不透明なクラゲに一つだけ色を選ぶなら
篤永ぎゃ丸
序章『透明人間』
深透海月(シントウクラゲ)
【透明人間になったら、なにをしたい?】
小学生の時の卒業文集に、そんな項目があったのを俺はよく覚えている。好きなアイドルの私生活に混ざりたいとか、工場の裏側を覗いてみたいとか、船に忍び込んで世界一周旅行に行きたいとか、どれもこれも欲望丸出し。大人ならお金とか悪戯とか、もっと
子供の頃、妄想の一つに留まっていた『透明人間』は、俺が高校生になると突如現実のものとなった。それも、ある新種の深海生物の発見がきっかけで——。
「——
ゴールデンウィーク明けてすぐの月曜日、ある場所に向かって走る観光バスの中、その声にハッと意識が引っ張られて左を向く。通路側の席には、いかにもお嬢様学校な制服を着た女子生徒。
「あれ。起こしちゃった? ごめんね〜」
彼女は手元のしおりから、視点をコチラに向けた。
「あ、大丈夫。なかなか目的地に着かなくて、居眠りしてただけだし……」
「三時間も乗ってたら、眠たくもなるよ。
凛とした黒髪長髪にカチューシャ。育ちの良さそうな見た目の女子は、話し方は気さくで笑顔も可愛らしい。
「
右手をご丁寧に伸ばしてきた。いきなり他校の男子に握手するコミュニケーション力に驚くが、流石に配慮を優先して握り返す。
「
学校だ」
「あはは、生徒のノリは普通の女子高だよ〜! で、あなたの名前は?」
「俺は北水、
堂々と自己紹介が出来るバスの中は、制服の違う男女の生徒がそれぞれ会話したりお菓子を交換したり、スマホアプリで遊んでいる。まるで、修学旅行の様な雰囲気だ。
「北水……よし、合宿中はきーちゃんって呼んでいい?
「お、おう? なら……ミホ。一ヶ月の間だけど、よろしくな」
数分の会話であだ名呼びへ昇格。人見知りな性格だから、相手からグイグイコミュニケーションをしてくれるのはありがたいけど。
するとミホは、足元の学生カバンに手を伸ばして何かを探し始めた。俺は、座席ポケットにある『合宿のしおり』の表紙を見る。
そこには柔らかめの字体で『透明学生合同合宿』という文字。様々な学校から希望生徒を寄せ集めて合宿をするというもので、なんと費用は全て国が負担、期間中は簡単な勉強カリキュラムを受けるだけ。
綺麗な施設で一ヶ月も他校の生徒と合宿出来て、単位も取れるなんてみんな行きたいに決まってる。各校一人だけなので凄い競争率な訳だけど、ちょっと面白そうだから適当に申し込んだ俺が行く事になってしまった。
「はい、クッキー食べる?」
「ありがとう」
一口サイズのチョコチップクッキーを受け取って、口に放り込む。ああ〜、今頃学校で授業受けてる同級生の裏で食べるお菓子は最ッ高に美味いぞ。
「にしても、今のバスにはいないよね、透明人間の学生さん。もしくは、この中から誰かがなるのかな?」
ミホの一言で優越感から引き戻される。修学旅行気分だけど、この合宿には国が絡むだけの理由があるとかなんとか。
「俺達は一般生徒枠らしい。透明人間とはこれから合流するんだとさ」
「へー。
クッキーをかじりつつ、ミホはワクワクした表情を見せる。この合宿の主な目的は『透明人間共同研究』というもの。
人が透明人間と集団生活した場合どうなるのか、若者の意識変化を見る為の学生調査の一環とは聞いてる。
ある深海クラゲから始まった世紀の大発見から五年。透明人間は大物配信者とかインフルエンサーとか、お金持ちの娯楽みたいなものだったけど、これからもっと身近になっていくように世の中は動き始めてる。もしかしたら俺もこの合宿でなれるのか、あの透明人間に。
(透明人間……か)
期待を隠しきれないミホの横で一言呟いて、俺はバスの窓から外の景色を眺めた。どこかの山道を走っているから、目の前を横切っていくのは杉の木ばっかりで退屈すぎる。そのせいか、居眠りする前の考え事がまた戻ってきた。小学生の卒業文集で、俺は——。
(透明人間になったら、何がしたいって書いたんだっけな……)
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