さわがしくなって
合宿十四日目、多分午前九時。今日の朝もコモケーと天草先輩は部屋からいなくなっていた。遠くに行ってない気配を感じるから、施設内にいるのは間違い無いけど、早い時間から透明人間は何をしてるんだろう。聞いちゃダメなやつなのか。
朝飯を食べた後、一般生徒十四人は水槽リビングに集合するように先生達から指示が入った。やっと何かイベントが起きそうだ、退屈過ぎて癒しに感じるぞ。
「きーちゃん、背中に何か付いてるよ」
後ろからミホの声。背中を軽く触れられた。
「なにこれ……猫の毛?」
ミホが俺の前に来てつまんで見せてきたのは、白っぽい短い毛だ。前もどっかで、こんな感じの白髪が服に付いてた事あったような。
「はーい……みなさん、おはようございま〜す」
越前先生がメガホンを持ってエレベーターから、出てきた。相変わらず歩き方がゆっくりで、車椅子乗った方がいいだろって言いたくなる。
「今日は一般生徒さんの……健康診断を行いますが、そろそろ生活に飽き飽きする頃合いでしょうから——」
健康診断が差し込まれる疑問より、越前先生による発表に興味が引っ張られたと思う。この場にいる、生徒全員が。
「明日はこのリビングで高級お寿司を食べましょう……グループの隔てなく、皆で楽しく食事です」
おお、と声が上がる。海洋生物に囲まれて食う魚介の味はともかく、ここ数日のつまんなさを吹き飛ばしてくれそうなイベントだ。
安っぽい弁当ばっかりだったから高級寿司への期待値も高いし、何よりグループ行動を重視していた合宿所で初の自由にコミュニケーションが取れる機会だぞ。
「先に女子からエレベーターで移動しますので……男子はリビングで待ってて下さい」
越前先生の指示で、女子達が職員とエレベーターで向かっていき、リビングには一般の男子生徒七人だけとなった。こうなると——大人しく出来るわけがないよな。
「毎日息が詰まりそうだったけど、明日は合コン寿司かー!」
分かりやすいワードが誕生した瞬間、職員と女子の目から解放された男子達は各々話し始める。その中で一気に人集りが出来たのが、例の女子三人と一緒に過ごす男子生徒だ。
「女子に囲まれる生活ってどんなん⁉︎」
「なんで前川だけ、そんなハーレムグループなんだよ!」
少し事情を知りたくて、俺も紛れ込む。メガネを掛けた落ち着いた感じの前川って奴が、男女比おかしいドミトリー暮らしをしている。
「男一人だけって心細くて居心地悪いよ。透明人間の女子二人も、気配から芯が強くて怖いし」
困り果てた顔で真っ当な事を言っている。やっぱモテ期到来って訳にもいかない、毎日女子に気を使って大変なんだろうなと傾聴していると、駐車場でも話した男子二人が俺の元にやってきた。
「なあなあ
下ネタぶっ込んでくる女。なんて、言えないな。清楚をぶち壊されるのは俺だけで十分だ、ここは丁寧な感想を一言で。
「世間知らずな人魚姫……って感じだよ」
「くぅ〜なんだそのエモい例えはぁあぁあお嬢様と部屋が一緒とか羨まし過ぎだろぉ」
「途中から髪切って、よよ、より可愛くなったよなー」
男共の評判がめちゃくちゃいい。確かに髪の毛サラサラで、育ち良さそうで顔が可愛いのは間違いないんだよ。内面はどうであれミホの出立ちに釣り合うのは外見良し、学歴良し、将来性良し。そして本人は恋愛に興味なし。誰ともワンチャン無しか。
「オレは肝試しがきっかけで、グループの女子と付き合い始めてて……」
隣ではめでたい話が出てきた。企画っぽい行事の数々もあって、恋愛バラエティ番組のように青春をエンジョイしている奴も複数いる。俺も、透き通った恋の真っ只中だがな。
「透明人間って気配だけで良い奴か悪いやつか分かるし、合宿にいる奴らもユニークではあるんだけど……ビジュアル不明なのがな〜」
「将来的に子供出来たらよ、顔がブサイクだったり、肌と髪の色が日本人じゃないの嫌じゃね?」
「肥満とか、体質とか何受け継ぐか分かねーし」
「男で女のフリとか、巧妙に出来ちゃうのもやばいよ。それは一般人でも同じだとしてもな〜」
現実的な会話が次々に挟み込まれる。透明人間と一般人の間に生まれた子供の姿が透ける事はない。結局、審美治療と美容の延長でしかないから、親の遺伝子的なのはどうしても表に出るってのは中学の道徳で習った。透明化する前に届け出を色々挟むから一応、元の顔を知る手段があるにはあるらしいけど。
「結局は、普通に落ち着くよなぁ」
一般男子生徒の過半数による見た目重視で話のオチがつく。透明人間も多様性の一つとしてもう受け入れられてる時代だ、何を重視するかなんて個人の自由だし、合う合わないは仕方ない。
「和泉沢の子と仲良くなったらハイスペック女子高の繋がり出来るぞ」
「こういう時こそ、きき、きっかけ掴まないとな」
