透明人間に惹かれて

「え。まさか……迷った?」


 清潔感は良いけど生活感の無い廊下にポツンと立つ。あれからバスは合宿地に到着した訳だが、受け取った荷物を下宿棟に預けてこれからオリエンテーション室で説明会。という所で、どんくさい俺は筆記用具と必要書類をキャリーケースに忘れてきてしまった。取りに戻ったはいいけど、道順が分からない。病院みたいにどこまでも真っ白な壁が続いてるし、同じドアがいくつもあるし、完全に詰んでる。


「目印とかないのか? 分かんないぞ、こんなのさぁ」


 誰もいないってのも相まって文句と並び歩くしかない。一度通っただけで道覚えられると思わないでくれよ、っていうか、誰かに監視カメラで見られる感じするんだが。


「どうしたの?」


 迷子になった不安と苛立ちが後ろから聞こえてくる足音と声で吹き飛とぶ。振り返ると、思わず「あ……」と声が出た。真っ白なパーカーと黒いスラックス、そして紺色のスニーカー。それしか、見えなかった。


「もしかして、透明……人間?」

「……。うん、そうだよ」


 ——凄い素敵な少年声。ハスキーなんだけど、心地よい声質で耳がくすぐったい。透明人間だから当然顔は透けていて、人型のシルエットがうっすら見える。男子か女子か、パッと見分からないけどシルエットがすごく魅力的だ。


「あのさ。何か困ってる様子だったから、話しかけたんだけど」


 透明な姿に見惚れて、ハッと我に返った。表情分かんないけど、うろちょろしてる変な男子高校生って思われてんな。さっきの見られてる気配は、多分この透明人間さんが出してたものかもしれない。


「ええと……俺は、透明学生合同合宿の一般生徒枠で来た、高二の北水明幸きたみず あきゆきって言うんですけど、オリエンテーション会場がどこか分からなくなって」

「なるほど、迷子って訳か」


 足音が近づいて来る。直では初めて見たけど、これが透明人間か。小学生の頃に出会っていたらテンション上がっていただろうけど、今となっては個性として見れる程度には透明人間はネットや動画で見かけるし。


「自分は——天草優あまくさ ゆう。ある通信制高校の……三年でさ、透明学生枠としてこの合宿に参加してるんだ。よろしくね」


 氷みたいな透明感の手が伸びてきた。恐る恐る指から差し出して、天草先輩と握手をした。おぅぁ、手すっごくあったけえ。ガッチリして大きい手のひらだけど、指は繊細さを感じる。透けたシルエットしか見えないのに、爪と骨がある感じが手に伝わって生々しい。


「……。やっぱ変? 透明人間って」

「あッ、すいません天草先輩。ネットとか配信でしか見た事なくて、直接会うと新鮮というかなんというか……」

「ふふ、緊張しなくていいよ。ファッションみたいに、そのうち慣れるから」

「そう、ですかね?」


 握手を解いて、困惑しながら天草先輩の全体像を見てみる。ネット百科事典で見たけど透明人間といっても、姿が完璧に見えない訳じゃない。

 効能の元になっている深透海月シントウクラゲと同様、全体的に透けてるけど心臓だけは丸見えらしい。結構グロいから当然衣類は着て欲しいし、着てないなら、犯罪だからやめて欲しい。


「何か、透けてるのにすごい存在感あって。有名人と会った時みたいな」

「それが透明人間が近くにいる時の、感覚ってやつさ」


 天草先輩が言ったように透明人間は、普通の人間より気配が強くなるとかで、姿が見えないからって完全に存在感を消す事は不可能と言われている。だから隠れてよからぬ事は絶対に出来なくて、今まで透明人間による直接的犯行は起きてないし行方不明になっても、翌日には特定されてる。一人になれないって、ちょっとだけ不便な身体だよな。


「とりあえずさ、説明会まで時間迫ってるし教室に戻るなら急いだ方がいいよ。案内するから、ついてきて」

 慌ててついて行きながら、天草先輩の後ろ姿を見た。

「はい! お願いします……」


 シルエットから見て、173センチの俺と大差ない身長。大きいパーカーのせいで背中は広く見えるけど、細身なのは何となく分かる。スタイル良さそうだし、握手した感じから筋肉質な印象もある。


「北水さんはさ、この合宿に不安とか無い?」

「不安ですか? うーん。全員初対面なんで上手く馴染めるかな、くらいですけど」

「透明人間に対して——不安はない?」


 合宿内容よりそれが一番聞きたい事なのか天草先輩は、先導しながらそう言った。何だろう、その言葉の意味。すごい気になるけど、今はそんな不安一切ない。


「最初は、表情が読めない人と話すの怖かったんですけど。天草先輩と話して、抵抗無くなりました」

「そっか」


 こっちを向かず、前に進んでいくのに優しく撫でられるような声に、俺は惹かれていく。人物像が全然掴めないのに、男子か女子か分からないのに。その姿から目が離せない。


「一ヶ月って短い間だけど、自分と仲良くしてくれたら——嬉しいよ」


 軽く振り向いてくれたような視線を感じた。透けて認識できないのに、天草先輩の優しそうな瞳が目に浮かぶ。

 その瞬間、心臓から電流が流れたかのように全身が痺れる。言葉が上手く出せない。——何故か今、とんでもなく緊張してるんだ。


「一ヶ月の間……よッ、よよろしくお願いしますッ!」

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