真夜中の保健室

 やっと水槽合宿所二日目の夜になった。行事や授業がないだけで、こんなに時間過ぎるの遅く感じるなんてな。

 軽く筋トレした後にベッド上段を見上げると、ロールカーテンは閉められていて、早めにミホは寝たっぽい。施設変わってから情緒不安定な感じで心配だけど、今は天草先輩に告白する事だけを考えよう。

 唾をゴックリ飲んで、反対のベッド上段を見る。カーテンは閉まってないが横向きになってる天草先輩の背中が見える。よし、誘うぞ。リビングに誘うんだ。


「天草先輩、今から俺と話しませんか!」

「ごめん、自分疲れてて。眠い……」


 すごい気怠そうな声で返された。でも、俺がハッキリしないとミホに気を使わせるし、天草先輩に勘違いされそうだし、早くケリを付けたい。今日が最終日って勢いで食らい付く。


「天草先ぱ「おけおけ、撃ち合い付き合わないから、裏とって貰っていい〜⁉︎ 緩急付けよ、緩急!」

「天く「めっちゃロ〜ッ! 二枚目どこどこどこ⁉︎ 一旦落ち着こ、ゆっくりやってゆっくり!」

「あ「それ角待ち角待ち角待ち〜ッ! ここ挟まれちゃうからリポジショニングッ! 人数有利だよ人数有利、ウチと射線組んでこっちこっちぃッッ!」


 静かにしろ! なんて言えねえわ、コモケーはコモケーなりに大会に向けて頑張ってる訳で。天草先輩に想いを伝えたいが、こっちを放置すると騒音トラブルになりそうだし。目的を切り替えた俺は、全滅してエナジードリンクを飲んでるコモケーに話しかけた。


「おいコモケー」

「ん〜?」

「もうちょい声抑えた方がいいだろ。ミホも寝てるし、天草先輩も疲れてるみたいだし」

「それはウチも分かってるけどさ〜、他に集中出来る所がないし、喋らないって訳にもいかないし、オンライン大会もアメリカ時間だしさぁ〜」

「それもそうか、何とかならねぇかな……」


 閉鎖的空間の弊害がここにも出てる。前は個室だからなんとかなってたけど、このままだとお互い絶対に良くない。でも、ここまで制限されてる施設で落ち着ける場所なんて——。


「……。そうだ、五島ごとう先生の所に行くってのは?」

「保健室って事〜?」


 結構名案かもしれない。ここでも引き続き合宿の養護教諭するって移動バスの中で聞いたし、人柄的にオッケーしてくれるんじゃないか。


「あそこなら人の出入り少ないし、頼むだけ頼んでみねぇか?」

「ん〜確かに一理あるね、怪我人の要望なら五島ごとうは聞いてくれるかも〜。てなわけで北水、骨折よろしく〜!」

「無茶言うんじゃ……そういや俺、今日の朝に頭打ってたわ」


 改めて後頭部撫でるけど、やっぱタンコブが引っ込んでる。あの高さから結構ヤバい位置をぶつけたのになんともない訳がないよな、口実にはなるぞ。


「よし、保健室行くぞコモケー!」

「いいねえ〜、怪我は男の勲章だ〜ッ!」


 しーッとお互い声のデカさを指摘し合って、重そうなゲーミングノートパソコンと長いACアダプターを抱えたコモケーは入り口にある受話器を取った。


「あ、透明学生の小森で〜す。北水が頭打ったらしいんで、保健室に行きたいんですけど付き添っていいですか〜?」


 ミホは同年代で話しやすいノリに対して、コモケーは気軽って感じのノリ。年下のゲーマーってこともあって、絡みで気が楽なのは断然こっちだ。

 施設職員と話が付いたのか、エレベーターに二人で向かう。今は二十二時半だから、本来なら部屋から出られない時間だ。ちょっとワクワクする。


「コモケーが出るオンライン大会っていつなんだ? 今、ネット使えないから調べられなくてさ」

「明後日だよ〜、TN0(Team Number Zero)主催の透明人間限定トーナメントね」

「おお。アメリカで有名なeスポーツチームじゃねえか、って明後日⁉︎」


 大会で目にする強豪に胸躍ったけど、超直近でビビる俺。海外でも透明人間社会は一般化してる訳だが、特にアメリカ圏は保険でカバー出来るくらいにはリーズナブルな感覚でなれるらしい。日本じゃまだまだ大金と検体制度の相談って感じだけど。


 コモケーと話しながら待っているとエレベーターが来て、乗ったらすぐ扉が閉まって動き出した。保健室がある階に自動で運んでくれるらしいが、相変わらず上がってるのか下がってるのか分からなくて不気味だ。