何人かはミホを狙う気でいるみたいだ。多分、女子側も今回の合コン寿司に期待を寄せるよな。ドミトリーらしい賑やかな場になるだろうけど、天草先輩と距離を縮めるのは難しそうだ。
◇
健康診断のおかげで一日が早く感じて、今は夜の二十時半だ。エロに踏み切った話題が何故か無かった男子トークの後は聴力検査と眼科検査をして——心電図をかなり細かく取って、あとは合宿申し込みの時にやった【チェックリスト】をまたやった。今日をまとめるならそんな感じ。
水槽リビングで軽くテレビを見てから部屋に戻ると、風呂上がりのミホが俺のベッドに腰掛けて髪をドライヤーで乾かしていた。コンセントが届かないってのもあるけど、ああして座ると俺の寝床にいい匂いが残る。
透明人間とは十五時くらいに合流したけど、天草先輩は戻ってすぐに部屋で休むと言って、この時間までずっとあの調子だ。
昨日から具合が悪くて心配だけど、この場所で俺に出来る事は何もない。だから今の話し相手が自然とミホになる。明日の合コン寿司、何人かの男子から言い寄られそうだけど、大丈夫だろうか。
「ちょっといいか」
「ん。どうしたの」
ドライヤーかけをやめたミホが見上げてくる。
「俺から見てもミホって……その、可愛いんだけどさ」
「は?」
こわ、褒めてるのにキレられた。でも目の圧で分かる。昨日、天草先輩に告白するって
言っといて結局してないからな。チャラい事言う資格マジで無いわ。
「ごめん、話の順序が悪かった。明日の合コン寿司、他の男子が可愛さ目当てに話したがってて……苦労するかもって、言おうかと」
「どうせ一言目に和泉沢とか、お嬢様とかでしょ。きーちゃんみたいにさ」
ギクッと言葉に詰まる。するとミホは、首にかけてたハンドタオルで髪の水滴をぽんぽんと拭き始めた。
「大丈夫だよ、評判とか外見から関心入るのは当然の事だし、それに
「言ってたけど」
「だから、平気だよ。建前で話すのには慣れてるから」
ガーッとまたドライヤーをかけ始める。なんかもう、話しかけんなって感じだ。でもメンタルやられてるの知ってると、放っとけないんだよな。
「無理、すんなよ」
モーター音で聞こえないだろと思ったけど、ピタッと止まった。ミホは穏やかな顔で俺を見上げてくれている。
「
感謝を言葉に込めた後、ミホはクスッと笑った。
「ていうか、合コン寿司って何? バカが考えそうなワードって感じ」
「言ったのは、俺じゃなくてだな!」
「ま〜た、北水と花笠がイチャイチャしてるよ〜」
ユニットバスから風呂上がりのコモケーが顔を覗かせてきた。ミホと目が合って思わず逸らしちまった、相談相手ではあるけど、俺の好きは反対のベッド上段に向いてるんだ。
「やっぱり、狭い部屋に押し込まれた男女は惹かれ合う〜てかッ!」
「その理屈だと、コモケーも俺の恋愛対象になるだろうが!」
「ウチが〜? 北水に〜? だぁッははは! こ〜んな青二才に、ウチがカントリーロード歌うわけないない!」
コモケーは大爆笑するし、ミホのドライヤーは爆音だし、マジでうるさくて俺は声を上げる。
「騒いだら天草先輩が休めないだろ!」
そう言った瞬間、二人も遠慮して少しだけ静かになった。会話が止まって、俺は一つの疑問をコモケーに投げかけた。
「あのさ、昨日の朝から透明人間はどこで何してんだよ」
「検査。ウチらの身体って
フランクなコモケーとは思えない、真面目な声色だった。そういえば此処に来る前、ショート動画の解説で見たけど、
「アマユユスの体調不良もそれと関係あったりする?」
「ま、ベースは人間だし〜。原因は何にしろ、ちゃんとケアはしてくれるから大丈夫っしょ〜」
ミホに対してそう返したコモケーは、自分のベッドからノートパソコンを取り出した。
「北水〜、保健室いこ〜」
「そうだな」
「あれ、きーちゃんも行くの?」
コモケーの練習場所として、保健室を利用してるってのは、ミホと天草先輩には今日合流した時に伝えてる。確かに俺が行く必要性は薄いから、使い道が狭くなったスマホを手に取って適当に訳を話す。
「俺、昨日頭打ったじゃん? なんか知らないけど精密検査して、毎日様子見せに来いってなってんだよ」
「え。うそッ、それ良くないって事じゃない⁉︎」
ミホが不安顔で立ち上がった。内心俺だってビビってるけど、片腕マッスルポーズで誤魔化す。
「検査は深刻でもさ、俺自身は元気だから」
「あれ、半分
「俺の代わりに、調子悪い天草先輩を気にかけてやってくれ」
俺は信頼を込めてミホに伝えた。極端に言うと寝込み襲うような事した俺が、勝手にヘマしただけの話だ。ミホが責任感じる必要なんて無い。
「うん……、分かった」
「頼む、じゃあ行ってくる」
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