


 いまニポが話したように〔光石〕に限らず〔光水〕もオレたちには想像もできん程の威力を持っていることはわかったな? そして〔光水〕がロウツたちによって使用可能な〔らせるべあむ〕として開発されてることも話した。


 だが開発には実験が必要だ。成否だけでなく性能を試すためにもな。


 ふぅ、アシナシ・・・オマエはもう、一度その現場に立ち会っている。

 そして二度目の実験も耳にしているはずだ。」


 大地をこそげ取る〔光石〕ほどではない〔光水〕と、瞬く間に焼き払われたロメンの村。

 二度目というのはたぶん、キペの故郷・セキソウの村のことだろう。


「・・・そんな、そんなバケモノみたいな力を使ってなんで、なんでリドの村やキペの村を失くさなきゃならないってんだよっ! ロウツは何を――――」

「そこでハナシが繋がんのさ、アシナシサン。」


 自分で話すより、たぶん誰より、その当事者が言葉を紡ぐべきだと思うタチバミはゆっくりとアヒオの目をその傍に寄り添う少女に向けさせる。


「・・・純血といった類ではないが、宿主であるこの巫女の血は、お前らの言う「ロクリエ王」とやらに関係しているらしい。」


「そん・・な・・・」


 そんなことを聞かされても心がすぐに受け止められない。しかし少しずつ、記憶の断片が光り出していく。


 当事でさえ絶大な支持のあったスナロアがなぜ辺境のロメン村へ一人で出向いたのか?

 死体が転がる中でなぜシビノが命を賭してまで「一人の少女」を守ったのか?

 スナロアがなぜリドミコに口を閉ざすよう命じたのか、そもそもなぜ、ロウツという権力者によってあの村が焼かれなければならなかったのか?


 辿り着く答えは一つ。


台王ロクリエの遺志」とも呼べる存在リドミコが、確認されたからだ。


「だが、・・・リ、リドは、巻き込ませないぞ。誰にも、誰にも巻き込ませないぞっ!」


 ロクリエ王に深く関わるリドミコが生きていること、それを元・暗足部の男が守っていることがスナロアたちに知られていたのだ、やがてはロウツや他の組織が嗅ぎつけて政治に利用することは明白だ。


 さらにそれが流布されればフロラ系人種からはリドミコ台王の子孫を担ぎ出そうと触手が伸ばされ、ファウナ系人種からは「ユクジモ人の王誕生」を阻止すべく刃が向けられることになるだろう。


 自分も世間もその「大いなる事実」を知らずに済んだ日々でさえ苦労は絶えなかったというのに、これからは今までの苦労の旅路さえ望まねば叶わぬものとなってしまう。


「・・・。焦るなアシナシ。オレたちがその巫女を旗に掲げるつもりなら既にそうしている。オレも兄貴もそれより先にロウツの暴悪をなんとかしたいと思ってるところだ。」


 ちら、とまだ立ちんぼうのルマに目を遣り、アヒオを諫める。

「ロクリエ王の再臨」とでも銘打ちユクジモ自治州の独立でも謳うかと思ったルマも、心の整理がつかないようだ。


「あの、えっと、話の腰を折って申し訳ありません、ではなぜセキソウの村までが焼き払われたのですか?

 私、というよりココにいるヒトすべてに関わった「キペ」という青年がその村の出身なのです。


 思い出話に彼から聞いた限りではとても統府に反旗を翻す組織が潜伏しているようには思えませんし、それにファウナ系人種なのでユクジモのロクリエ王との関連も希薄に感じられるのですが。」


 ロメンの焼き討ちの「首謀者」として挙げられた『ファウナ』の長も、統府とパイプがないこの現体制下で〔光水〕の性能を試したのはデイという裏切り者だろうと予測できた。


 だが、敵対する統府、あるいは『スケイデュ』が見境なく兵器を使用したのなら守りようがない。

 未然に防ごうにも何を基準に、どんな理由でキペの村・セキソウが選ばれたのか掴めなければ作戦の立てようがないのだ。


「それは――――」

「んだっ! そーだっ! チペを探してたんだっ! んじゃねっ!」


 スナロアを遮り踵を返すニポ。


「そこを出て東へ向かった。ロウツと共にな。・・・タチバミ、付いていってあげるといい。」


 はい、と頭を下げて、あれ、どっちから来たんだっけ、とやっているニポの手を取りタチバミは走り出す。


「ちっ、ロウツが来てたのかよ。なんでヤツ本人・・・」


 とそこへ。


 んごごごーんっ!


