よければ、君とお話を

成野淳司

君の隣 佐藤くんと小林さん(佐藤くんサイド)

 どうして、こんなことになったのだろう。


 俺は今、同じクラスの小林さんと一緒に登校している。


 しているのだが。


 会話がないうえに、小林さんは少し離れて歩いているような気がする。そして、異様にゆっくりと歩いている。間違いない。


 数日前、電車で楽しく話をしていたのが嘘のようだ。



 俺は徒歩で、小林さんは電車と徒歩で高校に通学している。

 用事で小林さんの帰りの方面の電車に乗った際、ちょうど小林さんが家に帰るために同じ電車に乗っていたようだ。

 ぎりぎりで乗り込んだ俺と違い、余裕を持って乗っていたのか小林さんは既に座っていた。


 小林さんとは今の二年生に進級して同じクラスになり、通学方法を知っている程度の関係だった。


「あ、佐藤くん」


 あいさつ程度の声掛けはしておこうと思っていたが、俺に気が付いた小林さんが先に声を掛けてくれた。それだけではなく。


「ここ、どうぞ」


 座っているロングシート。その空いていた隣の部分をぽんぽんと叩き、そこに座るように促してくれた。


「あ、うん。ありがとう」


『隣に男が座るな』なんて言う女性もいるらしい中で、笑顔でそう言ってくれた小林さんに俺はお礼を言って座った。


 小林さんは本を読んでいたようだったが、それを鞄にしまって俺と会話をしてくれた。どちらかが一方的に話すということもなく、お互いがしっかりとやり取りする紛れもない『会話』で、とても楽しかった。



 いずれ、小林さんが降りる駅が近付いた。


「じゃあ佐藤くん、私、次の駅だから」


 話が中途半端で終わらないように、話の節目で宣言したのだろうか。駅に着くまでにはまだ僅かな時間があった。


 もっと話したい。友達に、なりたいなぁ。


 今までもいくらか話す機会があって思っていたことではあるが、この日の出来事でより一層その思いを強くしていた。


 もう時間がない。勇気を出せ。


「あ、あの、小林さん」


「何?」


 変わらず、笑顔で対応してくれる。それが、俺の不安と緊張を少しほぐしてくれた。


「よかったら、連絡先交換しない? もっと、色々と話したいし」


 ほんの僅かに間があったような気がしたが、気のせいであったかもしれない。


「うん、いいよ。でも、急がなきゃだね」


 もう電車は駅に止まりそうになっていた。俺と小林さんは急いで登録をする。


「間に合ったね〜。じゃあ、またね」


 駅に着いたと同時くらいに登録は終了し、無事に連絡先を交換することができた。



 その後、用事を終えて家に帰った俺には一抹の不安が生まれていた。それは、小林さんの彼氏の有無だ。ただの友達だとしても男とのやり取りを嫌う彼氏と付き合っていたりしたら、メッセージを送るなどしたら小林さんの迷惑になるかもしれない。そう考えていたのだ。


 聞いてから、交換するべきだったなぁ。


 交換の時間が少なかったことで、あの時は完全に失念して確認ができなかった。


 どうしようかと思いつつも、思い切ってメッセージで聞いてみることにした。


 “こんばんは”



 “こんばんは”


 “どうしたの?”


 すぐに返信がくる。俺はそれに倣うように次のメッセージを送った。


 “小林さんって彼氏いる?”


 “いたとして、こうして男とやり取りするの大丈夫?”


