第一章『有光の野山へ』

そこに山があるだろう

 共同合宿二日目。朝九時半、綺麗な施設の外に出れば即席でならしたであろうグランドがお出迎えだ。透明人間を含む生徒は全員運動着に身を包み、これから何を実施するのか知らされないまま外に集合している。

 俺は軽く準備運動をしながら、置かれている状況を整理した。

 先ず、飯は食堂で毎回集まって食べる事がルールである事。次に、ここが何処なのか。東京からバスで三〜四時間は乗ったが、見渡す限り山で関東か地方かすら分からない。ネットはスマホを含めて使えても位置情報の取得は出来ず、徹底的に特定させないつもりらしい。流石は国絡みの実態調査ってやつか。


「おっはよー。きーちゃん」

 アキレス腱を伸ばす俺にミホが話しかけてきた。こちらの体操に合わせて、よいしょーと関節をほぐし始める。

「体育でもするのかな?」

「かもな」

わたし、こーみえて得意だよ!」

「運動が?」

「見学に決まってんじゃん!」

「動かないんかーいッ」

「おはよう、二人とも」


 天草先輩の第一声でりきみ、反らした上体に余計な負荷をかけてしまう。ミホに気を許し過ぎて油断していた、咄嗟に前屈で動揺を誤魔化す。


「今日もよろしくね、ミホノセキ」

「もちよ、アマユユス!」


 なんだそのアマリリスを文字っただけの呼び方は。ミホに関しては力士か何かかよ。癖強あだ名にツッコミながら上体を戻すと、運動着姿で腕を組んでる天草先輩が透けて見えた。


「張り切ってるね、北水さん」

「うっす……」


 俺のリアクションが水と牛乳をぶち込みすぎたシチュー並に薄い。天草先輩を前にすると、姿が見えない状況にも関わらず目を合わせられないぞ。


「アマユユス、コモケーは?」

「まだ来てないね。昨日も深夜までサムバやってたみたいだし」

「え。遅くまでゲームしないといけないの?」

「そうなんだよ、ミホノセキ。プロゲーマーは時間費やさないと、すぐ感覚が鈍るから」


 大変そー、というミホの裏で俺はフンフンと屈伸に集中していた。まるで心臓の脈拍が上がっているのは、体操のせいだと理由付けるかのように。

 ——透明人間の気配ってのは、ここまで落ち着かないものなのか。見られてるとすれば、様子を伺われてるとしたら、そんな予感が俺を緊張させる。

 訳ばかり探していると、拡声器のハウリング音に肩を叩かれる。前を向くと、越前先生がいつの間にか朝礼台に乗っていた。


「えー、皆さんおはよう御座います。昨日は、自己紹介で合宿がスタートしましたね」


 お互いをもっと知る為に、そういう趣旨の話が生徒達の耳にゆっくりと届いていく。やっぱ集団で運動するっぽい、誰もがそう思って傾聴する。


「本日はウォークラリーをして頂きます」


 ふむふむ、野外学習か。納得の後に、木々が学生達の違和感を一纏めにしただろう。街歩きという考えが遠いた事に気付いた人から、ざわめき始める。


「まさか、この山を歩くとか……言わないよね?」


 ミホが勘弁してと口にするが、もう歩くと言ってるようなもんだ。越前先生がウォークラリーの流れを分かりやすく説明してくれてるのに、満場一致の面倒くさいで話が入ってこない。


「無理。わたし見学する」

「全員参加に見学はねぇ、諦めろミホ」

「マジ……? いかにも熊出そうな所だよ⁉︎」

 ありえないと態度に出すミホの両肩を、天草先輩がさすっているようだ。

「あはは。いかにもって感じだね」


 やるしかないかと考えても、見所があるかどうかも分からない山を歩くのは正直厳しいぞ。しかし問答無用で実施しますと言うが如く、職員達からグループ毎に道順を示す電子タブレットが配られていく。

 反応とか周辺の話し声でふと思うが、全員女子のグループがいるし、一人だけ男という心底羨ましいパターンもある。透明人間と一般学生で二人ずつは分かるが、四人一組に男女のバラつきがあるのはどういう事なんだ。


「ごめんごめんごめ〜ん! 遅れたぁあ」


 ウォークラリーの目的を越前先生が語り始めた所で、コモケーが遅れて合流してきた。外でも変わらず青ジャージ姿なのか。


「で、何が始まるの北水〜?」


 アマユユスとミホノセキに対して、こっちは苗字呼び捨てという。グループに分かれて、ウォークラリーですねと俺が伝えた後に「学校っぽいじゃ〜ん」とそこそこ良い反応のコモケー。どうやって過ごすんだと思っていた透明学生共同合宿だが、新入生に向けたプログラムみたいな感じで思った以上に【学校】していた。

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