11羽目
(未由)
「どうして、金丸のおじいちゃんの棺桶の中に、ドライアイスが追加されていたのか、わかった」
拓に伝えたかった、棺桶の不自然なところだった。
「さすが未由」
目の前にいる光が、大きく拍手する。
その拍手が山の静寂に響き渡る。
「腐らせたくなかったんでしょ?金丸のおじいちゃんのご遺体を。骨になってしまえばDNA鑑定はできないから」
光が黙って頷いた。
「この町には、尾畑が多すぎる。そして、DNA鑑定をするなら、父方の方でないと、正確な結果が出ない」
「・・・鑑定したの?」
「さすがにまだ結果は出ていないけれど、薄々気が付いているんだろう?」
私の頭の中などすべてお見通しのようだった。
私はゆっくり頷いた。
「あと拓と未由の鑑定をしたら、僕は満足」
光が私を見る。
「兄妹じゃなかったら、逆にびっくりだよね」
やはりそうかと笑えてきた。
「調べたんだ。未由の母親の研究。人工授精だった。当時はまだ成功率が高くはなかったみたいだけど。そして、未由の母親も含めた全員が同じ時期に妊娠はおかしいだろ?」
ずっと疑問に思っていたことを光は、すでに調べ上げていた。そして。私が知りたかった答えにたどり着いていた。
そうか、そうなのか。私には、光に聞いておかなければならないことがある。
「・・・ねえ、知っていたら、結婚しなかった?」
「知っていても結婚したよ。それが僕と未由の『約束』だったから」
光が寂しそうに笑う。
「確かに『約束』したね。私も殺すの?」
「もともと、殺す予定ではなかった。でも、きっと僕たちは、みんな生まれてくるべきではなかったんだ」
そう言って、近くにあった松明のようなものに火をつけた。
「逆に未由は知っていた?金曜日のカレーの日は、僕らは『何かの薬』を混ぜられていたことを」
光が皮肉そうな顔でこちらを見る。
「・・・知らなかった。お母さんのカレーが本当に不味かったけど、そんなこと全然感じなかった」
「僕もできれば、知らないままでいたかったよ」
多分、光はここで私もろとも焼き尽くすつもりだ。
「・・・卒業アルバムは、どうして破いたの?」
「あ~、小学生の頃の尾畑誠の顔が僕とそっくりだったんだよ。遺伝って、怖いねえ。文集には、作りたい薬とか書いちゃっていたから、一緒にね、破いた」
「図書室にはどうやって・・・」
「ああ、菜々に協力してもらったんだ。菜々に卒業アルバムを本の棚の上に隠してもらった。ないないって探して、用務員さんのところへ向かった時、僕が忍び込んで破いたのさ」
「菜々が?」
「菜々は昔から、エスパーだよね。なんでもお見通しだ。僕のことを壮ちゃんだと気が付いた」
「うん、確かにエスパーだよね。菜々の腕を残したのは・・・なぜ?」
「刑事の尾畑さん、会っただろう?」
光の言葉に私は頷いた。
「刑事の尾畑さんなら、きっとこの町の秘密に気が付いてくれるかもしれないと思って」
「この町の秘密?」
「一体、誰と誰が親戚かってことだよ」
「そんなの、もうわかりきっていることじゃない」
この町の尾畑が多いのは、親戚が多いからだ。
「表向きはね」
「表向き?」
「風鈴のおばあちゃんに会ったんだろう?聞いていないの?」
その言葉に、風鈴のおばあちゃんが言っていたことを思い出した。
「『若い頃から、好き放題やっている人だったよ。顔もよかっただろう?そこら辺に女を作っては、大変だったんだ』とは聞いていたけれど・・・」
それがどうしたというのだろう。
「それが先祖代々続いているから、誰と誰が兄弟、誰と誰が親戚なのかはもうわからなくなっているのさ、この町は」
「そんなこと、この時代に流石に有り得ない」
「そう思うだろ?だけど、用務員の尾畑さんと交番の尾畑さんは兄弟だったよ、金丸のおじいちゃんと」
「そんな?!」
風鈴のおばあちゃんの話では、右腕左腕と言っていたのに。
「血が繋がっていれば、必然的に情が湧く場合もある。金丸のおじいちゃんの駒にされていたようだね」
光は小さなため息を吐く。
「幸い、金丸の家は刑事の尾畑さんが下手なことをしない限り、もう血縁を増やすことはできない。僕たちで最後だよ」
光のその一言は、私の心に『私たちが兄妹であること』を深く刻んだ。
