好意が泳ぎ出す

 高校生達の声がバチャバチャ跳ねる水槽リビングから戻ってグループの部屋に入ると、左側の上下段ベッドで寝ている気配が俺を出迎えた。

 ラップに包んだ寿司を持ってコモケーのベッドを覗くと、掛け布団を抱きしめて、だらしない格好でガチ寝していた。なんだろう。ミホは不覚にもグッときたけど、コモケーはピンとこない。同じ女子高生で透明人間だとこんなに違うってあるのか。


 とりあえず俺のベッドに寿司を一旦置いて、天草先輩が休んでいる上段ベッドを見た。ロールカーテンは閉めてないけど、いつも通り背中を向けて横たわったパーカー姿が確認出来る。ずっと具合が悪いけど、どうしちまったんだ。


 その様子を見て飲んだ固唾が、俺をベッド階段に向かわせた。下でコモケーが寝てはいるけど、天草先輩と直に話すチャンスに間違いない。今なら、好きと言えるかもしれない。ギシリと木を一つ踏んで、声を掛けた。


「天草先輩、大丈夫ですか?」

「ん……北水さん?」


 俺の声に気付いたのか、天草先輩がくるりとこっちを向いた。そのまま話しかける事もできたけど、俺は度胸試しで思い切った事を頼んでみる。


「上のベッドに、座って……いいっすか?」

「いいよ」


 ベッドに入る事を許された俺は、ギシギシ階段を上がって天草先輩のパーソナルスペース入り口に腰掛けた。頭が天井に当たりそうなくらい上も狭いけど、天草先輩がいる横も、狭い。緊張を誤魔化す様に直近の話題を振る。


「今、リビングで高級寿司が食えますよ」

「遠慮しとく。あの雰囲気が受け付けなくて」


 男友達の様に天草先輩は、頭の後ろに手を回して俺に話しかけてくれた。共同合宿といっても透明人間と一般生徒で別行動する事が多くて、集団に対する意識とかいまいち分からなかったけど、天草先輩はどうなんだろう。


「賑やかなの、苦手なタイプ……だったり?」

「そうじゃないんだ。男女があんな風に群れてるの……気持ち悪くて、無理なんだよね」


 そう言った天草先輩は女子っぽく寝返りを打つ。この感じだと混合でワイワイするの好きじゃないっぽいが、気持ち悪いとまで言うほどダメなのか。


「そんなに嫌なんですか」

「話し声を聞くだけで調子が狂うよ、本当に」


 天草先輩がここまで拒否反応示すと思ってなくてショックな反面、心当たりも出てきて勘繰りたくなる、遠慮出来ない言葉が歯を擦り抜けてきた。


「それだと、一昨日から先輩の気分が悪いの……俺達も関係あるんじゃ」


 天草先輩が体調を崩したのは、俺とミホが並んでるのを見てからすぐだ、つまりそういう事だろ。


「見知らぬカップルが近くでイチャイチャしてたら、誰だって不快ですよね」

「言い方悪くてごめん。一緒に過ごしてきた二人のことは、鬱陶しいなんて思ってない。北水さんとミホノセキは本当にお似合いで、微笑ましいくらいだよ」

「そもそも俺らは、別にそんなんじゃないです」


 ダメだ、俺の声にイライラが乗ってる。体調が悪い天草先輩に嫌な思いさせてるし、相変わらず俺とミホが付き合いそうとか勘違いしてるし。

 噛み合わない現実にムカつく無言を貫いていると、天草先輩が身体を起こして胡座をかく。


「北水さん。自分の蘊蓄うんちく、聞いてくれる?」

「うんちく?」

「哺乳類ってさ、生まれた瞬間から性別が決まってるじゃん。でも【魚】って、一生の間に環境に合わせて性転換してるって知ってた?」

「確かクマノミとかがそうなんですっけ?」

「うん。しかも、今分かってるだけでも三百種類近くが性転換する生態を持ってるんだよ」

「そんなにいるんか……」

「この合宿が終わったら、ネットで調べてみて」


 この合宿が終わったら。その言葉が俺の気持ちを焦らせる。天草先輩が男女関係を嫌悪してるのは分かったけど、俺の好きは本物だ。言わなきゃいけない、もう女子から浴びせられる意気地なしの目は懲り懲りだ。


