君の隣 小林さんと佐藤くん(小林さんサイド)
私は今、同じクラスの佐藤くんと一緒に登校している。
とはいっても、他の誰かが見たら一緒と思うかは分からない。
私は佐藤くんの横ではなくてやや後ろを歩いていて、会話もほとんどしていないから。
歩くのが遅い方ではないけど、今日はとてもゆっくりと歩いている。
佐藤くんの本来のペースからしたら、おそらくは耐え難いほどの。
察して、先に行ってくれないかなぁ。
こんなことになってしまったかもしれない、ここ数日のことを私は考える。
私は電車と徒歩で高校に通学している。
数日前、金曜日の帰りの電車でのことだ。
電車が来る前からホームで待っていた私は、電車が到着してすぐに乗れたこともあって、楽にロングシートの一人分を確保して座ることができた。もっとも、席が完全に埋まることはなくて、私の隣も空いていたから大したことではないのだけど。
発車が近付く中、急いで乗ってきた男子の姿があった。
私服姿ではあるけど、見覚えのある顔。同じクラスの佐藤くんだった。今の二年生になってから一緒のクラスになった男子だ。
佐藤くんは高校に歩いていける距離の生徒だったはず。私服だし、どこかに行くのだろうか。
「あ、佐藤くん」
思わず声を掛けた。佐藤くんが入ってきたドアのすぐ斜め前に座っていたから、向こうが既に私に気が付いているかもしれないと思ったのもある。
「ここ、どうぞ」
自分の隣が空いているのに他の空いている席を促すのも変かなと思い、私の隣の席に座るように案内した。
「あ、うん。ありがとう」
佐藤くんが素直にそこに座る。遠慮しているのか、少しばかり私との間に距離がある。
うんうん。その距離感いいぞ。
今までもいくらか話したことがあるのに加えて、この距離感に好印象を持ったこと。そして、隣に座ったのに一人でずっと本を読んでいたなんて言われる女子になりたくないのもあって、佐藤くんと会話をして帰ることにした。
佐藤くんとの会話は、話の内容や調子が合うのか意外と楽しかった。
いずれ、私が降りる駅が近付いた。
会話の中で分かったことだけど、佐藤くんはまだ先の駅の方に用事があるらしかった。
「じゃあ佐藤くん、私、次の駅だから」
話が途中で終わるのが嫌な私は、早めに宣言した。『もう長い話は駄目だよ』ということだ。
楽しかったかも。悪くない時間ではあったな。
「あ、あの、小林さん」
佐藤くんが少し震えたような声で私の名前を呼ぶ。何だろう?
「何?」
「よかったら、連絡先交換しない? もっと、色々と話したいし」
私と?
もっと話したい気持ちは私にもないわけではないけど、男子と交換することには不安もあった。
でも、その程度をお断りするのもクラスメートとしてどうなのだろうという気持ちが勝ってしまった。
もうすぐ駅に着いてしまうから、回答を急いだのもあるかもしれない。
「うん、いいよ。でも、急がなきゃだね」
このとき、急いでお互いの登録作業をしたのは本当だ。どうしても交換したいというのではなくて、駅に着くまでに終わらせないといけないという一種の義務感のようなものだったと思う。
「間に合ったね〜。じゃあ、またね」
駅に着いたと同時くらいに登録は終了し、私はそう言って軽く手を振りながら電車を降りた。
家までの帰路、私は佐藤くんと連絡先を交換したことの不安が拭い去れないでいた。
変なメッセージが来たりしないよね。
ううん。自意識過剰。単に一人のクラスメートを追加で登録しただけ。私も、佐藤くんも。
“こんばんは”
その夜、ベッドに寝そべって暇つぶしの動画を観ていた私に、佐藤くんからメッセージが届いた。
“こんばんは”
“どうしたの?”
さすがに暇つぶしの動画を優先したりしない。
私は素早く佐藤くんに返信をする。
交換したら、まず少しは送ってみたくなるよね。今日の話は楽しかったくらいの社交辞令でもくるかな。
“小林さんって彼氏いる?”
“いたとして、こうして男とやり取りするの大丈夫?”
意外なメッセージだったけど、こういうのを気にする人もいるのかくらいで、このときは素直にすぐ答えを返した。
“いないよ”
“だから大丈夫”
そう返してからややあって、佐藤くんの『彼氏がいるのかどうか』のメッセージが妙に気になり出していた。
あれは、本当にただメッセージなり電話なりのやり取りをすることを気にしたメッセージだったのか。
不安が強くなった私は、女子の友達である高橋さんにメッセージで相談してみることにした。
“ちょっと、いい?”
“どした?”
“彼氏がいるかどうか聞いてくる男子ってどう思う?”
“聞かれたの?”