「ねえ・・・五人でした約束、本当に覚えている?」
「うん。もちろん覚えているとも。一つ金丸を守る。一つ医者になる。一つ父親を探さない。だろ?」
光がそう言って、嬉しそうに火を足していく。
そう、その通り。その約束に耐えかねた私は、早々にこの町を出た。
そして、金丸を守ることはここにいなくてもできると思っていた。
私の膝の上にいる拓は、もう完全に冷たくなっている。連れて帰ることはできない。
拓のズボンのポケットにスマホが入っているのが見えた。光に見つからないように、そっと服の袖に隠す。
「逃げてもいいよ、未由。色んな所に着火剤を撒いてきているから、すぐ広がるし。もし生きて帰れても、警察に未由が今まで埋めてきた死体の場所は教えてあるから、どっちにしても未由の負けだよ」
「・・・そう、確かに私には勝ち目はないね」
今更勝ち目などなくてもいい。もう、色々調べはついている頃だろう。
辺りが一面、炎で囲まれ始めている。
「ねえ?冬吾も、ああやっておびき寄せたの?」
「そうだよ。体育館の入り口で、白衣を着て外に連れ出した。そのあとは拓も同じように、蓄光塗料で道を作っておびき寄せた」
ということは、菜々も冬吾も、もう・・・
夜だ。海陸風で、山から海へ風が流れている。今、この山に火をつけたなら、かなり燃え広がるだろう。
光は自分の逃げ道を確保しているのではないかとも思っていたが、どうやら一緒に燃えてくれるつもりのようだ。
今ならまだ間に合うかもしれない。
拓を地面にゆっくりと置き立ち上がる。足がしびれてピリピリしている。
「おっ、そうこなくっちゃ。逃げ切れるか楽しみだね」
光は私を見て、楽しそうにしている。追いかけてくるつもりはなさそうだ。
私は、ゆっくりと走り出した。
「ねえ、未由!」
後ろから、光が叫んでいる。
「もし、生きて帰れたら美代子さんに伝えて。手伝ってくれてありがとうって」
その言葉を聞いたとき、たぶん光は死なないと思った。同時に、美代子さんが光に協力していたことを知った。
ハァハァハァ
自分の呼吸の音が嫌でも聞こえてくる。熱い、酸素が薄くて苦しい。
服の袖で口元を抑えているので、更に苦しいが煙をできるだけ吸い込みたくはない。
拓のスマホのライトをつけているが、もう煙でどこを歩いているかもわからない。
まるで走馬灯のように、記憶が湧き上がってくる。
「未由ちゃん、僕はね・・・全てを知ってしまったんだよ」
と寂しげに笑う壮ちゃん。
「この鍵は未由に預けておくね」
と、鍵を渡して来た菜々。
「僕たちのお父さんは誰なんだろうね」
と、博士の画用紙を見つめる冬吾。
「こっちだ!」
と山火事で、逃げるときに手を引いてくれた拓。
この記憶は、全部私が見てきたものだ。
足を止めれば、倒れてしまいそうだった。
どこか、どこかないの?辺りを見渡すが、煙と木々しか見えない。
その時、木の陰に大きな岩を見つけた。
私、この岩を見たことがある・・・
岩の端に小さな隙間があった。間違いない。
ここは私が迷子になった場所だ。
ゆっくりとその端の隙間に体を入れる。
入れるだろうか?
ズルっと、一瞬足が滑った。岩と岩との間に体が挟まってしまう。
ゆっくりと中の岩に足を掛けた。そのまま、入って行く。
服はだいぶ擦ったが、岩が積み重なったこの場所にまだ入ることができた。
大人二人がやっとだろうか。狭いが、息はまだできる。
迷子になったときは怖くて気が付かなかったが、こんなに狭くて静かな場所だとは。
片足に、何かがぶつかった。手に取ると、何かの箱のようだ。鍵が付いている。
もしかしたらと思い、ポケットに入っている鍵を取り出し、鍵穴に差し込んでみる。
鈍い音を立てて箱が開く。
スマホのライトで照らすと、中には、私と菜々の当時の宝物が入っていた。
貝殻に、松ぼっくり、ビー玉もある。
それから、誰かの手帳だろうか。
一番下には、笑顔で写る母親たちと幼い私たち五人の写真が入っていた。尾畑誠の写真も入っている。
・・・ああ。もう、これを見ることができたのなら、ここで死んでもいいとすら思った。
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