吃逆の止め方


 合宿三日目。部屋で洗面したあとは、透明人間と一般学生で食堂に集まって朝飯だ。生活水準が良いのは飯も同じで、三食和洋のバイキング方式に加えて週二回は栄養価を徹底した給食。舌が飽きないし、健康配慮だしマジで最高じゃん。

 昨日捻挫した足は、松葉杖いらずに歩けるくらいには痛みが気にならなくなった。軽くテーピングしてるだけで済んでるし、初めから大した怪我じゃなかったのかもな。


「きーちゃん、見て見て」

 制服を着たミホが挨拶より先に俺を呼ぶ。おう、と返事すると何かが視界に入ってくる。

「おっぱい」


 ご覧下さいと渡されたのが、目玉焼きを二つ並べた皿だった。女子で群がると過激な話も遠慮しなくなるってネットでよく聞くが、男子に対してもその姿勢を崩さないとはな。ウォーターサーバーの水ボタンを押して、説教も垂れ流す。


「ミホさ、エロ絡めた話を異性にして恥ずかしいと思わねぇのか」

「そういうの気にせず話せる仲になろうよ」

「せめて猥談は控えてくれ、頼むから」

「女の品が無いとかいうやつ? 価値観古過ぎ〜」

「ちげーよ、TPOだよTPO」

「TINPO?」


 声のボリュームを俺だけに聞こえるよう抑えてるから、そこそこ弁えてて強く言い辛い。フラットな関係は結構だが、俺の中にある清楚を尻軽に結びつかせるよう学習させたのは合宿終わるまで恨んでやるからな。流石に顔に出てたのか、ミホは申し訳なさそうにし始めた。


「そんなに嫌ならやめるけど……男子はこういうノリ好きだと思って」

「度が過ぎると隙ありそうって勘違いすんのが男の頭なんだよ、分かったら遠慮してくれ」

「うん、親しき仲にも礼儀ありだね」


 水を入れ終わってミホに順番を譲ると、改めようとする姿勢が落ち着きっぷりから垣間見える。わざわざ俺も忠告しちゃってるし、もう素直に話せる相手になってるのは間違いない。

 食べたいものと飲み物を揃えて、ミホと一緒に指定の席へ向かう。特に時間制限は無いが、席だけは決められた所でなければならないというルール。多分、透明人間が好き勝手座ると誰が誰なのか分かり辛いからだろうな。新しい個性の一つとなってから、社会もどんどん適応していってる。


「おはよ。ミホノセキ、北水さん」


 ドキッとする声だ。天草先輩は先に着席して、見えなくても分かる笑顔で俺らを出迎えてくれた。ボケ〜としてるとミホに肩で小突かれ、誤魔化すように食事を置きつつ話題を作る。


「あれ? コモケーは今日も出遅れッスか?」

「オンライン大会近いし、合宿中も練習しないといけないみたい」

「透明人間史上初、女子高生サムバプロと言われるだけありますね」

「肩書きが渋滞してるよ……」


 盛り盛り属性に困惑しながらミホも着席し、三人で先に飯にする。昨日もそうだが、ここで主に話す内容は食べ物の事とか、今日は何をするのかなみたいなやつ。

 この合宿は学習カリキュラムがある事以外、日々何をするか生徒達に知らされていない。ハイキングだろウォークラリーもそうだ、指示があるまで予定が全然分からん。


「筋肉痛は大丈夫? ミホノセキ」

「んー、意外と平気かも。わたしの学校は週一でリズム運動あるし」

「じゃあ体幹は出来上がってるねえ」


 ミホと天草先輩の会話が続くが、俺は黙々と食べる事に集中する。間に入りにくい雰囲気があるのと、又聞きでも目の前に座っている天草先輩の事を知りたいからだ。

 透明人間とはいえ、噛んだり飲んだ瞬間から飯が消えてく様は何度見ても不思議な感じがする。


「北水さんはどう思う?」


 噛まずに米を飲み込む。やばい、全然話聞いてなかった。


「すいません、寝ぼけて聞い……ヒィック!」

「あー、ほら。水、水」


 しゃっくりが誘発されて、天草先輩に言われるまま冷水を飲む。一旦は落ち着くが、またヒィックと声帯が揺れる。二人にウケてはいるけど、普通に恥ずかしい。


「水……取ってきます」


 コップを持ってたまらず離席。迷子、怪我、しゃっくり、天草先輩には俺の情けない所を晒しっぱなし。——どうしたら、好印象を持って貰えるんだ。


「YO、きーちゃん。緊張でガチガチかなぁ?」


 背後から、ミホがからかいに来た。なんつうか、落ち着くわこいつがいると。


「何しヒィックッ……に、来たんだよ」

「あのさ、やっぱアマユユスが男子か女子か聞いといた方が良くない?」

「知りたくはあるけど。本人から話すの待つべきな気が」

わたしに任せなさい。はい、お茶入れといて」


 自信満々に俺の肩を叩き、コップを押し付けたミホは天草先輩の方に向かっていく。正直分からない方が魅力的だったりするが、仲を深めるなら知っておかないといけない事柄ではある。あのノリなら、上手く性別を聞いてくれそうだ。


「あのさアマユユス!」


 天草先輩への気軽な声掛けから硬直して五秒後、ミホはシュタタッと俺の元に戻ってきた。


「無理! なんか聞き辛い!」

「んだよ、私に任せヒィックッ……言っときながら」

「パンツ履き替えたかどうか聞くような、失礼な感じがするの!」

「クッソ! くだらねぇのに分かりやすいって思っちまった」


 例えがアレだが、まさにそう。空気を読むというか、予感っていうか。なんか言ったらまずいって気がして聞きにくいんだ。図々しいミホがこうなるんだから、やっぱ透明人間の気配による影響は間違いなさそうか。


「こうなったら……こっそり揉む? 上も、下も」

「確実に嫌われるだろ! 俺はどっちだろうと構わないんだから余計な事すんなッ」


 ヤバい方法を否定しながら、ミホにお茶を押し付けて俺はテーブルに戻る。確かに触れば分かるけど。さッ、触りたい興味はあるけどダメだ、絶対にダメだ!


「おかえり、しゃっくり大丈夫?」


 着席した俺に天草先輩から気遣いの声掛け。感覚が逸れたおかげか、しゃっくりがピタリと止まっていた。思ったより早い。


「おさまった、みたいです」

「良かった。ゆっくり食べなよ」


 気をつけます、と俺はまた水を飲む。こりゃ口頭でこっちから聞くってのは難しそうだ。一緒に過ごして改めて思うけど、透明人間のってすごいな。あらゆる感覚が上書きされていく。

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