“うん”
“誰?”
“同じクラスの佐藤くん”
“佐藤か”
“それは”
“小林が好きなんじゃないの?”
“やっぱりそう思う?”
“思う”
“彼氏がいたら遠慮しないとって思ってる可能性は?”
“知らん”
“ちょっと、マジメに”
“小林はどうしたいと思ってるの?”
“ただの友達ならいいけど、付き合うとかはちょっと”
“じゃあ、もし告られたら振ればいいだけじゃん”
“振るのも嫌だけど”
“佐藤の気持ちは知らんけど”
“好かれている可能性があって”
“大して興味がないなら”
“期待を持たせないように”
“振る舞えばいいんでない?”
“例えば?”
“メッセージはブロックすれば手っ取り早いけど”
“角が立つから嫌だって言うんだろ?”
“うん”
“これからメッセージが来ても”
“ゆっくりと返信するとか”
“すぐに会話を打ち切るとか”
“興味のなさアピールだな”
“なるほど”
“少し考えてもいいと思うけど”
“リスクがあるのは小林だもんね”
“あとはお好きなように”
“分かった”
“どうもありがとね”
考えてもいいと思うと、高橋さんは送ってくれていた。
でも、その答えが出る前に、佐藤くんから何度かメッセージが送られてきた。
とりあえず、高橋さんのアドバイスを実践して返信を遅く、やり取りは長くならないようにしてみた。
学校内では佐藤くんが積極的に話し掛けてくることもなかったので、しばらくはこの状態で様子をみようとしていた。
ある日の登校中に、佐藤くんに会ってしまうまでは。
「小林さん、おはよう」
「えっ!」
学校の最寄駅に降りて少し歩いた後で、声を掛けられて私は振り返る。
声で誰か大体分かってはいたけど、違う人であってほしいと願っていた。
今まで登校中に会ったことはないから、可能性はあるはず。
「あっ」
願いは、ものの見事に叶わない。
「おはよう」
何とか笑顔を作って、振り絞ったような声であいさつをした。
「一緒に行こうよ」
どうして?
そんな仲じゃないでしょう?
人に見られて、誤解もされたくない。
そう思ったけど、自意識過剰の面もあるし、自分が悪者になるようで断るのも気まずい。
「う、うん」
うわの空だった。
佐藤くんが何か聞いてきていたけど、私は適当に返事をするばかりだった。
あまりまともに対応していると、楽しんでいると思われかねない。距離をさらに詰められかねない。もしかしたら、明日からも一緒に行こうなんて言い出すかもしれない。待ち伏せされるかもしれない。
家が近ければ、忘れ物をしたとでも言って引き返すこともできたのに。
私はゆっくりと歩いて、それに痺れを切らした佐藤くんが一人で歩いて行くように促すことにした。
佐藤くんは我慢強いのか、相当ゆっくりな私に合わせて歩いていた。
気付いてよ。
私は今、あなたと一緒に歩いていたくないの。
そんな時、信号機のある横断歩道に差し掛かる。
信号は青だった。
佐藤くんが渡っている真ん中辺りで、青信号は点滅を始めた。
チャンスだと思った。
私も横断歩道内に少し入っていたけど、後ずさって横断歩道前に戻った。
佐藤くんが渡った後でこちらを見る。
私はその視線に気付かない振りをして、下を向いて目を合わせようとはしなかった。
青信号の点滅がその内に終わり、赤信号に変わる。
これは、私たちを隔てる赤。
さすがに、もう察してくれたよね。
おそるおそる顔を上にあげると、一人で足早に歩いて行く佐藤くんの背中が見えた。
よかった。ようやくだぁ。
解放された私に応えるように、信号が再び青になった。
横断歩道を渡り、私もいつものペースで歩く。遅くはなくても、佐藤くんの方がずっと早いから追いつくことはない。
「小林、おはよー」
上機嫌になった私に、今度は聞き慣れた女子の声がする。高橋さんだ。分かれ道から合流してきたようだ。
「高橋さん、おはよう」
もう飛び切りの笑顔であいさつをする。
「随分と機嫌がいいな。何かあったのか?」
私は先程の出来事を高橋さんに話した。
「ふーん。一緒に行ってやればよかったのに」
「そんな。興味のなさアピールを教えてくれたのは高橋さんでしょう」
「ここまでは言ってないけど。ま、これ以上ないアピールにはなったんじゃない?」
「だといいんだけど」
「彼氏ができれば万全なんじゃない? 今日、一緒に行くよね?」
数名の男子と女子で遊びに行く話のことだ。佐藤くんはこういうのに来ないから、会う心配はないな。
「もちろん」
その日、なぜかいつもは来ない佐藤くんが来て気まずい思いをするなんて、この時の私は予想だにしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます