人魚と人間

 太陽が届かない水槽の合宿所生活二日目。テレビに表示されてる時刻を見る限りでは——夕方か。何もする事なくて、部屋で勉強したり音楽聴いたり昼寝したり、リビングでゴルフ中継観戦とかしたけど、時間経過がものすごく遅く感じる。

 此処に来てから間もないのもあるのか、一緒になるのは自然と同じグループの奴になって、他の男子と話すタイミングが掴めない。だからミホを誘って気晴らしにリビングに来たけど、ソファーに座って会話も二時間経つとネタが尽きてふぁあと俺もあくびが出る。


「隣でつまんなそうにされるの、傷付くんだけど〜?」


 左隣で少し離れて座るミホから不満が飛んできた。俺は背もたれに身体を押し付けて、ググッと背筋を伸ばす。


「相手の問題じゃねえよ。ネット使えない上に海洋生物かリビングのテレビ眺めるのが娯楽って、時間長く感じない訳がないだろ」

「それはそうだね。水槽で飼われるってこんな感じなのかなあ」


 隣のミホはソファーに両手を付いて、退屈そうに魚を見ている。初日は感動したけど、四六時中これは正直キツイ。


「暇。なんか面白い話してよ」

「じゃあ……ミホのバストサイズについて」

「捕まって去勢されればいいのに」

「今日の朝、俺のしもについて尋ねといて、そりゃないだろ……」


 エロにエロで返しても、男ってだけで若干不利になる。性的嫌がらせとかじゃなくてウケ狙いで言ってるけど、お互い地雷踏まない為にもちょっと控えておきたいな。


「あのさ、何度も言うけどお嬢様なんだから言動もうちょいどうにかしろって」

「逆に聞くけど、きーちゃんはお嬢様にどんなイメージ持ってるの?」

「まず丁寧な言葉遣いだろ、上品でおしとやか、マナーと立ち振る舞いが良くて、金持ってそうで、世間知らずで」

「はぁ〜……透明人間なら、そういうの無くなるんだろうなぁ」


 ミホのため息で横を向くと、ムスッとした目で水槽を見ていた。今の一言で、固定観念という四文字をブン殴りたくなった。


「先入観抜きで好かれるアマユユスが、羨ましいよ」

「……俺が単純でバカなだけだ」

「真っ直ぐで、わたしは……カッコいいと思うけど?」


 海の泡のような目で見られて、不覚にもドキッとした。真っ青なフロアじゃ、熱い顔面を冷ませそうにない。どうせ面白がってる、でも横にいるミホは初めて人間を見るような、人魚姫のイメージをスッ浮かばせる純粋な顔をしていた。


「照れてる?」

「カッコいいとか、言われて嬉しいのは当然だろ」

「ふうん、そうなんだ」


 少し嬉しそうな顔でミホは俺を見ている。普通に可愛くて目、合わせにくい。


「じゃあ、今度はきーちゃんがわたしを照れさせてよ」

「なんで、そうなるんだよ……」

「良いじゃん。今しか出来ないしこんな事。わたしばっかり意地悪するのも、ね?」


 短くして結った髪が伸び伸びとしてる。ミホは合宿始まってから【今しか出来ない】を大切にしてるな。少し恥ずかしいけど、向こうがゲーム感覚なのは仕草から見て分かるし。

 他にやる事もない。逃げる所もない。そんな水槽リビングの中で少し離れていたミホの左真隣に座り直し、俺はジッと顔を見つめて無言を貫く。


「……」

「……」


 こういう時こそ背中で語る的なやつ。だから、ミホの横顔をガン見して黙ってるだけだ。何したら良いか思い付かなかったのと、キザなセリフは天草先輩の為にとっとくってのが本音だけど。


「……」

「……ッ」

「…………?」

「…………参りました」


 敗北したミホはスッと俺から離れた。よしきたと仕返し成功を拳に込めてからもう一回向くと、ミホの頬が真っ赤になっていて両手の指を口元に添えている。思った以上に照れてて、こっちまで訳わかんなくなってきた。


「俺、黙って見てただけだぞ?」

「……それは、そうなんだけど」


 両目をキュッと閉じて、窒息しそうなくらいに緊張してるのが伝わってくる。初めて見るミホの弱々しい反応に唆られかけたけど、お馴染みの気配が後ろから近付いてきて、思わず振り返る。


「ここにいたんだ。北水さん、ミホノセキ」


 用事を済ませた天草先輩とコモケーがエレベーターから歩み寄ってきた。座ってる俺らの前に来て並ぶ二人はいつも通り、丸一日どこでなにしてたんだ。


「んー。もしかしてお邪魔だったかな?」

 天草先輩の詮索するような声に、俺は疑問で立ち上がる。

「え。何がですか?」

「顔真っ赤じゃん花笠〜ッ! 北水にキスでも迫られたか〜ッ⁉︎」


 コモケーの指差し風圧に合わせて横にいるミホを見たが、まだ照れから抜け出せていなかった。この反応はまずい、天草先輩にいい雰囲気って勘違いされてる。


「いやこれは! おい、照れさせろって吹っ掛けたのはミホだからな!」

「わ、分かってるよ……わたしが、耐性なさ過ぎただけ……はぁぁあ……ッ、やだもう……!」


 注目を浴びて、頭抱えたり顔隠したり恥ずかし散らかしてる。ドミトリーだって慣れてないのに、しょうがない奴だなと俺は呆れた。


「これに懲りたら、面白半分はやめろよな」


 環境についてけてない事に対して更に釘を刺すと、天草先輩の視線を感じた。俺とミホを交互に見ているみたいだ。


「いいね、って感じで」

「あの、本ッ当にお互い何でもなくて! あと俺キスなんて迫ってないです!」

「うんうん、じゃあ部屋に戻ってるから」


 ごゆっくり〜と、透明人間二人はその場から離れていく。虚しく手を伸ばして呆然としている俺に、ミホが申し訳なさそうに肩をつついた。


「ごめんね、またわたしのせいで」

「ぬぁ〜……、いいって。これが【先入観】ってやつかぁー……」


 ミホの言ってた事を痛感して、俺はガクンとその場に座り込んだ。ガラス越しにいる海の生物達が微妙な空気を混ぜていく。


わたし、きーちゃんと一緒にいない方が……いいよね」

「違う違う、俺がさっさと天草先輩に告白しないのが悪いんだよ」


 女は邪魔者ってミホが結論付けようとしたから、立ち上がって止める。このままだと先入観が面倒にさせる、俺がハッキリしないとダメだこれは。


「今晩、天草先輩を誘って、告白するわ俺」

「……、うん」

「昨日、写真撮ろうって頼んで上手くいったし」

「そっか……。じゃあ、大丈夫だね!」


 一瞬、息苦しさを感じたけど俺の肩を叩いたミホの笑顔はいつも通り。ついさっきまで凄く恥ずかしがってたお嬢様とは思えない切り替えっぷりだ。


「部屋、わたし達も戻ろ」

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