第三章『漸深層で心が奔流する』
transparent lips
合宿十六日目。昨日は合コン寿司があったけど、タイミングを逃し続けた俺は、やっと天草先輩に好きだと告白した。良くも悪くも、大きく進展すると思ってたけど現実はそうじゃない。
まさか天草先輩からミホに好意を寄せられてると教えられる事になるなんてな。しかも俺の告白の返事は、ミホを失恋させてからという理にかなってるようで違う、霧雨に打たれるような条件を付けられてる。
でもここで振ることが出来るなら、一途の証明にもなる訳で。そしたら、俺の事を見直してくれるかもしれない。
そんな状況もあって朝から考え事ばかりだ。今は午前九時くらいで、また今日も同室の透明人間二人はいない。コモケーは昨日が大会だったけど、完治したから来なくて良いと五島先生から通達されたのもあって、あれから結果がどうなったかも分からないままだ。
今すぐ【サムバの大会結果】【女子の振り方】の二つをネット検索したいのにスマホが使えないから、
そこにユニットバスでスキンケアを終えたミホが出てきた。今日も制服を着て指示待ちって感じだから、こうしてお互いゆっくり出来るタイミングだ。
ベッド階段で上へいくミホを見て、俺は起き上がって壁に背中を押しつけた。部屋で二人っきりだし、ミホを振るなら今しかない気がする。
「なあ、今話せるか?」
「いいけど?」
上に向かって話しかけたら、ミホから返事が来た。このままでも話せるけど、ちゃんと顔を見ておかないとダメだよな。あぐらに座り直しながら、下に来るように提案する。
「俺のベッド中まで来れる?」
何も考えずに言った事のヤバさに気付いてハッとした。これ、俺のテリトリーに来いって言ってるようなもんだ。まずい、死ね変態って言われるぞ。訂正しようと身体を前に出した瞬間、ベッド階段にミホの足が見えて上から下りてきた。
「……お邪魔、します」
目を合わせず、一言添えた制服のミホは俺のベッドに手を付いて入ってきて、足側隅っこの位置に体育座りした。本当に来ると思ってなかったから俺も遠慮して離れるけど、なんでこんなに狭くて、近いんだろう。
「マジで、来るんだ」
「
「ミホに聞きたい事があって」
俺が真面目に言うとミホは急に縮こまった。多分、何もしねぇよとか動揺すると思ったら普通に返されてびっくりしたんだろうな。安心しろ、エロい事なんか絶対しない。確認がしたいだけだ。
【ミホノセキって北水さんの事が好きみたいだよ】
天草先輩はああ言ってたけど、信じられない。お前って俺の事好きだろなんて、性格上死んでも言える気がしない。どうしたらミホの好意を確認出来るか分からないけど、とにかく話を振るか。
「昨日の合コン寿司、どうだった?」
「色々な生徒と話せて楽しかったよ」
「そうか」
会話が止まる。ミホからガッツリ話して欲しいのに、ここは俺が引っ張らないといけないのか。とりあえず、内容を繋いでみよう。
「ミホって結構、好みの理想高い……よな」
「あんなの、全部出任せだから」
「じゃあ、本当はどんな奴がタイプなんだ?」
「なんで教えないといけないの」
ちょっと声に圧があって、俺は「ごめん」と謝ってしまった。これに触れ続けるのは危険かもしれない、次の話題に切り替えだ。
「あの、さ。三人の中で彼氏にするなら、俺って……言ってくれたじゃん?」
「うん」
「それって、もしかしてさ……」
「違うよ。あの場で一番、反応面倒じゃないのがきーちゃんだったってだけ」
「だよなあ」
やっぱり昨日予想してた通りじゃん。俺が好きかどうかスルリと聞き出せそうな内容だったのに、これも流れていっちまった。ただ【俺は天草先輩が好きだから、ミホの気持ちには応えられない】と言うだけなのに、場面作りがめちゃくちゃ難しい。
「でもきーちゃんが彼氏だったら、楽しいだろうなあ……とは思うけど」
「え?」
「将来性は無いけどねッ!」
