見えない、見てない

 学生達は四の五の言えぬまま、山のウォークラリーは開始した。どう考えてもハイキングだろというツッコミはさて置き、配られた電子タブレットには行き先と方角を知らせる画面が表示されているだけで、他のアプリケーションを開く事が出来ない。

 大事な地図係を担当するのは俺だ、端末を頼りに先導して山を進んでいく。自然を楽しむ所だろうが、そういうのは行き先を定めて計画を立てるからモチベーションが出てくるのであって、訳わからん山に放り込まれてもって鬱憤が景色の魅力を半減しちまってる。


「はぁ……、遭難したような、気分」

「ゲーマーに……ッ、山歩きは……辛い〜!」


 後ろから、息を切らすミホとコモケーの声が追いかけてくる。


「ちょっと休憩しようか」


 天草先輩の近い声に引かれて振り返ると、やはり運動が苦手そうな二人は、まあまあ離れて歩いていた。端末を見るにまだ十五分くらいしか歩いてないが、女子の体力的にはキツイか。

 コモケーとミホに合わせて、一旦その場で休む。各々お菓子やら飲み物が出てくるが、これも合宿施設に一日五百円まで無料の特典付きコンビニがあるお陰だ。


「ぷはーッ、やっぱり日本人はお茶だわ!」


 ミホはスナック菓子を緑茶でガンガン流し込む。遠慮なきバリボリ咀嚼音と共に、清楚な第一印象が砕かれていく。一言いいか。


「おいおい、仮にもお嬢様学校出身だろ」

「せっかく学校抜けてきたんだから、羽目を外したっていーでしょ!」

「ふふ。これが、素のミホノセキなのかもね」


 天草先輩の穏やかな声が心地良い。コモケーの隣でシリアルチョコバーをどんな顔をして食べているか分からないが、一緒にいて楽しいのは間違いない。どうなる事かと思った合宿だが、この四人なら良い思い出が作れると前向きになれるくらいには会話が弾んでいた。


「昨日から一緒に飯食って改めて思うんすけど、透明人間が食ったものが消えたように無くなるのが不思議で不思議で」

「それわたしも思った!」


 疑問を込めるミホと俺に対して、天草先輩はリュックから麦茶のペットボトルを出してみせた。透明人間が持ったものは、透ける事なく物体としてそこにある。


「至って普通の麦茶だよね。でも、透明人間が飲むと……」


 天草先輩はペットボトルに口をつけて、丁寧に飲み始めた。中の麦茶は少しずつ減っているが、どこかへ消えるように飲み口から流れていく。ある程度摂取した所で一旦やめたが、よく見ると唇に付いた麦茶の水滴は消えていない。


「厳密に言うと消えたんじゃなくて、外側からだと無いように見える。そんな感じかな」

「なるほど。マジックミラーの筒みたいなイメージですかね?」

「そうそう」


 天草先輩が身をもって説明してくれたが、ネット百科事典で見たまんまだ。逆に内側から外に出たら透けずに出てくるらしい。何がとは言えないが。


「なんかさ、消臭ビーズを水に入れると消えるみたいな視覚的原理に近いって、わたしの学校では教わったけど」


 ミホは不思議そうに緑茶をごくごくと飲み、便乗するようにコモケーが黒飴の小袋を開けて口の中に入れてみせた。うおお、また消えたように無くなったぞ。


「ウチらの身体は、まんま浸透海月シントウクラゲだからね〜」

「でも、心臓だけは丸見えなんでしょ? そのせいで、公共のお風呂利用出来ないし」

「最初はグロかったけど、慣れたら毛みたいなもんだよ〜」


 コモケーが飴を転がしながらミホに対して気軽に言う。透明人間特有のセンシティブな部分だから、男女問わず隠さないと気配も相まって速攻捕まる。気になるけど、見たいとは思わんのが一般側の感覚だ。


「じゃあそろそろ行きますか」


 俺が発言して再出発の準備をする中で、コモケーはやたら乗り気ではないように荷物を入れたり出したりしている。


「はぁ……あとどれくらい歩くのさ〜」

「端末を見る限り、あと二、三時間はかかるかもしれないっす」

「コミュニケーション向上が目的なら、みんなでサムバした方がいいよ絶対に〜。学校行事でアウトドアなんて時代遅れだよお〜」


 やだやだ〜とゴネるコモケーの背中を天草先輩が頼もしく押す。見渡す限りの山だ、ぐらいの感想しか出ないウォークラリーという名のハイキングだが、一人一人の性格とか見えてきて結構面白みがある。相変わらず姿は見えないが、今となっては多様性のうちの一つだしな。


