四人一組

 案内されて入った教室には、オリエンテーションに参加する生徒が五十人くらい座って待機していた。全体を見ると天草先輩のように透明人間の学生が半分くらい確認できて、分かる外見は制服だったり私服だったりと自由な服装である事だけ。


(じゃあ、あとでね)


 優しい声を残して、天草先輩は席に向かっていった。名残惜しい気持ちを押し除け、俺は自分のネームプレートを探す。途中でミホと目が合って小さく手をふり返し、名前を見つけて着席する。机にある注意点プリントや合宿パンフレットを読んで待っていると、キーンコーカーンコーンと学生意識を叩く鐘が鳴った。

 そこにガラッと病院によくあるシャトルドアを開けて入ってきたのは、定年間近と思わしきお爺ちゃん先生だった。紺色ネクタイに、白いポロシャツ。見た目はまんま先生だと思っていると、穏やかな笑顔を披露していく。


「こんにちは。透明学生合同合宿へようこそ」


 顔を改めてみると、ツルツル頭に左右の白髪といい、鼻ヒゲといい第一印象は【絵に描いたような博士】って感じ。


わたしは、このクラスで共同学習カリキュラムを担当する……」


 飴をくれそうな雰囲気を漂わせるおじいちゃん先生は、ホワイトボードに名前を書き始めた。けど、字がプルプルしてる上に薄くて読めやしない。


越前えちぜん利勝としかつと言います。授業の間だけですが、これから一カ月……宜しくお願いします」


 越前先生は、何度か深く息を吐きながら挨拶すると、ではグループに分かれましょうと生徒達に指示をした。この合宿は主に四人一組となって、共同で生活する事になるらしい。いきなり席入れ替わるんかいと、ザワザワ移動に混ざっているとミホが近付いてきた。


「きーちゃん! もしかしてグループ一緒⁉︎」

「らしいな」


 奇遇だねと、お互い安堵を交換する。コミュニティ面での心配がない事を喜んでいると、見覚えのある服装が視界に入ってきた。


「北水さんと、花笠さん……かな?」

 その声を聞いた瞬間、焦りが言葉に乗る。

「あぁッ、天草先輩⁉︎」


「知り合いなの?」と、ミホの疑問が耳から通り過ぎていく。まさかの天草先輩とグループが一緒という現実に凄い動揺して、返す言葉を見失いかけていると軽い足音が近付いてきた。


「よっす〜。ウチもこのグループだわ〜」


 軽いノリの女子ボイス。なんか聞き覚えがあるような気がするけど、前開きの上着とダボダボのズボンをセットにした青いジャージ姿に考えが上塗りされる。この人も透明人間だ。


「四人、だからこれで全員かな」


 ミホが状況をまとめてくれた。最初からグループごとの席にしろよと思いつつ、学校テーブルを四つ合わせて全員着席した。流れ的に自己紹介って感じ。


「まずは、顔合わせだね」

 天草先輩が先陣を切る。約二名、透けてて顔が分からないが。

「自分は高三の天草優あまくさ ゆう。透明学生側で参加したんだ、一カ月の間よろしくね」

わたしは、花笠はなかさ 美穂みほ! 高二だけど、学年気にせず接していきたいと思っています」

「もちろんだよ。君のその制服は、和泉沢学園のだよね?」

「でもわたしとしては、私服で参加したかったです……。学校外でも面子立てないといけないの、本当にお嬢様ってのは——」

「でも、正直羨ましいな。女子だけだと安心して過ごせるよね」

「まっさかー! 女子校なんて、男の目がない事をいいことにエッグい下ネタ言いますからね!」

「それもそうだし、集団が小型化して人間関係がちょっと面倒になるよね」

「ほんとほんと!」


 ミホと天草先輩が楽しそうに話しているので、俺はもう一人の女子と思われる生徒に恐る恐る声を掛けた。


「えーと、俺は高校二年生の北水明幸きたみず あきゆきです」

「お〜、ウチは小森こもり 和子かずこ。高一で休学中だけど、これからよろしくな〜」


 軽ッ、でも気兼ねなくしていい姿勢はかえってありがたい。失礼ながら古臭い印象はあるが、名前からして女子で確定だろうか。それにしてもどこかで聞き覚えのある声というか喋り方だ。透明人間で顔が分からないから、余計引っかかる。


「隠す気無いんで言っときますけど。ウチ、コモケーっ名前でプロゲーマーやってま〜す」

「えっ、コモケーって……もしかして、サムバのkom0K(コモケー)だったりする⁉︎」

 内心驚く俺に合わせて天笠先輩が食い付いた。あのゲームやってるのか、もしかして。

「んん? サムバって去年流行った、銃撃つゲームだっけ」


 聞いた事あるかもって反応のミホに、天笠先輩の迫る気配がした。サムバは【3 man battle royale】という三人一組になって、最後の1チームになるまで生き残りをかけて戦うFPSゲームの事。世間では頭文字を取って、3MBR(さむばー)という略称なんだと、グイグイ説明してる。俺もプレイしてるってカミングアウトしたいが、傾聴姿勢を崩せない。


「今年の世界大会配信、自分観てたよ! 凄かったなぁ、準決勝のクラッチプレー」

「あれね〜。敗退間際だったから、マジでメンタル終わりかけてたわ〜」


 そうそうそう。コモケーが魅せた最終盤の1vs3のクラッチプレーは本当にドラマ性あってあれ以来、俺もプロの大会をチェックするようになったんだ、と脳内で一言添えた。これに混ざったらミホが孤立する予感しかしない、人間関係は最初が肝心だから合わせないと後々面倒になる。本当に。


「まさかここで、コモケーと合宿できるなんて。自分は天草優あまくさ ゆう、よろしく!」

「お〜! 天草もサムバやってんの、ランクは?」

「マスターだよ」

「ガチ勢やん!」


 透明だから表情が全く見えないけど、二人がグータッチしてるのは読み取れた。なんか、話のノリ的に天草先輩って男なのか。でも、ミホとの会話は女子らしさもあるような。聞きたいけど失礼に当たる様な感覚が胸に来るのが不思議で、これが透明人間が放つってものかもしれない。


「なんか透明人間って直接会うと不思議な感じするね、きーちゃん」

「確かに。怖くない幽霊が近くにいるような、そこにいる感がすごいっすね……」

「ほんとに! オーラってやつかな、存在感がこーう、ビシビシと」


 サムバで盛り上がる二人を前にして、ミホと肩を近付けながら透明人間について語り合う。配信で見た時はなんとも思わなかったけど、対面すると目で追っちまうし、気になっちまうし、顔が見えないけど認識するみたいな。今までにない感覚に戸惑うけど、接する事に違和感は全くない。


「上手くやっていけそうですね」


 ゆらりと越前先生がグループ席に歩み寄る。近くで見るとますます博士だなぁと思うが、机に片手を付いたり肺が擦れるような咳を挟んだりしてる辺りやっぱお爺ちゃんだなって感じ。


「越前さーん、共同学習カリキュラムって何やんの?」


 コモケーの配信慣れしたフランクさに驚かされっぱなしだが、俺達のグループも担当の先生も良さげで、これからの合宿に期待が持てる。その中で、何度も姿を追いかけてしまうのは——天草先輩。

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