 ドキドキした。

 返答次第では、小林さんとはこうしてメッセージを交わすことはできないから。


 “いないよ”


 “だから大丈夫”


 またすぐに返ってきた。


 よかった。



 ただ、気になることもあった。

 その後も何日かメッセージのやり取りをしたのだが、最初のやり取りが嘘だったかのように小林さんからの返信が遅く来るようになってしまったのだ。

 もっとも、小林さんのメッセージの返信の早さは知らないのだから、これが小林さんの当たり前で最初が小林さんとしては早過ぎたという可能性もあったのだが。



 その気になることも、今のこの状況に関係しているのだろうか。


 朝、早くから学校に行ってやらなければならないことがあった俺は、いつもより早く家を出ていた。そして、その登校中に小林さんが登校している姿を見つけた。

 電車で楽しく話したこと。連絡先を交換して、いくらかやり取りしたこと。

 声を掛けることに、ためらいはなかった。


「小林さん、おはよう」


「えっ! あっ、おはよう」


 少し引きつった顔であいさつを返された気がした。少なくとも、電車で見たあの笑顔では決してなかった。


 でも、偶然会えたこととまたあの楽しい会話ができると舞い上がった俺に、それを強く疑問に思う感性は消失していた。


「一緒に行こうよ」


「う、うん」


 それから、二人で学校に向かうことになったのだが、あの時のような会話はできなかった。

 話し掛けるのは常に俺からで、小林さんは「うん」とか短い言葉で返すばかりだった。


 そして、今の状況に至る次第だ。


 どうしたんだろう? 機嫌が悪いのかな? 俺、何かしたっけ?


 そんな疑問が頭を過っていく中、道路の向こう側に俺と小林さんのように男女二人で一緒に歩いて登校している生徒たちがいた。いや、ようにではないか。明らかに距離感が違う。とても仲が良さそうだ。


 何が、違うんだろうなぁ。


 目線を前に戻すと、信号機のある横断歩道に差し掛かる。

 信号は青だ。

 横断歩道を進むと、その真ん中辺りで青信号は点滅を始めた。

 軽く後ろを見ると、小林さんもちゃんとついてきそうだったので急ぎ足で渡り切った。


 渡った後で、体を捻って後ろを見る。

 小林さんは、横断歩道を渡らずに向こう側に残っていた。下を向いて、俺とは目を合わせようともしない。

 青信号の点滅はいずれ終わり、赤信号に変わった。

 赤色のそれは横断歩道を渡ることができないだけではなく、小林さんからの『こちらに来ないで』という意思表示にも思えた。


 そうか。

 はじめから、俺は小林さんと一緒に歩いてはいけなかったのだ。


 捻った体を元に戻し、俺は一人で学校へと歩みを進めた。


 何を思い上がって、勘違いしたんだ。馬鹿野郎。



「てなことがあってな」


 昼休み中、近くに他の誰もいない教室の片隅で、俺は友人の鈴木にそのことを話していた。


「へぇー。小林がそんなことをねぇ。彼氏のことなんて聞くから、警戒させたんじゃないのか?」


「だって、ただの友達が彼氏との争いの火種になるわけにはいかないだろ」


「考え過ぎなんだよ、お前は。嫉妬深い彼氏がいるならそもそも連絡先を教えないだろうし、迷惑に思ったのならその時にスルーかブロックするだろ。とりあえず、彼氏の有無は気にせずにやり取りするべきだったな」


「お前だからできるんだよ、そういうことは」


 鈴木。男子だけではなく、女子ともよく話すし遊ぶ奴。どうしたらこんな風になれるのだろうか。いや、なりたいわけでもないのだが。


「まぁまぁ。女は星の数ほど、ってやつさ。ちょっと高橋と話をしていてな。男子と女子何人かで遊びに行こうって話になってるんだ。たまにはお前も来いよ。新しい出会いがあるかもだぜ」


 高橋さん。ウチのクラスの女子のリーダー格の一人。


 鈴木、お前の人脈はどうなっているんだ?

 クラスの男子から『クラスにあいつがいてよかったよな』なんて言われるわけだ。


「そう、だな。行かせてもらうかな」


「決まりだな。そうこないとだ」


 傷心のこともあって大して考えもせずに話に乗ったのだが、その遊びに小林さんも来て気まずい思いをすることを、この時の俺はまだ知らない。

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