    ◇


 あれから二時間は歩いただろうか。タブレットを頼りに、なんとか歩ける山道を進む事が出来ている。最終的にまた合宿施設に戻ってくるルートらしいが、変わり映えしない景色が続いても、四人の会話に沈黙は全く無かった。

 ——が、ここ五分前からミホの口数が減った気がする。清楚な見た目とは違って、くだらないお喋りを楽しむ一般的な女子高生って感じだったのに妙に大人しいぞ。流石に疲れたか、山歩きに苦痛を感じているのか。


「ミホ、もう少しだから頑張れ」

「……」


 軽く振り返って声を掛けたが返事もない。俺だけじゃなく、天草先輩とコモケーも気になりだしたのか歩みが緩くなった。先導する役割として、ミホの様子を見ようと近付いた。


「おい、大丈夫か? 調子悪いなら無理しなくていいんだぞ」

「別に、……そんなんじゃない」

「歩くの辛いなら、一旦休もうよミホノセキ」

「休憩! 休憩! ウチも賛成〜!」


 三人でミホを取り囲む。注目が集まったせいかソワソワし始めるが、テンションが下がってる原因をなかなか話そうとしない。


「ごめん……わたし


 周りから囲まれて参ったのか、やっと話してくれそうだ。少し、恥ずかしそうにしてるけど。


「お手洗いに、いきたいの……」

「あんだけ緑茶飲めばな」と口が滑ってしまった。ミホが悔しそうに詰め寄ってくる。


「こッ、こんなに時間かかるなんて思わなくて!」


 あー。顔とか仕草とか限界間近っぽい。この雑木林にトイレなんてあるわけないし、緊急性を考えるとそこら辺でしてこいとなるが、女子に対して口が裂けても言えない。誰でもいい、なんとかしてくれくれないか。


「花笠〜。ウチが、付いて行こうか〜?」


 助け船を出したのはコモケーだ。もう選択肢が無いミホは弱々しく「お願い」と口にして、二人は茂みの奥へ向かっていった。

 グッジョブと心の中で感謝するのも束の間、天草先輩と二人っきりである現実が押し寄せて思考が停止する。


「ゴールまで、あとどれくらいなんだろ」


 天草先輩に言われて、タブレット係の俺は確認を急ぐ。昨日初めて会ってから、一緒だと心が落ち着かない。透明人間の気配は生き物の察知能力に強く影響する、生き物の注意を引く。深海8000メートルにいたクラゲが、それを当たり前にしたんだ。


「どうかした? 北水さん」


 それとは少し違うような。訳もなく緊張なんかするのだろうか。間を置いて、また二人になって納得しつつある。


「あと、一時間くらいで目的地に着くみたいっす」


 タブレットにある情報を見ながら、液晶に反射する天草先輩の姿を見る。男か女か分からないし、どんな顔をしてるのかも見えない、ミステリアスなのが凄い惹かれる。


「ここまで喋りっぱなしだったね」

「賑やかで、楽しいですよ俺は」

「自分もだよ」

「天草先輩は、運動得意な感じですか」

「トレーニングは好きだけど、ランニングとかジムに行ったりはしないかな」


 色々もっと知りたい。俺は意識してるんだ、天草先輩の事を。


「二日目から山歩きは、なかなかエグくないですか」

「エグいね。ミホノセキとコモケーは、降筋肉痛になりそう」


 そこでガサカザと足音が近付いてくる。スッキリ顔のミホとお馴染みジャージ姿が見えた所で、二人が戻ってきたと一安心。


「お待たせお待たせ〜、天草の気配のおかげで迷う事なく来れたわ〜」

「こういう時に便利なのが、透明人間の気配だよ」


 透明人間同士が、あるある感覚でカミングアウト。素人が歩くべきではない山だが、気配で探し当てれる性質のおかげで遭難の心配は無さそうなのは言えてるな。


「じゃあ、出発しますか」


 俺がまた先頭に立ち、ウォークラリーとやらを再開した。残る道のりは一時間ほど、この調子ならトラブル無く行けるだろう。


「ちょっと、コモケー」


 歩みを止めていないが、ミホの小声が後ろから聞こえてくる。困り事があるような印象だ。


「覗いたり、してないよね?」

「え。してないけど〜⁉︎」

「だって……凄い見られてるような感じ、したんだもん」

「透明人間の気配ってやつだから〜! ちゃんと距離取って後ろ向いて、耳塞いだよ〜!」

「うぅ。ほんとに、ほんとう?」


 ヒソヒソのつもりだろうけど、丸聞こえだ。ミホの不安も分からなくはない、透明人間の放つ気配は背後から誰かに追われたり、見られてる感覚に近い。便所や風呂がもし共同だったら、落ち着かないと思う。完全個室で本当に良かったな。

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