 ガコンッとエレベーターが停止して、扉が開いたらもう保健室の中なんだけど。水族館に学校が乱入したようで、頭バグりそうになる。


「五島〜? 北水連れてきたよ〜」

 何食わぬ顔の五島ごとう呼び。俺はコモケーの前に割り込んで、注意を入れる。

「先生って付けろよ流石にさ!」

「ん? ちゃんと付けてるよ、越前えちぜんさんって」

「さん、じゃなくて先生……」

「あ、五島〜!」


 俺をスルーして、コモケーは五島先生の方に向かっていく。生徒間ならまだしも、よく大人の前で呼び捨てに出来るな、プロゲーマーで透明人間ともなれば礼儀は不要なもんなのか。水泳部で上下関係に揉まれてる俺からしたら理解できない。


「北水くん、頭打ったんだってね?」


 開いた口が塞がらない俺に、五島先生が呼びかける。朝にベッドフレームにぶつけて、痛みはないですと説明しながら、近くの丸椅子に座って触診してもらう。


「んー、本当に皮下血腫は無いみたいね」

「でもさ〜、頭って後から症状出てくるじゃ〜ん」


 痛み引いたから気にしてなかったけど、コモケーの言葉と医療用語みたいなの聞いたら深刻に思えてきた。現実味帯びてから命に関わる恐怖を覚えた俺の前にいる五島先生は、メモを熱心に取り始める。


「検査、しようね」

「視力検査ですか?」

「あっはっは! 北水ナイス、ボケ〜!」


 コモケーが爆笑してるが、保健室で出来る検査ってそれくらいだぞ。とか言ってる間に、五島先生に軽く案内されたのが病院で見かける精密機械がいくつもあるフロアだった。


「保健室って範疇超えてません⁉︎」

「脳内出血とか怖いしね」

「五島〜、ここで喋ってゲームしていい?」

「全然、平気ね〜」


 どさくさに紛れてコモケーはサムバ出来る場所を確保出来たけど、俺は徒歩で緊急搬送されたぞ。すると五島先生は近くの棚から、小さい試験管を三本くらい出してきた。


「まずは血を取らせてね」

「頭打ったのに、採血⁉︎」

「検査、だからね」


 ツッコミ所満載だけど大人しく従うしかないのが患者意識というものか、あっという間に五島先生の手によって血を何本か抜かれた。それから超音波、CT、MRIみたいな機械で色々調べられてやっと解放される。


「……五島先生、俺……死ぬんですか?」

「それは無いと思うけど、調べてみないとね」


 五島先生はパソコンに出てる複雑なデータに集中していて、俺の顔を全然見てない。頭の中出血してたらヤバいってのは有名だけど、無自覚症状でこんなに検査されたら結果待つ方は怖くて仕方ない。


「ミホも、こんな感じなんか……」


 山行って、水族館に押し込まれて、急に男女共同生活始まって、これくらい出来事が怒涛だと誰だって心に余裕無くすよな。丸椅子に座って、意気消沈する俺の背後から元気な気配が。


「大丈夫だよ北水〜、透明人間社会になってから条件反射が刺激されて、怪我しにくくなってるらしいから〜!」

「なら、なんで今だに救急車が走ってんだよ」

「知ら〜んッ!」


 ネットから引っ張ってきた知識だろうけど、それが本当なら物に衝突する前に避けれるはず。俺はガッツリ後頭部やったからな。


「北水くん、詳しく調べておくから今日はもう休んでいいからね」

「……あの、明日以降も二人でこの時間に来てもいいですか」

「本当は良くないけど……北水くんが来るついでなら、大丈夫ね」


 ニコニコ顔の五島先生に首筋をさすられる。時間はもうすぐ0時になるし、部屋に戻って寝ようと立ち上がると、さっきまで近くにいたコモケーはノートパソコンに向かって練習試合を始めていた。邪魔しないように、静かにエレベーターに向かう。


 俺がコモケーを初めて見たのはサムバ世界大会配信だけど、それは賞金の無いプロ混じりのカジュアル大会。女子高生でありながら、世界の猛者に渡り合えると話題になったのは今年の話。

 透明人間としても期待されてる反面、オフラインに出ないとか代行疑惑で心無い言葉も目立つ。画面の向こうだった存在が、まさか一緒の部屋で過ごす事になるなんて夢にも思わなかった。


「大会頑張れ、コモケー」


 真剣なコールと合宿でも練習を欠かさないコモケーの背中を応援して、大きなエレベーターの扉は閉まった。

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