招かれる客
「特に何もなく終わったな……」
昨日が山登りなら今日は——色々予想したが全て外れて、透明人間と一般生徒に分かれて身体測定と軽い体力テストをやっただけだった。
なんだこの新入生の頃にやりがちなラインナップの数々。この調子だと明日は歓迎会か、課外活動勧誘でもあるのかもしれないな。と、思い返しながら寝る前の俺は動画サイトを漁っている。
ピンポーン
いつもよりちょっと早い呼び出し音、まあこのタイミングはどうせミホだ。
合宿終わるまでこれか習慣化するとしたら、施設の先生達に不純だと目ェ付けられかねない。一回程々にしろって強めに言ってやろう。俺はめんどくさい態度を全面に出してドアを開ける。
「またかよミホ、懲りねぇな毎晩毎晩」
「こんばんは、北水さん」
そこにいたのはミホじゃなかった。ラフな格好の天草先輩だ。なんでだ、気配で接近に勘付けなかったぞ。
「あぁッ、天草先輩ィ⁉︎」
「え。ごめん、今都合悪かった?」
「全然大丈夫ですけどッ」
テンパる俺を前に、天草先輩は探る様に両手を腰に添えた。
「ミホノセキって毎晩、北水さんの部屋に来てたりするの?」
「いやいやいやいや! 向こうから来てるだけッス! 俺らなんも、なんッッもないですから!」
「はは。そんなに慌てなくても」
誤解を避けようとする俺を天草先輩はクスクス笑う。そのまま透けた姿で一歩近づいてきた。風呂上がりの香りがする。
「これから、コモケーの所いかない? サムバ、やってるでしょ」
「え。なんで分かったんすか⁉︎」
「今日の朝、言ってたよね【透明人間史上初、女子高生サムバプロと言われるだけある】って」
「言い、ましたね」
「サムバの競技界隈にも理解ないと、ああは言わないよ」
ああ、そんな事言っちまってたな。ミホと気兼ねなく話せるようになったせいか、するりと出ちゃったのかも。
それよりも、今からコモケーの部屋に行くって。誘いは嬉しいけど、問題あり過ぎる。
「いや、でも……女子の部屋に俺が行くのは、なんか色々……」
「三人でサムバするだけ。大丈夫、バレないから」
イタズラ小僧のような気配で囲んで、天草先輩は俺の右手を引いた。うおぉおと手を掴まれた事に舞い上がったまま透明人間が下宿する棟に案内されていく。
「こっから、透明学生が居る所だよ」
天草先輩に誘われた事は滅茶苦茶嬉しい。でもすごく肌がザワザワする。四方八方から気配がして振り返って確認しないと落ち着かない、ミホと勘違いするくらいには天草先輩の気配には慣れたけど、こればかりは数日一緒に過ごした程度で馴染む訳ないか。
誰かに見られたり追われてるような感覚を順番に取り除きながら、俺達はコモケーの部屋に到着した。
「コモケー、入るよう。北水さん連れてきた」
天草先輩がガラッと扉を開けて、俺もお邪魔しますと続く。中はゲーマー配信とかでよく見るレイアウトそのままだ、奥のチェアにいつものジャージを着たコモケーがくるりと椅子ごと振り返る。
「お〜、北水! あんたもサムバやってんだってね〜。怪我は大丈夫?」
「まあ……。もうスタスタ歩けるし」
「サムバにゃ足の負傷関係無し! ほら座って座って〜」
コモケーが示した椅子に座った。部屋には、三人分のPC機材が揃っている。流石プロゲーマーというよりは、こんな山奥で環境を揃えられるこの合宿施設がヤバい。
「受け取れ北水〜!」
いきなりコモケーがヘッドセットを投げてきた。なんとかキャッチしたけど、これ数十万円はするハイエンドモデルじゃねぇかッ。
「丁寧に扱えって、高いやつだろこれ!」
「い〜の、い〜の。壊れたら合宿の職員が買い揃えてくれるから〜」
「検体透明人間の特権だよ〜、北水さん〜」
まさかの悪ノリ天草先輩。正直言って、お茶目でかわいい。今からゲームは構わないが、この二人って並み以上の実力なんだが。
「俺、サムバあんま上手くないですよ」
「ランクは〜?」
「プラチナっす……」
「ストレスあんま感じないランク帯じゃ〜ん、羨まし〜」
現役プロに言われてもヘイトにしか聞こえないから困る。でも天草先輩と一緒にサムバはテンション上がるぞ、とりあえず口悪くならないように気を付けよう。
キャリーは——出来そうにない。
◇
