(拓)

 最初は軽い気持ちだったんだ。

 誰かを助けられたら、いいやって。

 今考えたら、そんなの言い訳にすぎないのに。


「尾畑先生!助けてください!」

そう言って、俺の目の前にいた女性はいきなり土下座を始めた。

「ちょっと!困ります!顔を上げてください」

 俺は、必死に土下座をする女性を立たせようとした。

「どうか!どうか!うちの子を助けてください!」

 目の前の女性は、一向に顔を上げようとしない。


「尾畑先生、災難でしたね〜」

休憩室で同僚の医者が、声をかけてきた。

「あ・・・いえ」

「ああいう無謀な助けを乞う患者の家族は、もう出禁にした方がいい気がしますけどね」

 同僚の医者は鼻で笑ったように聞こえた。

「・・・」

「まあ、そう簡単にドナーなんて見つかりませんから。気にすることないですって。ね?」

そう言って肩に置かれた手が、俺の心にひどくのしかかった。


 しかし、人は良くも悪くも『慣れ』ていくもので、気が付いたら俺自身がその沼から抜け出せなくなっていた。

 臓器がなければ探せばいい、金さえあれば救える命はあるのだ。

 だが、金丸のジジイの話を聞いた時、俺は結局似たようなことをしているような気がした。血が繋がっていないのに。


 蓄光塗料の灯りは、薄気味悪い気がしてならなかった。

 毎日ランニングをしているというのに、やはり山道を登ることとは勝手が違うらしい。

 息が切れて、肩で息をしている。

 もう少し、もう少しだ。

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