「うぐッ、お嬢様が言うと火力が高い!」
一瞬ドキッとしたが、お馴染みのやり取りを挟んだ後は、お互いクスリと笑う。心地いいけど、一瞬で終わる。今までと、ちょっと違う。
「それより、アマユユスにいつ告白すんの?」
「あ……。その事だけど」
「何回も告白するとか
「告白なら昨日した、この部屋で」
ハッと胸にくる呼吸が聞こえた。告白をしたと言ってから、俺の全ては微動だにしてないけど、ギッとマットレスを手で押したミホが身を前に出す。
「どうだった?」
「返事待ち、って感じだけど」
「……。そっか」
結果を聞いたミホは、また体育座りに戻った。なんとも言えない空気が続いて、天草先輩とコモケーがいない反対側のベッドを見ると、昨日の事が頭に蘇ってくる。
どうなるかまだ分からないけど、告白出来た事に後悔はない。こうして迷わず行動できたのも——。
「ミホが不機嫌だったおかげで、俺は天草先輩に告白出来たんだよ」
「はぁ? 何それどういう意味⁉︎」
「意気地なしって態度から出てんの、めっちゃ焦らされた。あんなん、マジで男見せねぇとな〜ってなるし」
「……」
「ミホがいなかったら、ずっとウジウジしてたかも。本当に、ありがとな」
心穏やかに感謝しちゃったけど、話の目的はそれじゃねえわ。視点を反対ベッドからミホに戻すと、膝に顔を埋めて、んうぅうと唸っている。いや、あれは深呼吸か。
「ずるい、ほんっと、ずるい……!」
いきなり怒って顔を上げたかと思えば、ベッドをポフポフ叩いてる。女子のヒステリックには触れてはならぬと大人しく見ていたら、ミホはキッと圧のある顔を向けた。
「……ねえ! 返事待つのって不安⁉︎」
「え。そりゃあ、落ち着かないだろ」
「なら……励ましてあげる!」
「なんだ? 三三七拍子でもしてくれるのか」
結構勢いあったから、応援団的なのかと思った。でもそこから、ミホは視点を一瞬、逸らして——俺を見つめる。
「ちょっと、耳……貸して」
耳打ちしたいのか、ミホは控えめに手招きしてきた。気になって顔を近付けたら、マットレスを踏む音の後にスッと右頬についばむような柔らかさと吐息が触れた。
軽いイメージのそれは、押されるようで——じっくりとしている。ミホの両手と身体が右肩に預けられて、力に逆らえない俺の身体が右に傾く。一瞬と言い表せない時間をかけて、寄せられた全てが離れた瞬間、熱い右頬に手で触れてミホを見た。
「え……はぁァッ⁉︎」
お前、今ここにキスしたのか。慌てた目力で確認を急ぎながら、全身で狼狽える先にいるミホは、また顔を膝に埋めていた。
「和泉沢式の励まし……ってやつ、ね」
「お嬢様って、励ましでこんな事してくれんの⁉︎」
「うちの学校は、グローバルだから!」
これくらい普通みたいに言ってるけど、耳まで真っ赤にしてるじゃんか。収拾つくのか、この状況。
「不意打ちした意味は⁉︎」
「きーちゃん、恥ずかしがると思って……」
「仕掛けた方が恥ずかしがってんじゃん!」
「そんなことないッ、そんなことないぃ……」
「あの、ミホ……俺さ」
ギシッと俺が近付いた瞬間、慌てたミホはドタドタとベッドを這って、そのまま部屋から逃げるように出て行ってしまった。残された俺は右頬に手を添えたまま、そこから動けなかった。
「これ、確定みたいなもん……じゃね」
俺の事が好きかもしれない。天草先輩からそう指摘されてから、ミホの行動言動の深読みが止まらない。俺が彼氏だったら楽しいとか、ほっぺにキスするとか、なんかもう、そうとしか思えなくなる。
これから俺は、あんないい奴を不幸にしないといけない。ミホが素直に好きって言ってこないのは当然じゃねえか、最初からダメだって分かってるからだぞ。
「どうすりゃいいんだよ、こんなの……」
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