一日がおわり、合宿が始まる

「うぉおッ、全部音声端末で動くぞこの部屋!」


 共同合宿一日目、オリエンテーションを終えてからは共同夕食を挟んで、各自施設の散策タイムに突入した。時間で言えば夜だし、先ずは全員荷物整理をする頃合いだが、一部屋に一人割り当てられたここの設備がマジですごい。

 冷蔵庫、エアコン、トイレ、ロボット掃除機、自動沸き風呂とテレビは最新型で全て音声認識として機能して、生活水準が完璧に仕上がってるな。備え付けPCは高性能だし、ありとあらゆる映像サブスクも使えるし、棚の中にはダウンロードし放題のゲーム機も揃ってて、もう語彙力が『マジですごい』しか出ない。


「ここで暮らしてえなあ〜」


 実家の自室とかけ離れた優雅な作りに、俺はうっとりしながら椅子に座った。うおう、これがゲーミングチェアってやつか。人間工学に基づいてるだけあって、姿勢に優しそうと思わせられる。


 ピンポーン


 そこに来客を知らせるインターホンが鳴った。設備にはしゃいで気付けば部屋の時計は二十一時、この合宿では消灯時間だぞと知らせに来た職員の人だろうか。へいへいとドアを開けるとそこには、もこもこパジャマを着たミホがいた。


「やっほー、きーちゃん」

「ミホ? なんか用でもあるのか」


 要件を尋ねる俺を横切って、ミホは遠慮なく部屋に入っていく。そしてじっくり室内を見てやがる。


「部屋は男子も同じ感じか〜」


 ここに来たばかりだから情報プライバシー要素が皆無とはいえ、気軽が過ぎる。お嬢様学校だから、異性との距離感が分かってないかもしれない、共学の出として言わせてもらおう。


「あのさミホ」

「なあに?」

「フレンドリーな姿勢は良いが、初対面から間もない男子の部屋へ躊躇なく上がり込むのはちょっと」

「はいはい、清楚なのは学校名だけだから」

「えっ」


 俺が素直に焦った瞬間、ニヤリと小馬鹿に笑われた。お嬢様に一本取られて、悔しさを歯に込めていると、ミホは髪をいじりながら真剣な表情に切り替える。


「この合宿って実態調査じゃん?」

「そうだけど……」

「淫らな事したら、未来永劫ネタデータとして扱われるって事だよ。だーかーら、わたしにドキドキを期待しても無駄でーす」


 まるで意思表示のように、ミホは俺のベッドにストンと腰掛けた。こうなればこっちも腕を組んで、動揺しねえよと意思返しするしかないな。


「……。きーちゃんはどうだった? 透明人間と話してみて」

「直接見るのは初めてだったけど、至って普通って感じだな。ミホは?」

「表情が分からないのは、ちょっと気になったかな」

 足をパタパタさせながらミホは言ったが、その後からお互いに沈黙が続く。ダンボールベッドに足が当たる音はまるで秒針みたいだ。


「ごめん。ちょっと図々しかったね」


 その一言と同時にミホは立ち上がった。そのまま出口まで歩いた所で振り返る。


「お邪魔しました。明日から、またよろしく」


 ニコリと笑顔を置いて、軽く会話した事に満足したミホは部屋から静かに出ていった。俺はふぅと息を吐いて、思考に切り替える。お嬢様学校っていうのは実際、あんな感じなのかと思ってしまうが、今回トキメキを期待するなってのは間違いない。


 この合宿は学生調査の一環だ。今となって透明人間は、歯科矯正とか整形みたいなもので数百万払ってDNA注射を打てば誰でもなれる代物となった。興味本位や動画の企画でやる人もいれば、容姿にコンプレックスがある人、外見差別から逃れる為にやる人、あえて目立つ為に手を伸ばす人、理由なんて人それぞれだし、自由でいいと思ってる。


「天草先輩は、どうなんだろう」


 ゴロンとベッドに寝転がって天井を見る。俺にとって初めて会った透明人間は天草先輩だけど、あれからずっとあの人の事が気になって仕方ない。

 男性なのか、女性なのか。何が趣味なのか。家族構成とか、出身地とか。どうして透明人間になったのか。考えてしまって仕方ないのは、気配からくるものなのか、感情からくるものなのか分からない。めちゃくちゃ印象が強烈で、また会いたいという思いが内側から溢れてくる。


「知れたらいいけどな、これから……」


 期待を胸にしまい込んだ俺は電気を消してと音声認識に部屋を暗くしてもらい、布団に潜った。

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