4隻目

「・・・知り合いも何も、美代子は俺の妹だ」

 そう目の前の男、尾畑拓に告げるとかなり驚いた様子だった。

 本当は刑事が素性を明かすのはよくない。ましてや、仕事を放棄して妹の元へと急いで来てしまい、部下には面目丸つぶれだ。

「美代子さんに、兄がいたなんて知りませんでした」

「この高校を卒業してから、帰っていないものでな」

 正直俺は、この男にどういう態度をとっていいのかわからない。親父が引き取って育てていた人間だとはいえ、俺からしたら初対面だ。

「ということは、金丸のジジイ・・・いや、金丸さんの息子さん」 

 わざわざ、言い直すなんて。屋号自体も久しぶりに聞いた気がした。

「それで・・・本当なのか?死んだって」

 あの人のことを、親父や父さんと呼ぶのは昔から気が引けた。この年になってみれば、なんと呼んだらいいかわからない。

 まあ、いい。ジジイとでも呼んでおこう。

「はい、末期のガンでした」

 尾畑拓が視線を落として答えた。よっぽど、ジジイにお世話になったのか、少し寂しそうに見える。

「美代子さんが俺たちの世話をしてくれていたんです」

「俺たちってことは、他にも引き取られた人間がいたのか?」

「今事情を聞いている未由、それから行方が分からなくなっている冬吾、後は・・・腕の持ち主かもしれない菜々です」

 そんな人数を引き取っていたことに驚いた。・・・いや、ジジイならありえなくもない。誰かに恩を着せるのが昔から上手だった。

 もしかしたら、尾畑拓を含めた四人も、何か恩を返しているかもしれないと思った。

 それにしても、ジジイの家で世話になった人間が、二人も姿をくらましているのがどうも気になる。ジジイへ恨みを持った人間が、復讐している可能性もあるが、《《この残った二人が》、《《行方不明の二人を》と、いう可能性もある。

 刑事としての性分のようで疑い始めると、全員が全員怪しく見えてきた。


 尾畑拓が言っていた、風鈴という屋号には聞き覚えがあった。だから、あの家の人だろうなというのは大体わかった。

 俺の記憶が正しければ、大鷲坂の中腹ぐらいにある、カンパニュラという花が、沢山咲いている家だ。なんでも、カンパニュラという花の和名は風鈴草というらしい。そこから屋号が来ているのだと、遠い昔、美代子が教えてくれたのだ。じゃあ、うちの金丸という屋号は『金で丸く収める』だなと言って、美代子にはえらく怒られた。

「こちらです、どうぞ」

 部下が案内してきたのは、ばあさんではなく娘だろうか?いや、孫か?若い女性だった。

 若い女性が、こちらに向かってお辞儀をした。つられて、こちらも頭を下げた。

「こちら、ヘルパーさんの尾畑さんです」

 部下がヘルパーの尾畑を紹介する。やはりこの町は異常なくらい尾畑と言う苗字がいる。

「刑事さんからお話は聞きましたが、風鈴のおばあちゃんは認知症なんです。そんなに、はっきりとしたお話ができるとは思えないんです」

 ヘルパーの尾畑がそう言うと、尾畑拓が

「え?」

と、声をあげる。

「確かに、お話ができないわけではないんですが、嚙み合わないことが多かったり、物語が好きなようなのでご自分で作った話を聞かせてくれることはあるんですけど・・・」

 ヘルパーの尾畑が言い辛そうに言った。

「でも、昨日は風鈴のばあさん、本を読みながら俺たちと普通に話していたぞ?」

「あの本自体、読んでいるのか読んでいないのかもわかりませんし、本の中にあるセリフを言ったりします」

 ヘルパーの尾畑が少し申し訳なさそうに言う。

「そんな・・・」

 尾畑拓が肩を落としたように見えた。


 ピリリリリリリ


 部下のスマホが鳴る。部下が俺に退席の合図をして、その場を離れていく。

 現状的には、風鈴のばあさんが認知症だという可能性が高いが、尾畑拓が嘘を言っているのか、裏はとらないといけない。

「尾畑さん、ちょっと」

 部下の呼びかけに、その場にいた全員が反応する。ここにいる三人は全員尾畑なのだ。俺は部下を睨む。

「あ~、すみません。刑事の尾畑さん、ちょっといいですか」

 部下が救護テントの入り口から手招きする。上司に手招きする部下は聞いたことがないが、今はそんなことも言っていられないのでその場を離れ、向かう。

「どうした?」

 部下の元へ行く。たぶん何か進展があったのだろう。何の電話だ?

「美代子さんがだいぶ深く眠っているので、血液検査をしたのですが、睡眠薬を大量に飲んでいたようです。ただ医師の処方箋が必要なものだということはわかっています」

ということは、手に入れることができる人間が限られてくるということか。

「わかった」

「あ~、まだ報告することがありまして」

 部下が戻ろうとする俺を引き留める。

「実は、尾畑拓が勤務している病院なんですが、最近あらぬ噂があるらしくて・・・」

「あらぬ噂?」

「はい。金さえ出せば、臓器移植を優先的に受けさせてもらえるらしいんですよ。しかも、その臓器の出どころは不法滞在している外国人だという噂まであるんです」

 なんだって?腕の持ち主が、臓器売買の被害に遭っていなければいいのだが。

 俺の中で今のところ、最も怪しい人物が決まってしまった。

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