「外かっ! けけ、そーだよな。呑気にこんなトコでしゃべってもいられねーか。


 神徒スナロア、あなたのことです、故あってここに留まり続けたこととお見受けしますがしかし、わたくしらと共に抜け出ていただきます。


 ・・・リドの血がどうあれ、この第八人種を取っ払うにはハイミンの語り部であり広くを深く知るあなたの力が必要なのです。


 それにおれ、わたくしは、さっき言ったキペって男がどうにも心配なのです。

 たぶんあいつにゃココにいる者たちを結ぶ由来があるのでしょう。それをわたくしは知りたいとは思いません。


 とはいえ無茶なバカ正直が理由も知らずに呑まれてゆく様を見るのは胸が痛みます。


 神徒スナロア、あなたは縒られたこの細糸の行く先を見通せるはず。

 どうか、己で繋いだその桎梏、今この時をもって解き放っていただきたいっ!」


 教皇ロウツに知られながらも安全だったこのコロナィを離れることなどスナロアは望んでいないのだろう。この地を終の棲家と決めたからこそ居続けたのだろう。


 だがアヒオやリドミコ、そしてイモーハを信奉する者たちにとってその男は地上へ引き摺り出さねばならない存在だった。


「ならば助けにゆくといい、暗足部のアヒオ。私は残る。・・・そうすべき、罪人なのだ。」


 く、と歯を食いしばるアヒオの横でダジュボイもそれに倣う。


「だから何度も言わせるな兄貴っ、いったい誰がアンタを罪人だと名付けたっ! 


 確かにアンタは止められなかった、ロメンの悲劇もそこいらで続く小競り合いも疎まれた者たちの悲しみもっ!


 だがなんでソレがアンタ一人の責任なんだっ? アンタが罪人ならオレたちは何だっ? ロウツは何だっ!


 ・・・モジャ公はな、アンタの沈黙をギリギリまで守り抜いたんだぞっ! アンタはワシより素晴らしいヤツだからって、アンタが自力で動き出すまでは迷惑掛けらんねーって、ずっと待ち侘びてたんだぞっ!


 それだけじゃねぇっ、待ってるのはオレもシクボもアンタに光を見た民たちも一緒だっ! 

 迎えに来たんだ、もう自分を責めるのは終わりにしろっ! スナロアぁっ!」


 コロナィの近くに兵団小隊でも常駐させていたのだろうか、外から漏れ聞こえてくる争いの音は先程よりずっと大きくなっていた。

 ダイハンエイの動かない今、武器を用いずに抜け出せるか雲行きが怪しくなってきたようだ。


「ダジュボイ、だからおまえに託したのだ。おまえは私よりも心が強い。そしてモクがいる。モクは私よりやさしく、そして知識も深い。


 ・・・モクは、どうしているだろうか。」


 それが、


「・・・な、」


 逆鱗だった。


「・・・何を、」


 自分の不甲斐なさに打ちのめされたこともあったが、


「何をおっしゃっているか・・・」


 はっきり言って、


「・・・モク、さんは・・・」


 スナロアが気に入らなかった。


「モク、さんは・・・モクさんは死にましたよっ! 


 い、い、い、いい加減にしてくださいっ! な、なにをイジヤケてるんですかっ!


 私はっ、私はモクさんというヒトをよくは知りませんっ! 誰より何が優れているのかも知りませんっ!


 だけど、だけどモクさんがニポさんやパシェちゃんを育てたのは知ってますっ! あ、あ、あなたなんかより、ずっと、ずっと素晴らしいヒトなんだっ!