「右右! 最後激ロ〜、北水!」
「う、あッ! すいませぇんんッ」
シンプルな一対一で撃ち負けて、虚しいチーム全滅画面が視界に迫る。もう何戦か回したけど、二人がマジで強いって。付いていくのキツイけど、天草先輩とコモケーが次々と敵を薙ぎ倒すからあまりにも頼もしい。俺はというと、棒立ち姫になってる。
「俺、全然役に立たないな……」
「ドンマイ、北水さん。情報入れてくれるから、凄く助かるよ」
なんて優しいんだ天草先輩。ゲームプレーもカッケェし、味方を鼓舞する声掛けしてくれるし、毎日一緒にやらせてくれよ。
「ウチ、ラスト結構削ったのにな〜。負けちゃうか〜」
「言葉でも撃ち勝つのやめてくれよ⁉︎」
相手は高一だから、俺は遠慮しないぞ。やれやれとモニターの時間を見たら、二十三時半。まずい、軽くやるつもりが夢中になりすぎた。
「俺、そろそろ寝ます」
「え。もうやめるの〜?」
「一応、学校代表として来てるんで……」
「若いうちに遊ばなくて、いつ遊ぶのさ〜ッ!」
コモケーが駄々を捏ねる。しかし、結構ルール決められてる合宿だから変な事で追い返される訳にはいかない。天草先輩との出会いを無駄にしない為にも。
「コモケー、無理強いは良くないよ。今日はこれくらいにしとこうか」
流石上級生の天草先輩だ。上手い感じに切り上げてくれた、解散の流れに身を任せて俺は戻る準備をする。
「また明日来い〜! 北水!」
「元気すぎるだろ……。まあ、また来るわ」
同じ部屋でやるチームゲームが楽しかったのは本当だ。俺は引き際に気が向いたらという合図を残して、コモケーの部屋を出る。ていうか、女子の部屋に入り浸ってたのすっかり忘れてた。これじゃあミホに示しがつかないぞ。
「付き合ってくれてありがとう、北水さん」
天草先輩からの感謝に照れを隠せない。本人の事を知れる機会にはあまりならなかったけど、人柄はいつも通りの優しい先輩だ。
「一人で帰れる?」
「これ、バレたらまずいっすよね……」
時間は深夜。大人に気付かれる前に戻りたいが、廊下は不気味な暗さと透明人間の気配が渦巻いてて、静かなのに群衆が迫ってるようで嫌な感じだ。
「大丈夫。逆に分からないよ」
天草先輩に両肩を撫でられる。俺を安心させようとしてくれたんだろうけどドキッとしてしまった。知りたい。聞きたい。その二つが右足首を都合よく板挟みにする。
「あの、天草先輩……」
「ん?」
静かな廊下、誰かに見られてるようないくつもの気配。でも、天草先輩はすぐ後ろにいる。俺のすぐ側に。
「また、誘ってください……サムバ」
「もちろん。じゃあ、また明日」
何も聞こうとしないのが俺だ。パーカーが似合う透明人間の姿を見逃さないくせに、知りたいくせに、教えてくれるのを待ってる。
待ちたがりの自分の背を向けて、俺は痛みが失せた足を眺めながら歩く。
「おや」
耳を掴まれたような声にビクッと振り返った。白くて殺風景な廊下を照らす黄色く小さい明かり、真後ろに越前先生が立っている。
「こんな時間に、こんな所で、何をしてる?」
来賓用スリッパの足音が近付いてくる。いつからそこにいた。誤魔化さないと、白状しないと、どうしたらいい。
「まさか、他所の生徒の部屋へ行ったのか?」
怖い。尋ねてくるだけの落ち着いた顔に身構えてる。これから自分がどうなっちまうとかじゃない、これから越前先生が何か言う、それを待たされてるのが怖い。
「若いって、いいですねえ」
ニコリと笑う爺さんの顔に緊張が一気に抜けた。怒られると思った、意味が分からない。どういう事なんだ。なんでそうなる。
「真夜中に部屋を抜け出す。褒められた事ではありませんが……、まあ今回の所は大目に見ましょう」
越前先生はポンと俺の肩を叩き、穏やかに通り過ぎた。
「
それ以上何も言わないまま、ホッホと笑った先生の姿は突き当たりへ消えていった。俺は溜まった唾をやっとゴクリと飲み込んだが、思いのほか酸っぱくて気持ち悪くなる。
なんだったんだ今の、俺は見逃されたのか。大丈夫なのか。暗闇に混ざる困惑と気配を受け流しながら、自分の部屋を目指した。
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