真実

 深夜二十三時の保健室。余程の事が無い限り、生徒が立ち入らない時間にPCゲームに打ち込む透明人間と一般男子生徒がいる。


「あの、俺……大丈夫なんですか?」

「頭に関しては、異常は見られないね。安心して、大丈夫ね」


 五島先生の方向を聞いて、丸椅子に座った俺はホッと一息した。保険室の先生から医者に見る目変わったの変な感じだけど健康状態に問題ないなら、もうどうでもいい。


「……」


 でも目の前の五島先生は、パソコンの画面に出てるデータを目で追ってるみたいだ。チラ見で覗くけど、高校より後で学びそうな生物学の図解ウインドウがいくつもある。数値もグラフも、何を示してるか全然分からない。


「脈、確認させてね」


 いきなりガタッと椅子を回転させた五島先生は、俺の右手に触れて脈を取る。閉鎖空間での影響を考慮してると説明あった今日の健康診断でもそうだけど、めちゃくちゃ心拍確認してくるじゃん。


「……北水くん」

「はい」

「好きな人、いたりするのね?」

「ピンポンピンポ〜ン! こいつ、花笠美穂はながさ みほを狙ってま〜すッ!」


 俺が動揺するより先に、前に出たコモケーが余計な事を口走りやがった。先ずは意地悪そうな顔が思い浮かぶ、プロゲーマーの勘違いを取り除かないと。


「だから違うっての!」

「超優良物件にあんなヒロイン顔させて、違う訳がないやろがぁ〜いッ!」

「よく聞け、俺が好きなのは……ッ」


 天草先輩だ。と何故か言えない。でもこの感覚、身に覚えがある。天草先輩に男か女か聞き辛かったあれに近い。困惑する俺にコモケーは、引き止める様に右手を突き出してきた。


「その言葉は、伝える人の為に取っとかないとさぁ〜」


 今、口塞がれた感じがした。透明人間の気配も不思議だけど、今のも何かされたようにしか思えない。もしかしてそういう特殊能力みたいなの、あったりするのか。


「あのさコモケー。透明人間が目の前にいると、ふいに言葉が出なくなる……気がするんだけど」

「北水〜。サムバで銃声が聞こえたら、何を考える?」

「え。敵の距離と……、撃ち負ける恐怖?」

「基礎がなってない、そういうこと〜」

「全ッ然、意味分かんないんだけど」


 次に五島先生を頼ろうとしたけど、またパソコンの情報に集中していて俺の話を聞いてくれそうにない。なんか、砂糖水と塩水を混ぜられた気分だ。コモケーも席に着いてデバイス設定をし始めた、明日の夜に大会になると昼に起きるの無理だよな。


「コモケー、明日の合コン寿司どうすんの?」

「大会の為に日中寝るし、パス〜」

「偉いよなぁ。周りが浮かれてるのに、真剣に取り組んでて」

「人ぶっ殺す、物騒なゲ〜ムだけどね〜」

「たかが、ゲームだろ」


 ギシッとマウスを握る音がした。今の言葉、コモケーのプライドを引っ掻いたかもしれない。


「ごめん、そういう意味じゃ……」

「北水」

「ん?」

「ウチの両親さ〜、飲酒運転で下校していたクラスメイトを二人轢き殺してるんだよね〜」

「え。……え?」


 突然過ぎて、理解が全然追いつかない。話が見えない眼前に、四つ指の透明なシルエットが近付いた。


「そんな事して〜、懲役四年の判決です」

「あの……、それ……マジな話?」

「マ〜ジ。もうさ、お互い家族である限り生きてけない状況がなが〜く続いて……それでも、壊れずにいられたのはネトゲのおかげなんすね〜」


 意図が掴めないのに、加害者家族の人生が簡単に想像出来てしまって——考えさせられる。


「暴力ゲ〜ムで夢中になる辺り、犯罪者の血は本物なのかもしれないけど〜」

「よせよ、そんな言い方……」

「ま、それでもここがウチの居場所なので〜」

 いつものノリに戻して、今度はピースサインを近づけて来た。

「透明人間は、秘密の塊なのだ〜」


 説得力がその身に薄く塗られていく。最後に透明な人差し指一本で眉間をツンと突かれたが、目の前のコモケーは気軽でサムバが上手いコモケーのままだ。


「真実一つで、見る目は変わるってワケ〜」

「全然変わらねえよ」

「……北水〜?」

「もしだましてても、嘘吐うそつきでも、俺は何かを期待してる気がする」

「ウチら出会って数週間でしかないじゃ〜ん、なんでそう信頼してるっぽい事言えるの?」

「信頼と、いうか。一言でまとまるっつうか——」


 透明人間は確かに隠し事だらけだ。これで心から信用しろなんて難しい。でも天草先輩を見てて思う、透けた姿に他人の主観が入る余地が無いから人間性だけを落ち着いて見れるんだって。

 

「コモケーは、コモケーだろ」


 自然と出た言葉の意味をお互い探すような間を置いた後、コモケーにドッと左胸をどつかれて、咽せ返る俺。やっぱ透明人間の動きだけは洞察出来ない。何しやがると睨み返すけど、元気な笑顔で返された。と、脳が愉快に思い描く。


「現実にもいるんやね〜、良い奴って」


 ミホもコモケーも俺の事を良い奴と言う。ふと、その言葉が眩しく思えて顔を下に向けた。

 目を閉じると暗闇の中からカツン、カツン、と白杖を突く音。そして並んだ学校机に、身体を何度もぶつける女性教員の後ろ姿。何で今になって、【瞳】の裏から浮かんでくるんだよ。


『フッ』


 今、それを愉快に嗅いだのが俺の鼻だ。どのツラ下げてやがると、歯が怒りで食いしばってる。腹が許せずに煮え繰り返ってる。


「何が、面白いんだ……クソガキ」


 声が無意識に出ててハッと目を開けるけど、コモケーはヘッドセット装着して射撃訓練に集中していた。そして五島先生も、パソコンばっかで聞いちゃいない。


 余計な思考を首振りで払って、俺は現在に集中する。今のコモケーも、今までのコモケーも合わせて小森和子こもり かずこ。俺の中の人物像はそれで、解決する。——心の目は泳がない——そう言ってただろ、も。


「ウチの分の寿司、取っとけぇ〜?」

「おう。良いネタ、揃えとくよ」

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