 あなただってニポさんを見たでしょうっ? 


 本当は仲間でもないキペさんのために走っていったでしょうっ? 

 捕らえられたパシェちゃんやココにいたベゼルさんのために真っ直ぐに走るヒトなんですよっ! 


 誰かのために走るヒトなんですよっ! 


 守りたいヒトがいるからっ、守りたいヒトを取り戻したいからっ! 


 捻くれてないで出てきなさいっ! 


 あなたはっ、ヒトのぬくもりさえ知らないくせに神徒を名乗っているんですかっ!」


 恐かった。


 恐くて恐くて、でも、心の中のニポを目指して震える声は言葉を探して放たれる。


 怒鳴られてもいい、笑われてもいい、『ファウナ』のためでなくていい、誰かのためでなくていい、ここを出て、光をまだ知るその閉ざされた目で見てもらいたかった。


 どんな高尚な思想の果てでこの地をこの部屋を選んだのかは知らないが、見てほしかった。感じてほしかった。



 この世界は、この世界の住人は、スナロアの描くものだけでは決してないという当たり前の真実を。


「・・・・・・暗足部のアヒオ、ニポやタチバミと共に、あのシペという青年をどうか連れてきてはくれぬか。

 ・・・やはりいま一度、あの青年に会っておきたい。」


 モクが死んだという事実がたぶん、一番にその老翁を揮わせたのだろう。


「はい。しかと。」


 だが、自分の四半分にも満たない未熟な長の、しかしまっすぐな声に動じなかったわけではない。


「よ、シクロロン、肩ぁ貸してくれ。兄貴もデカイからな。そこのカカシじゃ役に立たねぇ。

 ・・・腹ァ決まったんだろ、兄貴。」


 そして罪と過ち、罰と戒め、その意味と意義とに迷い悩む心が忘れていた、いつかの友の皮肉が動かす理由を与えてくれる。


「ヒトが裁くヒトの罪など神の前では茶番にすぎん、か。・・・ふくく。


 ああ、時がヒトが私の何かを求めるのならばくれてやろう。私の罪、未来の罪、ならばこの身で払ってのけよう。


 総長シクロロン、ありがとう。

 ・・・モクを、私の大好きな友人を連れてきてくれて。ありがとう。」


 モクがもう会えぬ者となった今、その判断は遅すぎた。


 憂いの海に悔恨が荒く波を立てるのも感じていた。


 それでも、そんな自分を友と呼び、信じ、待っていてくれた男がいた。


 この手の届かぬ何かを持っていた男を、いつも遠く感じながら、本当は憧れていた。


 本当は、嫉妬していた。


 モクはそれを知っていたのかもしれない。


 モクはヒトのぬくもりを、やさしさを知っていたから。


 スナロアの憧憬を感じていながら、スナロアの底力を信じていた。


 死んでしまって、

 会えなくなって、


 やっと気付いた。


「ふくく、私ではモクに及ばぬがな。・・・・行くとしよう、共にな。」


 自分はそんなに立派ではないのだ、ということに。


「めめめめめ滅相もありませんっスナロアさまっ! あの、あ、あの、過ぎた事を言ってしまってもう・・・」


 びたーん、とうつ伏せに人の字になるシクロロン。もう、ごめんなさーい、みたいになっている。


 その、ちょっと低すぎる頭にアヒオは手をやる。


 もう『ファウナ』に属さない、一人のムシマ族のアヒオとして褒めてやりたかったのだ。


 そして、背筋を正してシクロロンに膝をつく。


「さ、後は頼んだぜさん。そんではおれたちゃキポ組を・・・・なっ?


 いや、・・・そんな、まさか・・・ 


 り、り、りろたーんっ!


 りろたんが戻ってきたのらぁーっ! あぱぱぱぱ、りろたんなのらーっ! あぱぱ、あーたんはうれしーのらーっ! ひー、ばぶーっ!」


 そして、あぱぱぱ、ばぶーっ、と言いながら男は風のように走り去っていく。

 もう引き攣りきった愛想笑いのリドミコを掲げて。

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