「人間ってなんでそうじゃないんだろうね」

「天草先輩!」


 天草先輩主導の話を無理矢理遮った。伝えるならここしかない、悩む暇も怯える理由も、俺にはない。


「俺が、好きなのはミホじゃない」


 今までみたいに、言葉が押さえ付けられてる感じがしない。緊張を払い除けて、側で座る天草先輩を真っ直ぐに見て、本心を開く。


「俺が好きなのは、天草先輩なんです」


 顔がめっちゃ熱い。心臓がバクバクする。でもやっと言葉に出来た、俺は天草先輩の返事を待つしかない、だって相手は表情や反応が読めないからだ。


「そう」


 なんとも言えない一言が返ってきた。もう畳み掛けよう、単純過ぎる俺の好きを全部。


「俺、全然天草先輩の事知らないですけど……ッ秘密多いのが、逆に凄い惹かれるんス!」

「素性の分からない相手を、よく好きになれるね」

「ミホにも、そう言われました。透明人間に一目惚れするなんて、意味不明ってのも分かってます」

「仲を深めた所で、ヒントしかあげられないよ」

「言いたくない事は黙ってても構いません! 隠し事だらけでも、俺は天草先輩の近くにいれたら、それでいいんです」


 天草先輩の冷静な言葉に自我をベラベラ並べているけど、俺の言いたい事はもっと簡単だ。


「俺と、付き合ってくれませんか?」


 全て言い切った。緊張しっぱなしで、支離滅裂だったかもしれないけど、心残りはない。あとは天草先輩の返事を聞くだけだ。簡単に破裂する期待と不安を透明な姿に預けて、俺は黙って待つ。


「返事する前に……込み入った話、してもいい?」


 天草先輩は胡座から体育座りに変えた。この状況で何を話してくるのか予想出来なくて身構えてしまった俺は、過熱した顔を逸らして足元のベッド階段を凝視した。


「ミホノセキって、北水さんの事が好きみたいだよ」

「へ……?」


 ミホが俺の事を好き。日本語なのに意味が理解できなくて、告白したての天草先輩の方を向いたけどそれ以上動けなかった。じっくり見られる気配を受けてるのに、俺の全てが止まってる。


「んー、想定外って顔だね」

「俺は気の合う友達って、感覚で……」


 確かに男女にしては仲良しかもしれないけど、天草先輩に対する恋愛相談相手だったし、お嬢様から好意持たれる様な要素なんて俺持ってないし、なんでそうなってるか解説が欲しい。


「ミホが天草先輩に打ち明けたとか?」

「いいや。透明人間の勘でしかないよ」


 全部お見通し。そんな風に手でジェスチャーする天草先輩は体操座りからまた胡座に座り直す。ここまで予想でしかないってのに妙な説得力があって、理解がこんがらがってくる。


「でも、ミホは恋愛に興味無いって……」

「心変わりってあるからね。一昨日の反応なんて、明らかに好きって感じじゃない?」

「……?」

「態度に出してはいても、あの調子だと合宿終わるまで、隠し通しちゃいそうだし」

「……?」

「自分としては、ミホノセキの気持ちとも向き合って欲しくてさ」


 根拠が無いのに分かった気でいるように、腕を組んだ天草先輩は話をポンポン進めていく。そして今度は、両足が俺にギリギリ当たらない様に伸ばした。


「彼女の想いに決着を付けたら、改めて告白の返事をしてあげるよ」

「ミホを振ってこい、って言いたいんすか?」

「そうだよ」


 そこで音割れしまくったクラシック曲が部屋の中で炸裂する。発生源のベッド下を覗くと、コモケーのスマホによる目覚ましアラームである事が分かった。


「んはッ⁉︎ 今何時……ッ」

「十七時だけど」

 起きたばっかりのコモケーに、天草先輩が身を乗り出して時間を教えている。

「アメリカ時間の〜ッ⁉︎」

「日本時間だよ」

「つまり今何時ィ〜⁉︎」


 透明人間同士が話す横で、俺は消えたように黙ってしまっていた。天草先輩の返事を聞くには、ミホの想いとやらを断らないといけないらしい。すごい恋愛プロセスだ。


「北水〜ッ、ウチの寿司はぁッ⁉︎」

「……」

「きたみずゥ〜ンッ⁉︎」

「どうして、俺がすしなんだ……?」


 意味不明な言葉で寝起きのコモケーから怒涛のツッコミを色々受けたけど、それを処理できる余裕が俺には無かった。この狭いドミトリーに【好意】の波が押し寄せてくるけど、今はただ、漂うことしか出来ない。

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