眠れるお嬢様

 合宿十三日目、スマホで確認する限りでは朝八時。いつも通り起きたら、狭い部屋にコモケーと天草先輩の姿が無かった。前々からそうだけど気配が強い透明人間でも、いない事が多い気がする。多分、ここに来てから最初の健康診断って奴だろう。

 昨日、今日、明日は新しい施設に慣れるためか学習プログラムと行事は無しで自由に過ごしていい事になってる。


 でも水槽リビング以外に行き来出来る所が無いし、スマホでネットや動画も見れないようになっててマジで娯楽が無い。準備中という可能性にかけて、適当に過ごすがこの先不安だな。


「……めちゃくちゃ低予算だ」


 部屋の入り口に置いてあったビニール袋を広げると、中にプラスチック容器の弁当が二つ入っていた。敷き詰められた米にカリカリ梅、卵焼きとシュウマイと桜大根ときんぴらごぼう。ほんのり温かいけど、ハイクオリティだった山の合宿所飯が恋しくなる。

 食べるなら水槽リビングが良いんだろうけど、ミホを置いて先に行くのはちょっと可哀想だよな。ベッドの上を見てもロールカーテンが閉まったままで、起きてるようには全然思えない。


「ミホ、朝飯届いてるけど」


 声をかけるが返事はない。同じ部屋で過ごすってのは昨日が初めてだから、寝起きの良さ悪さとか全然分からないぞ。悩んだ結果、先に行くって声掛けだけしとく事に決めた。ベッド階段に足をかけて接近する。


「まだ寝てるのか?」


 反応無し。少し悪い気はするが、部屋の明かりを当ててみようとロールカーテンを開ける。

 更に一段上がって見てみると、ミホは横向きでスヤスヤ眠っていた。女子が無防備に寝てるのを眺めるだけでも、ギュッと絞られるような背徳感がある。天草先輩が好きなのに、気を抜くと吸い込まれそうだ。


「おい。眠い所悪いけどさ」


 ダラダラ長引く前に起こしたくて、ミホの肩を軽く揺すった。すると眠そうに唸りながら、目をうっすら開ける。とりあえず要件だけ言って、早くここから下りよう。


「俺、先に飯……」

「……ぇ、ぇえッ⁉︎」


 俺に驚いたミホは糸が揺れるような掠れ声を上げた後、いきなり枕をボンと俺の顔面にぶん投げてきた。前が見えないッ、いい匂いがするッ、何なに何ッ。


「ごッごめ、ふぉあっ⁉︎」


 ミホの反撃で思わず両手を離した。バランスが取れなくて転落すると身体が慌てた瞬間、ゴッと後頭部を強打した音が響いて俺の視界が揺れる。そして揉みくちゃになりながら反対のベッド下に倒れ込んだ。


「きーちゃん!」


 ミホの声が響く。頭と足が逆の体勢っぽいがとりあえず意識は飛んでない、多分ベッドフレームに頭からぶつかったよな、今。


「大丈夫⁉︎ 今、すごくな音した……」

「う……く、へ、平気平気!」


 飛び起きたミホが慌てて駆け寄ってきた。俺はムクリと起き上がって後頭部を撫でる、ああコブ出来ちまってるが、ちょっと痛いだけで済んでる。


「怪我してない? 本当にごめんね、びっくりしたから……」

「いや、上がった俺が悪い。それよりさ、ミホ昨日から様子おかしくね?」


 余計な心配をさせたくなくて、話を無理矢理捩じ込む。この合宿施設に来てからミホはずっと変だ。


「調子狂うっつーか。前はもっとノリ良かったろ」

「……」

「俺、何か気に障るような事したか?」

「違うよ! 全然そんなんじゃなくて……」


 ミホは腹の下で両手を絡めながら、迷っているような表情を浮かべてる。俺の相談も聞いてくれてんだ、困った事があるなら話してくれよ。


「——わたしさ。思ってたより、共同生活のギャップに戸惑ってるっぽくて……」

「まぁ……前と全然違うし、仕方ないだろ。俺もごめん、風呂上がりでシャツ着ずに出たりとか」

「ドミトリーって……これが普通なの?」

「色々制約とかあるけど、基本は男女共用だな」

「そうなんだ。早く慣れないとダメだよね」

「と、とにかく着替えたいよな。俺、外に出とく!」


 慌てて部屋を出た俺は、閉まった扉に背中押し付けてため息を吐いた。

 コモケーと天草先輩のせいで無意識になってたけど、冷静に考えてみたら他校の男子と女子が同室のドミトリーは思い切ってるよなあ。そういやここに、例の男一人に女子三人のグループも来てたはず。


「実態調査……思ったよりやばいのか?」


 でも俺が普通なんだから、透明人間の気配補正で意外となんとかなってるパターンもあるかもしれない。初日から拒否反応示してる生徒一人もいないし、いやでもミホは戸惑ってるし。ちくしょう、考え過ぎて頭も抱えるっての。あれ。タンコブがもう引いてる。


「おまたせ」


 静かに扉が開いて、制服のミホが顔を覗かせる。もう一度部屋に入った俺は、隅に置いた弁当入りビニール袋を手に取った。


「朝飯食おうぜ」

「え。なにこれ、コンビニ弁当⁉︎」

「工場の量産弁当」


 くだらねー、と態度に出しながらミホに弁当を渡す。この狭さだとテーブルも椅子も当然部屋にない。


「リビング行くか?」

「……。ここで、食べていい?」


 腹減ったしどこでもいいか。俺はコモケーの寝床に腰掛けて、輪ゴムを取る。そのまま少し温かい弁当にいただきますと手合わせた。

 ————味は、普通。目の前のミホは真似するように俺のベッドに座って静かに食べてるけど、相変わらず元気ないな。黙食がきついが、向こうから話すのを待ちながら飯をかき込んだ。


「……きーちゃんさ、肝試しでわたしの事褒めてくれたじゃん?」

「んぉ? あー、言ったな」

「どんな風にも変われるって自立してた気でいたけど、今は……いっぱいいっぱいなの」

 急に食べるのを止めたかと思えば、ミホは悩みを打ち明けてくれた。やっぱキツかったか、ここの生活環境。

「移り変わり激しいし、頭がパンクするのも無理ないだろ」

わたしって結局、箱入り娘のままだって……痛感しちゃって」

 自分で思ってるより、変化についてけなくなってるのがノリ悪くなってる原因か。でも教えてくれて良かった、これで心置きなく励ませる。

「無理して順応する事、ないんじゃね」

「……」

 無言で固まるミホだったけど、ゆっくり両手で顔を覆い始める。


「んうぅうぅう〜……!」


 叫びというか、深呼吸というか。下を向いて、顔面から手に向かって感情をぶつけてるみたいだ。黙って見守っていると、急にケロッと真面目な顔を見せて両拳りょうけんを握る。


「そうだよ、環境変わって参ってるだけかも!」


 ふぅんッと吹っ切れたような笑顔だ。いつものミホに戻ってくれたようで安心したけど、ふいに視線が下がってるのが気になった。俺の膝の上にある弁当見てるにしては、注目してるのはそこじゃないような。


「朝なのに、大きくなってないね」

「……」


 やっぱ元気付ける必要無かったかもしれない。弁当食い終わったら、短尺動画の悪影響を受けまくったこのお嬢様にTPOを教え直してやると決意した。

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